第 二 章 変わり行く何か
第六話 精 神 崩 壊
最近、一つ目標が出来たためなのか少しだけ気力を取り戻していたような気がした。
その目標とは言うまでも無く、俺の手で犯人を捕まえ・・・する事。
2001年12月19日、水曜日
本物かどうか分からないあの薬莢を手にしてから随分と経つ。だが、あの日以来、他に変わった物を手にする事も無いし、新しい情報も見つけていない。
それでも今日も春香の見舞いの後に、あの事故の場所と薬莢を見つけた場所、レクセル付近を探索していたんだ。そして今、薬莢を見つけたレクセルの屋上へ来ていた。
何でか、って?若しかしたら俺が持っているものと同じ物がまた見つかるかも知れないと思ったからだ。
回りにいる連中に変だと思われても気にせずに屋上を隅々まで探し回っていた。
『ガシュ!!』
「ゥんだよぉ、畜生がこんなに探してもみつかんネェのかよ」
フェンスを蹴飛ばしながら地面に悪態を吐いていた。
俺がそうした事で周りの連中が一瞬驚いたんだが直ぐに何事も無かったように自分たちの世界へと戻って行った。
そんな言葉を吐きながらも懸命に何度も、何度もこの屋上全体を探していた。そして、いつの間にかに黄昏時が訪れていた。
フェンスに凭れながら溜息を吐いてしまっていた。
「ハァ、駄目だ、何もみつかネェよ。ヤッパ、これを見つけたのは唯の偶然だったのかよっ」
指紋が付かないようにジップロックに入れてある薬莢を手にし、それを見つめながらそんな事を口にしていた。
そこで俺はフッと考えるんだ。
〈何でこんなものがここに?〉
背にしていたフェンスの方へ振り向き街の様子を確認してみた。
ここからだと三戸駅北口周辺が手にとる様に確認できる。
交番がある場所とその近くの道路を観察してみた。
〈・・・?若しかして〉
場所を少し移動させ、ある構えをとってみる。
〈・・・、まさか、逸見さんが言っていた〝数回の破裂音〟ってパンクの音じゃなく俺が今、手にしている物の本体から発せられた音、発砲音じゃないのか?俺って若しかして今凄く冴えてる?ハァ~~~、そんな事が分かったのはいいけど、これからどうすんだ?一体何の目的でここからあの幌トラを狙ったんだ?〉
その後は余計に混乱して、頭が爆発しそうになってしまった。だから考えるのを諦めて家に戻る。
* * *
自宅に戻り今、飯を食っていた。
なんだか最近、捜査から帰ってくるとテーブルの上に飯が用意して有ったりするんだ。
だけそ、今の俺には春香と事件の捜査の事で頭がいっぱいだったから一体誰が作ったのかなんて疑問が全然湧いてこなかったし、そんな事を気にも留める事が無かった。
飯を食い終わった後はその食器を洗いもせず、台所に放置するだけだ。
その後は今日の事を整理し風呂の入る事も無くベッドイン。
2001年12月21日、金曜日
幌つきトラックが衝突した周辺を念入りに探していた。
一昨日の閃きから若しかしたら何かが分かるかも知れないと思って昨日からこちらを念入りに調べる事にしたんだ。しかし、昨日も今も何の手がかりも見つかる事が無かった。
陽が沈むまでは諦めるつもりは無い。そして今もその通り周りをじっくりと探索している。
「ハァ~~~~~~~、良い偶然なんてヤッパめったに起きるもんじゃないんだな」
白い息と共に長い溜息を吐きながらそんな事を口にしていた。
そういつの間にか季節は冬になっていた。今頃そんな事に気付いた俺ってなんだかとても鈍い。
それとも色々な事がありすぎて気付く余裕すらなかったのかも。
