三章『ゾンビな日常回』3-3


「ふぅ、久々の感覚です」


 両手を上げて、ぐぐっと背伸びをすると、自由を感じることが出来た。

 やっぱり、自分の身体が一番ですね。


【と、加子かこはそんなことを心の中で言ってみせる。

 大学のキャンパス前に、制服姿の女の子。かなり目立つ存在だったが、今日が土曜日だったこともあり、人通りは疎らだ。

 休日に大学へ足を運ぶやつは、実験で忙しい四年生か院生くらいだろう。それも相まって、加子を気に留める存在も少ない。

 やれやれ。にしてもまさか、俺がこんな目に合うことになるとは……

 俺は窮屈さを感じながら、加子の背伸びに付き合わされる。

 きっと、自分の意思で行えたのなら、清々しい気分だったのだろう。

 肉体は魂の牢獄に過ぎない、なんてプラトンとかいうやつが言っていたらしいが――】


 ……あの、一斗くん。


【ん、何だよ?】


 うるさいです。すっごく。


【仕方ねぇだろ。今までずっと俺の一人称でやってたんだから】


 急にメタ発言しないでくださいよ。今は私の身体で、私の視点なんですから、そういうのは自分でやりますので。


【身体の主導権は加子だろうと、物語の主人公は俺――】


 と、一斗くんが勝手に話し出すので、情報は私が制限することにします。これ以上の不毛な言い争いは誰の得にもなりませんので。


 さて、ここで状況を整理しましょう。

 私は二ノ宮加子。そして、この身体も間違いなく私のものです。ゾンビですが。

 その殆どは、生きていた頃と変わりません。

 唯一、普段と違うのは首にかけられているペンダントでしょうか。

 そう、つまりはそういうことです。一斗くんのペンダントを私の身体に付け替えた。そうして、私は自分の身体を取り戻した、ということです。


【なんかこの身体、肩が重いな。動くと揺れるし】


 ……クソ余計な魂も一緒ですが。

 と、まあ。

 これが、音黒先生が隠していたペンダントの秘密だったのです。

 ゾンビの肉体は魂の入れ物。そして、ペンダントは魂そのもの。付け替えることで、別の身体を動かすことが可能とのことでした。


【なあ加子。あと、どれくらいだ?】


 一斗くんが問うたので、ポケットからスマホを取り出して見る。

 時間は一三時ちょっと前。そろそろ約束の時間です。

 この大学の前で、白華ちゃんと再会することになっています。

 二人とも高校生なのに、大学の前で待ち合わせというのは、不思議な感覚でした。


【まあ、俺が大学生だからな】


 そういえば、一斗くんって理系学生だったんですね。それも生物科専攻。なんか似合わないです。


【うるせえな。俺が一番分かってんだよ。理系大学なんて入るんじゃなかった。おすすめはFランの文系だな。四年も遊べるぜ?】


 一斗くんがダメ人間だということだけは分かりました。まあ、私は素敵なお嫁さん志望なので関係ありませんけどね。でも、周りに居る男といえば、日収一〇〇〇万円のゾンビ系男子くらいです。字面は凄いですね。


