第8話 少年たちのように-8

 ふらふらと野球部のグラウンドの横を歩くと、江川がピッチング練習をしていた。涼子は、興味を持って足を止め、周りで見ていた女子の群れに混じって見つめていた。江川は一心不乱にボールを投げ込んでいる。汗を滴らせて、顔を紅潮させて、ただ黙々とボールを投げ込んでいる。涼子は目を奪われて眺めていた。横でもう一人の男子が同じように淡々と投球練習をしている。その光景があまりにもドラマじみていて、ただ目を奪われた。ふーん、と感心していると、江川は空を仰いでひと息ついた。それを見て涼子は声を掛けた。

「やっほぉ、江川君」涼子

 金網越しに手を振る涼子に気づいて江川は少し手を振って応えた。そして、またキャッチャーの方に向き直るとボールを投げ始めた。涼子は拍子抜けした気分だったが、周りの視線に気づいて緊張した。いつの間にか周りにいた女子の視線が涼子に向けられていた。それは冷たく射るような視線だった。何だよ、こいつら、と思いながら涼子はその場を後にした。

 ―――今日はどこにいこうか。

 そう思案しながらふらふらと学校を出て行った。


 帰宅途中の学生で満員のファストフードの店で、いつものように、涼子はユキとだべっていた。あざみは家庭教師の来る日だったので、放課後すぐに帰宅した。カナもイズミも他に用があって来ていない。二人っきりで話す話題も尽きて、ぼんやりと外を眺めていた。ユキも退屈そうにストローをくわえている。涼子は、流れる人をぼんやりと、映画の画面のように眺めていた。

「ね、リョーコ」ユキ

不意にユキが話し掛けた。

「なに?」涼子

「今日、何か用事ある?」ユキ

「あるわけないじゃない」涼子

「そうね。じゃあ、アタシと付き合わない。ってゆうか、ちょっと、手伝って欲しいのよ」ユキ

「なに?」涼子

「あのさ、…変に思わないでね。今日、ちょっと、夜、会う約束の人がいるんだ」ユキ

「カレシ?」涼子

「そんなじゃないわよ。ただのオヤジ。それで、適当なとこで落ち合って欲しいのよ」ユキ

「なに、ソレ?」涼子

「だからぁ、アタシ、約束してて、七時に会うんだけど、その後、八時くらいでいいから、どこかで待っててほしいのよ」ユキ

「それって、エンコー?」涼子

「まさか。ただ、話し相手になって欲しいって言われて、それで、会ってやるだけなんだよ。だけど、夜遅くなったら、ヘンじゃない?それでアンタと偶然会ったことにして、フケちゃおうっと思ってるの」ユキ

「ユキ、こないだからしてるそのネックレス、それって、そいつにもらったの?」涼子

「…ん、まぁね」ユキ

「エンコーじゃない、やっぱ」涼子

「違うよ。アタシから何か欲しいなんて言ってないのよ。それで、勝手にくれたの」ユキ

「でも」涼子

「いつもは、イズミに頼んでるんだけど、今日は来れなかったでしょ。シカトしてもいいんだけどぉ、それも悪いかナって。あと、頼めるのは、リョーコだけだし、ね、頼まれて」ユキ

 涼子はふうっと息を吐きながら、外を眺めた。人の流れはやまない。

「だめ?」ユキ

「ちょっと、アタシは、そんなのはできない」涼子

「いいのよ。どこかに立っててくれたら。そしたら、相手そこへ連れて行って、偶然会ったみたいな顔して、一緒に帰るだけ。それだけなんだから。うまくいったら、リョーコもなんか奢ってもらえるわよ」ユキ

「いい。遠慮する」涼子

 涼子は荷物をまとめて席を立った。後ろからユキの呼ぶ声が聞こえた。しかし、涼子は店を出て人の流れに身を任せた。


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