そんな事を気にしたら余計に寒さを感じるようになった。だから、自動販売機でホットお汁粉を購入して体を温める事にした・・・。そんなの買ったからって馬鹿にスンナよな。
俺は甘党なんだ!コーヒーとか紅茶なんかは砂糖が無いと飲めないし、好物だけどカレーなんて甘口だぞ。だからケーキが美味しい喫茶店トマトもよく利用する。・・・、笑いたきゃ笑え。
誰にも聞かれる事の無いそんな馬鹿な話はやめて捜査を開始する事にした。
休憩から戻って辺りを探索し二時間以上が経過しようとしていた。しかも、そろそろ夕暮れ時でもあった。
「何だよ、今日も収穫なしか」
近くにあったガードレールに座ってそんな事を言っていた。
今、俺が座っている所から当時、春香が利用していたと思われる電話ボックスと交番が良い具合に確認で来た。
そこに座りながら目を瞑り、頭ん中で事故当時の幌トラの軌跡をシミュレートしてみた。
〈丁度、俺の後ろにある大きな道路から物凄いスピードで今、俺が座っているガードレールをぶち壊し、そのままの勢いでその路上にいた連中を弾き飛ばしながら・・・、最終的に春香がいた電話ボックスに激突。春香の奴は左端の電話ボックスにいたから軽傷ですんだが・・・・・・、彼女はあれから一度も目覚める事が無いんだ〉
最後にそんな事を考えたせいで急に俺の心の中は闇で包まれてしまった。
そんな状態に陥ってしまったため暫く身動きせずそこに座ったままだった。
気付けば辺りは暗くなり、澄み切った空に月が昇っていた。
暗くなってしまっては何かを探すのは不可能だと思い、家に帰る事にした。
そのまま駅に向かおうとした時、何かに引っ張られるようになぜかレクセルビルと交番の間の細道、人一人分だけが通れるその細道に足を運んでいた。
気が付けば、薬莢を見つけた時の様に何かを足に踏んでいた。
それはなにやら柔らかい感触がしていた。
〈今俺が踏んでいる物・・・、こげ茶色の臭い物じゃなきゃいいんだけど〉
馬鹿な事を思いつつ踏んづけていた物から足を退けそれを確認した。
それはポケットティッシュくらいの大きさの袋に何かが詰まっているものだった。
月明かりもうまく射さず、暗がりだったのでそれが何なのかよく確認出来なかった。
だから、それを手に取り光量の多い大路地へと出た。そしてそれをもう一度確認、蒼白い粉のような物だった。
〈・・・、若しかしてあれじゃないよな。でもあれって蒼白じゃ無くて白い粉だろ?まぁ、いいやどうせ今の俺には分からん〉
そう口にして、それをジャケットのポケットにいれ、自分の住むマンションへと向かった。
* * *
自宅に到着してからは冷え切った体を温めるために風呂に入る事にした。
今までちゃんと風呂に入っていたんだろうか・・・、多分入っていたと思う。
唯、自分の記憶に留めていなかっただけだぜ・・・ハハハッ。
風呂から上がったあとリヴィングにおいてあるテーブルを確認した。ヤッパリ今日も飯が用意してある。どうしてだろう?しかし、今日はその理由を知る。
飯と一緒に置手紙があったからだ。
『宏之、あんた一体どこほっつき歩いてんのよ?ミンナ心配してんだからね』
『それとちゃんと私が作った料理食べてくれてるみたいね・・・、少しだけ安心した』
『春香の事でブルーになってんの分かるけどしっかりしなさいよ』
『隼瀬香澄より』
手紙に書いてあった字はあいつには似合わないくらい可愛らしい字だった。
その手紙を読んで、その隼瀬の見えない心遣いに俺は無性に嬉しくなって、心の中で
〈隼瀬の奴余計な事しやがって・・・、でも有難う〉
しかし疑問に思うことがあったんだ。
どうやって隼瀬は俺のこの部屋に入ってきたのだろうか?
