第八話 仕事探しは I (アイ)?

2002年9月18日、水曜日


 隼瀬のお陰でやっと自分を取り戻し、まともの思考回路が出来る状態まで戻っていたんだ。彼女には本当に世話になっている。

 彼女が何でそこまでしてくれるのか正常な状態になった俺はなんとなくだけど勘付いていた。だけど、そんな彼女の想いを俺は受け入れていいのかまだよく分からなかった。

 唯、一つだけ言える事はまともに戻ったんだ、彼女に生活資金まで面倒掛けさせる訳には・・・、ようするに隼瀬の紐にだけはなりたくない。

 だからバイトを探す。


*   *   *


 三戸駅前の常盤書店でいくつバイト情報誌を手に入れ、書店の場所から近くにある鳳公園でそれを広げ眺めていた。どうして態々俺の住んでいる町ではなく三戸に居るのかって?

 先週まで地元でバイト探しをしていたんだけど自分に合いそうな働き口が見つからなかった。だからここまで足を伸ばして来たって言う訳だ。

 買ってきたばかりのその情報誌を見ながら駅周辺のバイト先をチョイスしていた。

 今日はその候補に上げた物の内、色々と悩みながらなかなか決められなかったけど、三箇所だけ面接にいく事にした。

 うだうだと頭を抱えながら時間を掛けてしまったけど、そう決めてしまった後は直ぐに面接の予約を入れるためそこへ電話を掛けた。しかし初っ端から出鼻を挫かれ、連絡した先の二つに懇切丁寧に断られた。だけど、そのうちの一つだけ今すぐに面接出来ると言われたから直ぐにその場所へと向かった。

 その場所に移動し、担当の人に会って幾つか質問された。

 最後に既に用意してある履歴書をその人に渡し、そこを後にした。

 その場所を出て行くとき、心の内で、

〈なんだか感じの悪い奴だった。あんなところで働くのやだなぁ〉と自分に我侭を言ってみた。

 それからは三戸駅近辺にある商店街を歩き覗き、飽きた頃に自分の住んでいる立那珂市へ帰っていったんだ。


*   *   *


 自分の家に着くとドアの鍵が開いていた。直ぐに隼瀬の奴が来ていると俺には理解で来た。だから、帰ってきたことをと伝えてやる。

「ただいまぁ~~~」

「あっ、お帰り宏之!どこホッツキ歩いてたのよ?」

「今日もバイト探しに三戸へ行ってたんだ」

 そう言いながら彼女に今日買ったバイト情報誌を見せていた。

「どう、いいの見つかった?」

「むずかしいねぇ」

「そっ、まぁその事はいいわ、夕食用意出来てるから食べましょ」

 隼瀬の奴は俺のバイトの事などどうでもいいような感じでそんな風に言葉を返してきた。

 腹も空いていたので彼女の作ってくれたそれにありつく事にした。

 まともな思考回路が出来るようになっていた俺は食事中、隼瀬が作ってくれたそれらを美味しいって褒めてやった。すると彼女はとても嬉しそうな顔をする。そんな彼女の笑顔を見るとなんだか俺まで嬉しくなってくるような気分になっていたんだ。

 食事を終え、暫くのあいだ隼瀬と世間話をしていた。それから、彼女を家まで送ることにした。


2002年9月21日、土曜日


 三戸駅周辺でバイトを探すこと既に四日目、いまだにいい場所は見つからないでいる。

 今日は朝早くからこちらへ来ていた。もう直ぐ昼を迎えようとしていた。

『グゥ~~~、キュルルルゥ~~~』と腹の虫が十二時ぴったりに昼飯を食えと要求して来た。

 三戸駅周辺にいる俺はその要求に従うと迷わずあの店へ早足で向かった。

 その場所に到着すると玄関口に置いてあった。今日のランチスペシャルを確認。

「ジュルジュルゥ~~~、美味そうだ」

〈いけねぇ、いけねぇ、あまりの蝋細工の出来の良さについよだれを垂らしてしまった〉

 それを確認後、中へ入ろうと思って入り口の扉に手を掛けた。すると扉に張られた一枚の紙に気付きそれを読んでみた。

『ウエイター急募喫茶店トマトで働きたい方直ぐに連絡してね』と手書きで可愛らしく書いてあった。

〈おっ、これは神の啓示か?俺にここで働けというのか?やったぜ!宏之。飯食ったら早速、面接しよっ〉

 急募と書いてあるのにも拘らず、余裕を見せて面接よりも先に飯を食うことを優先させた。

〈へっ、笑いたきゃ笑えよ、俺は三大欲求に忠実なんだ!〉と何処のどいつに言っているのか判らないがそう心の中で叫んでいた。

 店に入るとその中は昼時だったから混んでいた。・・・、この混みようは異常だ。

 まっ、人気があるから仕方がない。

 待つこと三〇分やっとの事で自分の番が回ってきた。

 テーブルに案内され席に着くと迷わずランチスペシャルとデザートにケーキを一つ頼んだ。前にも言ったと思うけど俺は甘党なんだ。甘い和菓子も好きだしケーキも好きだ。そして、何よりも、ここの出すケーキはそこら辺のケーキ屋なんかよりも美味しい。

