第2話 三尉の記憶
見る間に迫る敵無人装甲戦車、その前面の砲塔より閃光が瞬く――マズルフラッシュ、発砲したのだ。即座に
右手に握られたAMライフルの銃口を上げる。照準固定――ロックオン。即座に銃口から赤色の矢が放たれる――火箭とでも表現したくなるようなものだ。瞬く間に重金属高速徹甲弾が装甲に吸い込まれる。やったのか? だが弾丸は装甲に弾かれ頭上高くに跳ね上げられてしまった。
車体側面より伸長した重機関砲が火を噴く。曳光弾が混じっているのか、機関砲弾の筋が見えた。三尉は態勢を僅かに変えて右方向へと軌道変更。左肩、左腕上腕部、左腰の高機動バーニヤを噴かせて機動制御、素早く回避する。激しく軌道を変更しつつブーストランする三尉の後を追うように火箭の筋が追っていく。だが、決して捕まえることは叶わなかった。
『流石は全面高度傾斜装甲。本来は低速弾しか弾けないはずなのに、重金属高速徹甲弾を弾くとは。米帝の技術も侮れない、だが――』
三尉の顔に焦りの色はない、手はまだあるということか。
『特曹、タイミングを合わせるぞ!』
三尉は後方をブーストランする部下に呼びかけた。同時に彼の視界に多数の火球が飛び込んで来る。敵戦車隊の一斉砲撃が開始され、彼らの間に次々と撃ち込まれているからだ。だがマーカー表示は全てグリーンであり、部下は誰1人欠けていないと分かる。
特曹が応答する。
『了――2段構えですね!』
三尉は頷いた。
『行くぞ!』
三尉は腰を落とし、ブースターの出力を上昇、左側へと態勢を大きく傾け曲線軌道を描く。大きく曲がりながら、しかしほぼ最高速度で敵戦車へと突っ込んでいく。真後ろをトレースするように特曹が同じ軌道を辿ってブーストランしている。重機関砲が火を噴くが、やはり彼は巧みに回避した。背後の特曹も同じ。彼はかなり自身の姿勢を低くする。両足を前後に大きく開き、まるで股割りのような態勢になりつつも、しかしブーストランを継続させた。AMライフルの照準を戦車に固定させる。
『弾種変更、選択、高指向性榴弾!』
三尉の視界にライフルに装填される弾丸が変更される情報が表示された。結果を確認した彼はコマンドを叫ぶ。
『
思考より直接発砲信号がAMライフルに送られ、即座にライフル弾が放たれた。弾丸――いや砲弾は、しかし戦車に直撃しない。その足元に吸い込まれてしまった、外したのか? いや――――?
その足元で爆発が起きた。まるで間欠泉のような感じで土砂が激しく吹き上げられる。その煽りを受けたのか戦車は大きく跳ね上げられてしまった。その結果、車体下面が彼らの目の前に晒される。その下面に向けて後に続いていた特曹が銃撃を行う。高速徹甲弾は難なく下面を貫通、続いて内部で爆発が発生、結果として戦車は粉々に吹き飛ばされてしまった。
榴弾とは爆発力を利用して目標を破壊する砲弾(弾丸)のことだ。三尉の使用した高指向性榴弾は一方向に向けて爆発の圧力をかけて目標の破壊を目指すもの。ただ高レベルの防御能力を持つ米帝無人装甲戦車の傾斜装甲に直接通用するものではないと判断し、三尉は戦車の足元を狙って撃ったのだ。よって足元より強力な圧力が戦車に対して発生、戦車は下面を晒すほどに大きく態勢を崩され、間髪入れず特曹がその下面に徹甲弾を撃ち込んだのだ。下面の装甲もそれなりに強力ではあったろうが、彼らの使用する徹甲弾を防ぐことは叶わなかったのだ。
『上手くいったな。訓練通りだ』
三尉は結果に満足する。だがその顔に笑みは無かった。
無人装甲戦車との戦闘は特戦群の圧勝のようだ。ほぼ全員が三尉と特曹が用いたのと同様の手段を用い、仕留めている。
『後はドローン群、そして敵
頭上に展開されるカナード翼機の編隊、そして眼前に拡がる人型戦車様装甲兵の一団、その数は決して少なくない。
――友軍に連絡、支援攻撃を待つべきだったか?