「ねえ。あんたが、もしかして加子?」


 不意に、声を掛けられる私。

 見ると、赤いメッシュが特徴的な不良っぽいギャルちゃんが居ました。


「あ、白華はっかちゃん、さっきぶりですね!」

「私としては、初めましてだけど」


 頬を掻きながら苦笑いを浮かべる白華ちゃん。

 格好は変わらず制服姿。その方が何かと都合が良かったので、私からそうお願いしたのでした。


「一斗……も一緒に居るんだよね」


 と、白華ちゃんが私の中の一斗くんに問いかける。


【おう、居るぞ。……って、声は届かないけどな】


 仕方ないので、私が代弁しましょう。持ちつ持たれつです。


「俺も居るぞ。やっぱり白華は可愛いな。デート出来て嬉しいぜ。ちゅっちゅっちゅ、と言っています」

「は、はぁ!?」


 顔を真っ赤にする白華ちゃん。うん、やっぱり可愛い。


【おいこら。勝手に心の声を捏造するなよ】


 良いじゃないですか。二人で攻略する約束でしたし。


【そりゃそうだけど、俺のイメージが悪くなるだろ……】


 安心してください。一斗くんに良いイメージなんてありませんから。


「ったく。ほら、バカなこと言ってないで、さっさと行く!」


 と、白華ちゃんは視線を逸らして先を歩き始めた。

 ……まんざらでもない様子です。でもまあ、一度命を救ってますからね。一斗くんのくせに生意気です。


「白華ちゃん、そっちじゃないですよ」

「!? っ……!」


 またしても真っ赤な顔で戻ってくる白華ちゃん。

 うーん、やっぱり可愛い。一斗くんには勿体ないです。


   ◇


 ということで到着しました、我が家です。

 ごく普通の住宅街にある、ごく普通の一軒家。私はいつも通りに、そのドアを開く。


「ただいまー。さ、上がってください」

「お、お邪魔します……」


 白華ちゃんはおっかなびっくり、我が家に足を踏み入れたのでした。他人の家はあんまり慣れてないのかも。

 廊下を抜けてリビングへ。私は部屋のドアを開ける。


「あら、その子が白華ちゃんね。いらっしゃい」


 部屋に居たのはお母さん。やっぱり、どこにでも居るような普通の母親です。


「あ、お邪魔してます」

「加子がお世話になっているようで…… ささ、こっちへどうぞ」

「ああ、どもです」


 しかし、さすがはお母さん。赤メッシュでスカート短い友達を突然連れてきても動じません。

 白華ちゃんに制服姿で来るようにお願いしたのは、大人びていても同じ高校生であることをアピールする為だったのですが……、不要だったかもですね。


【加子のかーちゃん、めっちゃ美人だな】


 はぁ。まったく、人妻を狙わないでほしいものです。せめて、私だけで留めておいてください。


【別に狙ってねぇっての。俺は年下が好みだ】


 おや、私は守備範囲内でしたか。貞操の危機です。


【同じ身体なのに、貞操も何もねぇだろ……】


 それもそうですね。あーあー、早く自分だけの身体に戻りたいです。


「それで、加子。いつまで、白華ちゃんのお宅にお邪魔する気なの?」


 なんて、お母さんが私に問う。

 そう。今日は私と一斗くんが元の身体に戻れるまで、お母さんを誤魔化す為のアリバイ工作に来たのでした。


「えっと、私としては数日……、三日、四日くらい私の家に泊まってもらいたいと思ってます」


 そんなフォローを入れてくれる白華ちゃん。

 その頃にはデスゲームも終わり、ペンダントが二つになっている算段だった。


「そう。私は構わないわ。でも、大変ね。片親のお母さまが入院だなんて」

「ええ、まあ……」


 と、裏ではそんな感じの話になっていた。

 つまり、白華ちゃんの母親が突如入院。白華ちゃん自身は家事などが出来ないので、これから数日間は私が色々と住み込みでレクチャーしたりフォローする。そんな筋書きです。


「もしあれなら、うちに泊まってくれてもいいのよ?」

「あ、いやー、そこまでお世話になるわけには……」


 お母さん、余計なこと言わないで。これは、私がゾンビだとばれないようにする為の工作なんですから。私が家に居たら意味ないでしょ。

 日常生活で一斗くんの存在がばれたら何かと面倒だし、ゾンビのことだって知られてしまいかねない。余計な心配はかけたくないのです。


「そう。ま、白華ちゃんがそう言うのなら…… 加子、しっかり力になってあげるのよ?」

「分かってるってば」


 ちなみに、本当は大学の地下研究室に寝泊まりする予定です。

 一斗くんも私も、定期的に自分の身体には戻りたいですし、音黒先生が近くに居てくれると何かと安心できますからね。

 まあ、学校はちょっとだけサボることになっちゃいますけど。


「でも良かったわ。加子が男でも連れてきたらどうしようかと思ってたのよ」

【まあ、ある意味その通りですけどね。あはは】

「大切な娘ですもの。男だったら、切り取っていたかも。なんて、うふふふ」

【何を!? ナニを切り取る話をしてやがるんだババア!?】


 あはは。もしペンダントが二人分になったら、今度は一斗くんを紹介してあげますね。私と一つになった男性として。


【せめて破損部位は返してくれよ……? いちおうくっ付くんだから】


 ふふ、ゾンビで良かったですね。

 もし普通の人間なら、私は攻略不可能なヒロインだったところです。


【複雑だなぁー】


 時折、そんな軽口を一斗くんと交わしながら、私は白華ちゃんやお母さんと話を続けたのでした。


   ◇


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