 唯一欠点があるとすればお持ち帰りが出来ないって事。だから土日とか結構多くのケーキ好きの連中が遠くから足を運んできている。

 注文して待つこと更に三〇分、まだ物は来なかった。しかし、焦らず待っている。

 理由は簡単、ここは出すものすべて手作り、冷凍物一切なしだから料理が出来るまで時間が掛かる事を知っていた。

 これがここの人気以外に混雑する理由の一つでもあったんだ。

 そんな事を考えているとやっとの事で注文したのか出てきたようだ。

「大変、お待たせして申し訳御座いません。こちらがご注文のお品です」

 可愛らしいウェイトレスがそう言いながら持ってきた物を座っていたテーブルに置いてくれた。

「アリガト、頂かせてもらうよ」

「それではごゆっくりお召し上がりください」

 その子は挨拶してからカウンターに戻って行った。

 彼女はあんな事を言っていたけど、俺の後にもまだまた待っている客がいたからゆっくり何って出来ない。だから出てきた物を即行で平らげていった。注文の際、ケーキも一緒にもって来るように頼んでいたので二度手間になる事はなかった。

 食い終わると食後の休憩を入れることなくレジへ向かっていた。

 支払いついでに扉の前の張り紙について聞いていた。

 レジをやっていた女の子は驚きと嬉しさ、その両方の表情を同時に作り直ぐに事務室に連れて行ってくれた。


*   *   *


 今、さっきの女の子に連れてこられた事務室内にいる。

 現在、ここのチーフ兼マネージャーを任されている美人のお姉さん?桜木知美と話していた。

「本当に良かったわ、あの張り紙してから一ヶ月も立つのに全然、本当に誰も来なかったから助かります」

「じゃあ、俺を雇ってくれるんですね」

「はいぃっ、よろしくお願いいたしますね」

「有難う御座います、こちらこそよろしく」

「早速ですが、今からお仕事を始めてもらえないでしょうか?」

「そっ、それは無理っす。今みたいに忙しい時間帯に俺みたいに仕事の何も分からん奴が出たら邪魔なだけだろうぜ」

「アハハッ、そうでしたね。やっと男の子の募集が叶ってつい嬉しくなってしまったの。ごめんなさいね」

「桜木さんは悪くないですよ。ホント俺が仕事のやり方とか知っていれば直ぐにでも手伝ってあげたいですけど、今日のところは勘弁してください」

「新しいバイトの子は嬉しい事を言ってくれるのね。それでは明日の開店1時間前くらいに来てください、簡単な仕事をご説明します」

「オーケーっす。・・・、それじゃ、また明日来ますね」

 そう挨拶するとウキウキ気分で自宅へと帰って行った。

 今日は俺の方が早く帰っていたのかまだ隼瀬はそこにいなかった。

 彼女が俺の所へ来てくれたとき、バイトが決まった事を教えてやったらとても喜ぶと同時に意味ありげに苦笑していた。


2002年11月28日、木曜日

 喫茶店トマトでバイトをするようになって二ヶ月が経つ。

 漸くここの仕事にもなれた。忙しくても苦じゃない。

 一つだけ疑問に思う事があった。

 それは俺ともう一人の奴以外、ウエイターという男の働き手がいない事だ。

 どうしてなんだろう、ここの時給結構いいのに俺が働いている間、そいつ以外誰一人新しい男のバイトが増えていなかった。

 もう一人のウエイターは誰かさんと良く似ていて仕事中かなり無口だ。

 だけど仕事が終われば結構良くしゃべる。

 そいつとは話していて飽きない。何処となく仕草もあいつに似ていた。

 そんな事を仕事しながら考えていた。すると誰かが俺を呼んでいた。

「ネェ、柏木さん休憩とらないんですか?」

 可愛らしい声で俺を呼ぶのはここのチーフ長兼マネージャー、知美の妹の夏美。

「こんなに忙しいのに休んでられっかよ」

 今は昼過ぎで客足も遠のいてもいい時間なんだけど客の数はなかなか減らない。

 これだけ忙しいんだ、知美がウエイターを欲しがるのもよく分かる。

 夏美の有難い言葉を無視して、休憩返上でもう少し働く事にした。そして、一段落着く4時ちょい過ぎまで働くことにしたんだ。

 それから夕食時の5時まで一時間くらいだけ余裕が出来る。その間、休憩時間を貰い今までの疲れを癒すようにゆったりと過ごすことにしていた。


〇 休 憩 中 〇

「柏木さん、舘花君も無理に働かせちゃってごめんね」

「しゃぁねぇだろ、忙しいんだ、手なんて空けてられねぇ。それにそんなことは夏美ちゃんが謝ることじゃないだろ。商売繁盛、いいことじゃねぇか」

「僕も柏木さんと同意見だ。桜木がそんな事言う必要ない」

 夏美、そしてもう一人の男のバイト舘花輝彦達と一緒に休憩をとっていた。

 最近知ったのだがこいつ等、実は俺の高校の後輩だった。しかも二人は俺の事をよく知っているようだぜ。だから俺を知っていた夏美は俺がバイトをしたいって言っていた時、そこでレジをやっていた彼女は驚いた表情を見せたんだろう。