三尉は首を振った。
『手段は不明だが、先に見つけられているし、そもそも月に展開している皇国航空宇宙軍にもそうそう余裕はない』
最初から支援はあまり期待できない状況だったのだ。彼らは独力で目前の部隊を撃破しなければならない。
――いつもそうだ、ずっとそうだった……俺の人生に選択肢など無かったのだ……
彼は構え、部下に指示する。
『最優先目標は敵
即座に彼らはブーストランに入った。砲弾の如くまっしぐらに敵部隊に向け突進していく。その頭上から降り注ぐドローンの群れ、雨あられと降り注ぐ機械の特攻兵をいなし、撃墜し、生み出される火球の狭間を駆けていく。その先に敵兵の一団が控えている。
――さあ、ここからが本番だ。殺し合いを始めようか……
激しさを増していく戦闘に反して三尉の心は静まっていた。彼は目前の戦闘とは切り離して思考を過去へと飛ばしていく――――
――いつもそうだ、ずっとそうだった……俺の人生に選択肢など無かったのだ……
炎に塗れる街の中で俺はただ1人彷徨っていた。親も兄弟も友も何もかもが失われ、たった1人彷徨っていた……
8年前、西暦2062年の暮れ、大戦勃発よりほぼ半年を過ぎたころ――――
俺は1人だけ崩壊した街の中に取り残されていたのだ。当時15歳、旧制学制ならば中等教育の段階にある
目に映る街の光景はおどろおどろしい赤に満ちており、血の滴のようにも見えるそれは建物を覆う火焔の柱だ。あちこちに立ち昇っていて、恐らくは街全体を覆ってるのだろう――と思った。
それは静かな攻撃だった。別に武力攻撃があったわけではない。爆撃機が到来したのではなく、ミサイルが降ってきたわけでもない。ただ街の機能が……ライフラインが次々と誤作動を起こし始め、次第に拡大、人々に混乱を巻き起こし、終いには騒乱の事態を引き起こしたのだ。それがこの焔の光景の由来。
いったい何が起きたのだろうか? テロなのか? 後で知ったことだが海外のどこかからサイバー攻撃があり、ライフライン関係のシステムに大規模なハッキング、クラッキング攻撃が行われたらしい。それはプログラムを書き換え、人々の生活を支えるありとあらゆる機能を奪っていった。高度電脳社会を築いていた当時の日本は、当然ながらサイバー攻撃の対策は整備していた。だがこの時の攻撃は当時の政府・サイバーセキュリティ関連機関の予測を遥かに超えるレベルだったらしい。国の――社会のあらゆるシステムが侵入を許し、破壊されてしまったのだ。
これは日本だけに見られた光景ではない。この時代に世界各国で繰り広げられた高度AIによる電脳網攻撃の1つだ。〈サイバーパンデミック〉と後に称されるものだった。
何と脆弱だったのか。電脳網が破壊されただけで国は機能を失い、社会が大混乱に陥ったのだ。国内各地は大規模な騒乱に見舞われ、恐怖にかられた人々は理性なき暴力へと走ってしまった。一般市民による無秩序な暴動の連鎖が続き、取り締まるべき警察・治安組織はロクに機能しなかった。その結果として焔の街が生み出された。全国各地で見られた光景だ。
日本国も同様の攻撃を対立国に仕掛け、成果を上げはしたが、それは国内の秩序回復に繋がることはなかった。単なる報復に留まったのだ。
俺の家族も、この騒乱の中で失われた。暴徒に巻き込まれ、殺されてしまったのだ……目の前で。どういうわけなのか、俺だけが生き延びてしまった。
何故だ?――と叫ぶ。知るか!――と応える。これを定めと呼ぶべきか? 死は確かに恐ろしい。生き延びたという安堵はあった。だが家族を殺されたという事実、1人だけ生き延びたという結果、これから1人だけで生きていかねばならないのかという不安――或いは恐怖。それは絶望以外の何物でもなかった。
日本国は崩壊した、いとも容易く、あっけなくその国体を失ってしまったのだ。
