第二部エピローグ『ゾンビとゾンビとゾンビと人間と』7-1


 数日後。地下研究室にて。


「よし、こんなもんか。気分はどうだ、四居よつい?」


 音黒せんせーが患者服を纏った美恋みれんに問うた。

 すると、美恋は両手をにぎにぎしたり、ぴょんぴょんとその場で跳ねたりして身体の感覚を確かめる。


「悪くないわね。生きていた頃と何も変わらないわ」


 短めの黒髪に、左サイドだけ垂れ下がった編み込み。全体的にスレンダーで細身の身体。

 つり上がった口角と目尻が悪戯っぽい表情を生み、何とも美恋らしさのある顔だった。


 しかし、こうして改めて客観視すると、整った顔してやがる。

 あと、雰囲気が大人っぽい。背丈は加子かこと同じくらい低いんだけどなぁ。

 これが本当に美恋なのか? って、思うくらいには俺の印象と異なっていた。


「おー。やっぱり、こうして見ると可愛いですっ!」

「ふふん、当然よね。さすが私!」


 でもまあ、この反応はやっぱり美恋なんだよな。間違いないわ。


「なーんか、失礼なことを考えてる視線ね」

「んなことねぇだろ。なあ、白華はっか?」

「えー、一斗って意外とこういう時は顔に出やすいからな~」


 にししと笑う白華。ローラーの付いた椅子に座って、シャーっと美恋の元へ。

 ちっ、お前もそっち側か。

 地下研究室あるある。男が居ないから意見が割れると孤立しがちな俺。


「これならメンテナンスは問題無さそうだな。んじゃ、私は怪物太郎の面倒みてくるから、あとは勝手にやってろ。何かあったら呼べ」

「はーい」


 加子が返事をすると、音黒せんせーは気だるそうに別室へ向かっていった。

 あんな態度を取りつつも「何かあったら呼べ」と言う辺り、過保護というか何と言うか。


「さーてと。これで名実ともに、私もゾンビの仲間入りね」


 美恋はそんなことを言って、俺の隣の椅子に腰掛けた。


「あはは。地縛霊からゾンビになって仲間入りというのも妙な話ですけどね」

「ここに居る人間は私だけかー。なーんか変な感じー」


 そんなことを言いつつ、加子と白華も俺たちの元へ近寄って来る。

 すると美恋は、


「人間かゾンビか地縛霊かなんて、そんなに気にすることじゃないわよ。でしょ、一斗?」


 などと、俺に問うてきた。でもまあ――


「いいや。幽霊かそれ以外かは重要なポイントだな。取り憑かれるこっちの身にもなれってんだよ」


 今回は結果的にお祓い出来たからいいものの、今度また取り憑かれることでもあれば堪ったもんじゃねぇからな。


「ふーん、へぇー。そんなこと言いつつ、「美恋は他人じゃねぇ。仲間が殺されて無関心で居られるわけねぇだろ」って、カッコ良く言ってくれたのは誰だったかしら?」

「ん、あ、あー…… そんなこと言ったっけ? 言った気がするな」


 言っちゃったなぁー。柄にもなくカッコつけ過ぎたぜ。あちゃー。


「まあ、一斗くんって普段はこんなやつですけど、いざという時はカッコいいんですよね!」

「そうそう! 意外とシリアスな時はしっかりカッコいいんだよねー!」

「そりゃどーも」


 そっけなく言って、そっぽを向く俺。

 ストレートに言われると、褒められ慣れていない俺には分が悪いのである。

 俺みたいな捻くれ者のウィークポイントだ。


「ま、それそうね。私の為に黒服と戦おうとしてくれた時はカッコ良かったわよ?」

「お前まで揶揄うんじゃねぇよ。ったく……」

「これでも本音で言ってあげてるのよ。この私が、珍しくね」


 にやにや笑って、俺の表情を覗き込んでくる美恋。

 視線を逸らしても、その視線の先で顔をにやつかせて来やがる。こいつ、やはり悪霊か。


「ふふーん。今までは火花で遊んでたけど、これからは代わりに一斗で遊ぼうかしら」

「か、勘弁してくれよ」

「いーや。もう決めたわ。これからずっと一斗に悪戯するから、覚悟しておきなさい!」

「えー……」


 得意気に笑う美恋。その表情は、ゾンビというよりは小悪魔のような感じがしていた。

 やれやれ。付き合ってられるかってーの。無視だ、無視。


「好きよ、一斗」


 不意に、そんなことを言い放つ美恋。

 言葉の意味を理解するのに数瞬の時間を要した。

 そして、その突然のことに、俺はロクな反応を返せないで居たのだった。


「は……?」

「ふふん。これが、最初の悪戯だから」


 そう言って、美恋は心底可笑しそうに笑ってみせた。

 真意は分からない。


 ただ、俺を揶揄っているだけの可能性だって十分にある。

 そ、そうだ! 加子と白華の様子というか反応は……? それを冗談かどうかの判断材料にすれば……!?


「むぅー」

「ぐぬぬ……」


 残念なことに、冗談では済まされない顔つきをしていた。

 いやー、これが噂のモテ期ってやつか。まさか死んでから到来するなんてなぁ。


 あははは……、はぁ……

 まあいいか。贅沢な悩みが増えるだけだ。せいぜい得した気分で居てやるとしよう。

 優柔不断なクズゾンビ。

 きっと、それくらいのカッコ悪さが俺には似合っているはずだから。


「ぷっ、ふふ…… くっ……、あはははははっ! やっぱり、ゾンビの仲間入りしたのは正解ね! これから楽しくなりそうだわ!」

「さいですか……」


 と、そう呟く俺。


 そんな反応を見て、美恋はさらにニコニコ愉快そうな笑みを浮かべやがる。


 だからだろうか。悪戯に笑う美恋の頬が、赤く染まっているように見えたのは俺の勘違いなのかもしれない。


 いや、そうに違いない。


   ◇


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