二章『この辺からラブコメするから。いやマジで』2-7
しつこく追ってくる鬼から逃げつつ、やがて俺たちはデッキまで到達した。
なんとか鬼は撒いたようだが、それも一時的なこと。ついさっきまで背後に付いていたので、まだ近くに潜んでいることは間違いない。
「い、
「ああ、そうだな」
その際、白華の横顔をみると、ちょっと照れたように視線を逸らしていた。
【良い感じです。一斗くんを評価してあげましょう】
『……、……、……』
マズいな。ホントに近くに居るぞ…… 足音が完全に近づいて来てやがる。
「ど、どうしよう、一斗!」
焦ったように問う白華が、ぎゅっと俺の手を握る。
もう、こうなったら戦うしかないか? 日本刀持った相手と? 無理じゃね?
俺が足止めするくらいは出来るが、その後はどうにもならん。丸腰のゾンビが戦って勝てる相手じゃない。
だったら、他に何か方法は……、
「! あれ、使えそうだな」
「あれって……、ロープ? でも、どうするの?」
デッキには、荷物の運搬にでも使うのだろうと思われるロープが落ちていた。
俺はその端っこを身体に巻き付け、その逆側を柵の手摺に縛り付けた。
まあ、急いでやったにしては上出来だろう。結び目が解けることも無いはず……
「白華! 俺の背中に掴まれ! おんぶの格好だ!」
「は!? ええ!?」
「いいから、早く!」
言われるがまま、白華は俺の背中に飛びつく。俺は白華を背中におぶったままデッキの柵に片足をかけた。
「飛ぶしかねぇよな……!」
「と、飛ぶってどこに!?」
「船の外に!」
次の瞬間。身体は浮遊感を纏って、暗い大海原へダイブ。
とはいえ、ロープの長さ的に、海へ落ちることは無い。途中で自由落下が消え、代わりに身体へ縛ったロープに二人分の体重と重力加速度の圧迫が加わる。
ぐえぇー、人間だったらヤバかったな。内蔵がヤバいことになっている感覚がする。
『……? ……?』
上の方で、鬼の気配がした。
しかし、その気配もすぐに消えてなくなる。良かった、逃げ切れたか。
まさか、鬼も常人がこんなことをするとは思わないだろう。それに加え、この視界の悪さだ。船の外を覗いても、俺たちを視認できるかどうか。
「び、びっくりした……」
「悪い。急いでたから」
「これ、落ちたりしないかな」
「心配すんな。落ちても俺が助けられるから大丈夫だ。アンデッドなんでね」
「私は普通に死ぬ可能性あるじゃん!」
ぎゅぅっと背中にしがみつく白華の力が強まる。
そこで俺は気づいた。白華の巨乳が俺の背中に当たっていると。
【うわー、でっっっか!】
そうだな。
【すっごく柔いですね!】
そうだな。
【あれ? 一斗くん、どうしたんですか?】
いや、ここで煩悩に呑まれたら、ロープを握る手が滑りそうで。
現状、俺たちはぷらーんとロープに吊るされているだけの状況だ。つままれストラップみたいに。
そこで、俺は体制を整えるべく、ロープに掴まり、両足を船の側面につけて踏ん張っている。
たぶん、この体制を崩すと、背中に掴まる白華に負担が掛かる。その負担を、なるべく疲れない俺の方で軽くしてやらないと、長くは持たないだろう。
【そういうことでしたか。では、私だけで楽しんでおきますね】
クソが! お前だけ感触を堪能しやがって!
こっちは必至だっつーのに! 腐りかけの身体で無茶してるのに!
「そうだ、白華! 俺のポケットにスマホが入ってる。取れるか?」
「う、うん、取れるよ」
白華が俺のズボンのポケットをまさぐり、スマホを取り出した。
「終了時間まで、あとどれくらいだ?」
「あと三〇……、いや二〇分くらいかな」
ちょっと苦しいが、でも……
「それくらいなら、ギリギリ持つか……? 白華の方はどうだ?」
「私は大丈夫だと思う。おんぶしてもらってるだけだし」
だったら、あとは耐久戦だ。
一見、めちゃくちゃ危ない場所のように見えるが、だからこそここが最も安全な場所ともいえる。
「白華、相談なんだが……、このままいけるか?」
「おっけ! このままゲームクリアしちゃおっか!」
暗い海の水面に、そんな声が響いた。
◇
それからさらに時間は経過。そろそろゲームも終わろうかという頃だった。
きっと、それは単に不運だったんじゃないかと。
何やらデッキの方から、人の騒ぎ声と金属がぶつかる音が聞こえてきた。
そして、銀色に光を反射する“何か”が船の外に落ちてきた。
【? あれは……】
小さく声を漏らす加子。
「ねえ今、なんか横を落ちていったよね……?」
そして、おんぶされた状態の白華もこしょこしょ呟く。
至近距離からの囁きで耳元がこそばゆい。この限界状態でなければ最高のシチュエーションだったのに。
「よく分かんねぇけど、上で鬼とプレイヤーが対峙してるのかもな。なんか、悲鳴みたいなの聞こえたし」
「っ……、ね、ねえ、一斗…… あ、あれ……!」
震える声の白華が、声と視線で上を見ろと示す。
赤メッシュ入り不良ギャルを怯えさせるなんて、何事だろうか。と思いながらも、俺もつられて天を仰いだ。
……ああ、
鬼の仮面に空いた双眸と、目が合ってしまったのだ。
しかも、さっきの日本刀のやつだった。ちっ、まだ近くに居やがったのか。
『……!』
鬼にとっては好都合だろう。その刀身を手摺に巻き付けたロープにあてがう鬼。
ロープを切断して、俺たちをリタイアさせる気なのだ。さすがのゾンビも海に落とされたらタダじゃ済まないだろうな。だったら……
「しっかり掴まってろよ、白華!」
「え……? きゃっ!?」
船の側面を蹴り上げて、一気に跳躍するゾンビの身体。
ロープが切断されるのと同時くらいに、船の手摺に掴まる。そのまま力任せに身体を手摺に乗せ、ぐるんと回転しながらデッキに戻った。
「痛たぁ……」
床に尻もちをついた白華が呻き声を上げる。悪いけど、緊急事態だから我慢してくれ。
それと同時、「わぁあああ!?」と悲鳴を上げながら、船内へ駆け込む後姿も確認できた。
きっと、もともと日本刀の鬼に追われていたプレイヤーなのだろう。俺たちに鬼を押し付けて逃げやがったようだが……
『……ッ! ……ッ!』
しかし、鬼は構わず臨戦態勢。刀身の欠けた日本刀を構えてじりじりと寄ってくる。
……そうか。さっき船の外に落ちてきたのは、あれの刀身だったのか。それを視線で追った先に、偶々ロープにぶら下がる俺たちが居た、と。
おそらく、そういうことなのだろう。今さらだし、どうでもいいけどな。
『ッ!!!!』
【一斗くん、来ますよ! 白華ちゃんは必ず死守してくださいね!】
分かってるよ。もう死んでる俺に命懸けは無理だけどな……!
『……――――ッ!』
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