その後、半年を経て登場したのが日本皇国。
皇国は極端な全体主義体制を採用した。電脳網の破壊により社会的リソースを大きく削がれた国を立て直すには、強力な中央集権的権限により国民を統制、第二次大戦時の国民皆兵にも似た支配体制を築くしかないと判断したのだ。皇国は国民の一致協力を受けて(強制)して国体の再生を目指す。それは目まぐるしい成果を上げ、程なく経済成長が実現。国家樹立の3年後には大戦勃発直前と同程度のGDPの回復に漕ぎ着けた。
この結果は皇国に自らの政策に対する自信をつけた。やがて皇国はその目を海外に向け始める。
世界はどこもかしこも似たような状況だった。日本を襲ったのと同程度のライフラインの破壊は少なくとも先進各国全てを襲い、例外なく国体を破壊されてしまっていた。復旧状況は国ごとに大きく異なっていたが、概して皇国と似た全体主義体制を採用して国家再建が成されていた。
2070年には生き残った世界の主だった国家は大半が全体主義体制を
個人の自由を抑制し、統制し、人々を動員する――それは国のためであり、従うのは国民の義務だ、逆らうのは非国民だ――――
当たり前のように謳われ、推奨された。市民自らが率先して従うのを良しとし、積極的に身を投じていく。そんな光景が当たり前のように見られるようになった。
だだの
今でもよく思い出す。降り注ぐ雪の日、ドヤ街の外れを歩いていた時のこと――――
騒乱の声が聞こえた。どうもどこかで喧嘩でもしているらしい。囃し立てるような声も聞こえている。嗚呼またか――と思ったものだ。全体主義体制は高度な監視社会でもある。人々の生活は極端に統制され自由などない。息が詰まりそうになるのも当然だ。ましてや生活基盤を失った最底辺の難民ともなれば猶更だ。強い奴は弱い奴を抑圧し、弱い奴は更に弱い奴を痛めつける。そんな差別と暴力が呼吸でもするように日常を覆っていたのだ。
騒乱はやがて収まった、一転して静かになったのだ。見ると横たわったまま身動き1つ見せない奴がいた。殺されたのか――と、無感動に思うだけだった。殺した奴は金目のものをむしり取ってどこかに行ってしまったのだろう。
あれは俺だ――いつああなっても不思議じゃない……
〈集え
突如として鳴り渡ったマーチと共にその声が降り注いて来た。俺は頭上を仰ぎ見る。視線の先に大型のスクリーンを備えた飛行船が飛んでいた。声はそのスクリーンから聞こえて来ている。画面の上で〈皇国自衛軍広報〉という表示が浮遊していた、ホログラム表示になっているらしく浮きあがって見えている。
〈今、皇国は数多の脅威に晒されている。愛国の志が少しでもあるのなら、どうか君たちの力を貸してほしい!〉
威勢のいいマーチを背景に自衛軍――皇国軍の装備と兵士たちが次々と映し出され、戦闘の光景が
〈さぁ今こそ立ち上がれ! 自衛軍は君たちを必要としている!〉
〈サイバーパンデミック〉から逸早く立ち直ったかに見える日本だったが、ライフラインの根本的破壊の傷跡は大きく、影響は残っていた。経済・社会はあらゆる分野に渡って人材不足に悩まされていたのだ。それは軍もまた例外ではない。自衛軍――自衛隊の後を継いで発足した完全な日本軍――は、常にこんな感じで新兵募集を繰り返していた。
見上げる俺の目は虚ろなまま、特に感銘を受けるわけでもなかった。
愛国などどうでもいい、家族を失って社会の最底辺で這いずるしかなくなった俺にはどうでも良かった。だが――――
この後、俺は自衛軍に志願した。
何かが変わるかもしれない、変えられるのかもしれない――そんな風に期待したのだろう。だが、そんなものは虚しい妄想に過ぎないと直ぐに知ることになるだけだったが――――
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