鍵は掛けて出ているはずだよな?若しかして鍵掛けていると思っていただけで掛けていなかったのかも知らない。
それを読んだ後、彼女が作ってくれた飯を感謝しながら食い、何でこんな事をしてくれるのか考えたが答えは出なかった。
飯を食った後、食器を流し台へもって行きお湯に浸した。食器を洗っていた。
その後、今日、新たに入手した物を手にとって確認してみた。そして、じっと眺めてみたけれどそれが何なのか分からず・・・、つい袋を開けて一寸だけ舐めてみた。
これが若し猛毒だったら俺は即死。だけど、少し苦味を感じただけでそんな事は無かった。俺はなんともないんだよな・・・。
〈・・・!?何だ急に頭がフラフラして来たぞ?なんか目の前がチカチカしてきた〉
〈なんか、すっげぇ~~~、良い気分だ〉
何かに気付いたときは既に遅し何かの妄想に取り付かれていた。
気が付いた時はもうに次の日の朝を向かえていた。
2001年12月22日、土曜日
昨日、口にしてしまったものはヤッパリ麻薬だった・・・、と思う。それのせいで今日の朝まで悪夢にうなされてしまった。
どんな内容かなんておぞましくて話たくなんかない。
流石にこんな物を持っていては良くないと思った俺は永蔵のおっさんに会う事にした。
* * *
「ばぁーーーーーーかもぉ~~~ん、あれ程余計な事に首を突っ込むなって言っていたのに何をしてんじゃ。宏之、おぬしハァッ!」
永蔵のおっさんはそんな風に怒鳴りながら俺の頭に思いっきり力を入れた拳を乗せグリグリしてきた。
「いってぇなぁ、なにすんだよ、おっさん!」
「ぁたく、てめぇと言う奴は・・・、ハァ、まぁ良い、やっちまった事をグチグチ言っても仕方ネェ、おめえさんが無事ならそれでよかったことにしてやる」
「でぇ、これ一体何なんだ?」
「教えられっか、馬鹿モン」
「だったらいいぜ、これおっさんに渡してやらネェから」
そんな風に大きな態度でZipにいれた二つの物を永蔵のおっさんの前にぶらつかせながら見せていた。
「なんだぁ、わしと交渉しよってか?宏之、おめえさんは肝が座った奴だよ」
そんな風に永蔵のおっさんは口にしたけど、結局この二つと交換におっさんの持っている情報を貰ったんだぜ。
永蔵のおっさんの話によると空港と海港が近郊ゆえに最近、三戸の街もかなり多く外国人が増え、その人種間でドラッグのように危ないものを巷へと徘徊させているらしい。
おっさんに渡したものは新薬で純度が高く、強い常駐性があり、無臭に近く警察犬などの特殊な訓練を受けた犬でもそれを探し当てるのが難しいと言っていた。
それらはあの幌つきトラックにはそれらが積まれていたという。
次にこの薬莢。
『ちゃんと調べないと正確な事は言えねぇが』っておっさんは言っていた。
だけど俺の予想通り、幌トラのタイヤを撃ち抜いた弾丸のものであろうと教えてくれた。
それじゃ、そんな事をしたのは一体誰かとおっさんに聞いていたんだ。
「これを扱ってんのは日本の組以外の所だ。どこの国の組織だかは教えられんがその団体の一員の誰かがやったかもしくはそこに雇われた掃除屋がやったかだな」
「それはシマ争いって言う奴のためか?」
「宏之、なかなか鋭いじゃネェか、まっ、そんなところだ分かったか、そんな奴らがあの事故の片棒担いでんだ、これ以上首突っ込むなよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「わかったのか?返事してみろ?」
「わかったよ」
「なんだぁ、その不承不承とした返事は?シャキッとせんかい!」
永蔵のおっさんはそう口を動かすと俺の背中を思いっきり叩いて来やがった。
「痛ってぇ~~~、なにすんだよ」
「こんくれぇで痛がってちゃぁ、世の中、渡っていけねぇぞ、ワッハハハハッ」
おっさんは笑いながらそんな事を言っていた。
この話が終わった後、丁度昼ごろだった。以前のように今回も永蔵のおっさんは俺に結構豪華な昼飯を奢ってくれた。
刑事とかの昼飯は簡単に済ますことが多いって聞いてたけど、おっさんは軽く二人前は食っていた。
それだけ体を動かしているっていうことなんだろうか?飯を食ったその後は永蔵のおっさんと別れ、帰宅していた。
2001年12月24日、月曜日
永蔵のおっさんに〝これ以上首を突っ込むな〟と言われたけど、何かを探すようにとある繁華街を俺は彷徨っていた。