 専ら俺を含む三人でする話題はゲームの事だった。

 舘花の奴と一緒の時、奴はバイクが好きらしく、それについて話してくる。

 最近何だか舘花に感化されたのかバイクが欲しくなってきていた。

 機会があったら免許を修得してそれを買おうとも思っていたんだ。

 忙しくなる5時まで共通の趣味の話題で盛り上がっていた。

 時間が来ると夏美が促すように俺たちは職場へと出て行った。

 今日も時間いっぱい働く。

 何処でも8時間労働が基本だけど、ここはあまりにも忙しく男でも少なかったから無理いって普通より多く働かせて貰っていた。

 その話を知美にした時の彼女の表情は嬉しさ半分申し訳なさ半分ってな感じだった。

 仕事の事だけを考えながら一生懸命働いているとやがて今日の日課が終わる頃の時間にさしかかっていた。

〈多分、次くらいの客のオーダーとったら終わりだろう〉

 そんな事を思っていると新しい客が入って来たようだ。

「いらっしゃいませ、何名さまでしょうか?」

「三名です・・・?貴方はもしかしてあの時の子?」

「・・・?若しかして、貴女は永蔵のおっさんの・・・」

 そう言葉にすると周りはなんとなく気まずい雰囲気に包まれた。

 そんな状況が嫌だった。だからこの場を流すように仕事人として丁寧に言葉をかけ、席に案内する。

「三名様ですね丁度席が空いていますのでこちらへどうぞ」

 注文をとった帰り際、彼女に時間があれば話したい事があるって言っていた。

 永蔵のおっさんの娘に承諾を返していた。

 それに俺はおっさんが今どうしている知りたかったから、彼女の申し出を受け入れた。だから、もう直ぐで今日の仕事を終えると言う事を彼女に伝えて奥に戻って行った。

 ノルマを終え、私服に着替えてから彼女の所へ行ってみると既に連れはいなく彼女だけだった。

「仕事終わったけど?もう会計は済ませたのか?」

「えっ、なに奢ってくれるつもりだったの?」

「おっさんには世話になっていたからその例と侘びのつもりで・・・、それと失礼だけど名前何って言ってたっけ?」

「みなみ、永蔵南よ。それと、貴方は柏木宏之君だったわね。貴方の気持ち嬉しいけど、年下に奢ってもらう趣味はないわ」

「そうですか。っで、俺に用事って何だ?この前みたいな恨み言なら勘弁してくれよ」

「そんなに私はネチネチして無いわよ・・・、でも話しは私のお父さんの事」

「ここにいてもまだ来る客の邪魔だぜ。表に行かないか?」

 そう言って南に俺の意思を伝えた。その言葉を聞いた彼女は腰を上げ先に入り口へと移動した。そして、それを追うようについて行く。

 表に出て駅に向かいながら彼女にさっきのことを尋ねていた。

「あの時はあんな酷い事、言って本当にごめんなさいね」

「あれは俺が悪かったから南さんにあんな事を言われてもしょうがなかった」

「あの後、お父さんにすっごぉ~~~っく、お説教くらっちゃった。そして貴方の事を聞かされたの」

 それから南から永蔵のおっさんと彼女の事について聞かされた。

 南の母親は彼女が小さい時に亡くなっているらしく、おっさん一人の手で育てられてたと言うんだ。だから彼女はそんな父を溺愛していたようだった。

 仕事柄、良く怪我をするようだったからそんなおっさんを助けたくて彼女は看護婦になる事を決めたらしい。

 南の顔を良く覗いてみる。・・・、ヤッパ美人だよな?良くあの怖い顔の永蔵のおっさんにこんな娘が出来たもんだ。

 多分、おっさんの奥さんは相当美人だったんだろうと勝手に想像していた。

 おっさんの事を確認したかったので南に彼の事を尋ねる。

「なぁ、南さん、永蔵のおっさんは元気なのか?」

「私がどれだけ心配しているのか気にも留めないくらい元気にしていますよ・・・。ハァ~~~」

 彼女はそう言うと最後に何か不満そうに溜息を吐いていた。

「ソッカ、永蔵のおっさん元気にしてんだ」

「お父さん、貴方の事を気に掛けていたの。暇な時でいいからお父さんにお顔を見せてあげてください」

「わかったよ、時間見つけて会う事にするさ。それと俺はこっちのホームだから」

 そう言って彼女と別れ立那珂市へ向かう電車が来るホームへと向かった。

 電車に乗っている最中、永蔵のおっさんの事を考えた。

 おっさんが元気で仕事をしているっていうのを聞いたのか何だか安心したような気がする。

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