若し、春香があんな目にあっていなかったら今日という日に彼女とデートの為どっかに出かけていたんだろうけど。・・・・・・、しかし、今の俺にはそれは叶わない願いなんだ。
そう今日はクリスマスイヴの日だった。
「ヘイ、ジャッポ!良いパウダーあるぜ今日はこれきめてシエロ」
「何言ってんだてめぇ、日本語まともに喋れネェの?」
そんな言葉を掛けてくる奴はどこをどう見ても日本人じゃなかった。
「このポルヴェーレ・・・、パウダァ~ほしくナイのか」
〈ポルヴェーレって何だよ?・・・、・・・、・・・、コイツはまた俺にパウダーいらないのかと言ってきた・・・粉?ドラッグ?〉
「オイてめぇ、お前が持っているそのドラッグどこで手にいれた?」
奴がもっているドラッグというのを見せて貰っていないが、俺が知っている蒼白いあれだと思ってそんな事を聞いていた。
「これカエ、今日のフェスタ・・・、パーティーにオシエテやるぜ」
コイツは意味不明な言葉を俺に口にしてきた。だけど、それを買えば何かを掴めそうな気がしてそれを購入する事にしたんだ。
「グラッツェ!」
そいつはどこの言葉か分からないがそんな事を言いながら俺に小指の先くらいの袋と変な紙を渡してくれた。
その紙を開いて何が書いてあるか確かめてみた。
それはこの付近の地図だった。
目的地と思われる場所に黄色の蛍光ペンで印がつけられていた。
その印されている所に向かってみる。
その場所には一〇分足らずで到着していた。
俺は直ぐにその建物前に行く事はせず、少し離れた所から様子を伺う。
その玄関付近に日本人とそうではない奴が幾人かいて何かを監視するように屯っていた。
〈若しかしてあそこでドラッグパーティーでもあるんか?〉
と勝手に想像していた。
何とか正面からではなく違う場所から中を見られないかと考えてみた。
導き出した解答からその行動をとる為、遠回りしてそのビルの裏口へと向かって行く。
それから約二〇分を掛けてそのビルの裏に到着する。しかし、ここへ来るべきではなかったのかもしれない。
「マッヴィア!ジャッぽ??」
聞きなれない言葉が聞こえるといつの間にか複数の危なそうな奴に俺は囲まれていた。
その何人かは手に何かを持っていたんだ。
その中の一人がそれを俺に向けると躊躇無くその手の指を動かしていた。
『ティキューーーンッ!』
それはそんな甲高い軽い音を立てながら俺の頬をかすめる。
態とはずしたのか?・・・、それとも俺の運が良かっただけなのか?
少しばっか血を流しただけでそれ以上なんとも無かった。しかし、あまりの出来事で体が竦み身体が動けなくなっていた。そして、またそいつは躊躇無くそれを俺に向け指を動かそうとする。
〈チッ、今度こそ駄目だ、ヤラレル〉
そんな風に頭ン中で考えてしまうと思わず目を閉じてしまっていた。
『ズキューーーンッ*9』
さっきより重々しい数発の銃声が辺りに響く。
〈・・・、おれは死んじまったのか?〉
〈何の痛みも感じず死んじまったのか?・・・、何だまださっき撃たれた頬の辺りがひりひりするぞ?〉
そんな事を思っているとさっきより激しい銃声の音が聞こえて来た。恐る恐る、目を開いてみる。
いつの間にか銃撃戦になっていた。そして、誰かが微かな呻き声を上げながら俺を庇う様に倒れこんでいた。
「・・・?なっ、永蔵のおっさん何であんたがここに!」
「ばぁ~~~かもぉ~~~ん、あれ程首突っ込むなちゅったのにおのれハァ」
永蔵のおっさんは脇腹を押さえながら、震える声で俺にそう言ってきた。
おっさんの声は震えていたがとても強かった。
頭の側面から、足の太腿からそしてその他の場所から血が出ていた。
「おっ、おっさん、何で、何で俺なんかを庇ったんだよぉ!!!!」
涙を流しながら大きな声でそう言っていた。
「ハナッタレ坊主を危険から守るのがわしの仕事じゃ」
永蔵刑事は無理して笑いながらそんな事を口走ってきたんだ。
「おっさん、大丈夫なのか?血いっぱい出てるぜ」
「宏之、オメェさんみたいな坊主に心配されるほどわしは柔じゃネェよ」
永蔵のおっさんは苦しそうだったが強がるようにそんな事は言っていた。
このままじゃ、おっさんが危険だと思って直ぐに携帯で109を掛けようとした。だが、こっちに戻ってきた幾人かのおっさんの仲間と思われる人にそれを止められた。
「君が心配することじゃないわ、既に連絡はとってるわよ」
話しかけてきたその女の人はそう言うとおっさんの前に座り何か手当てをしていた。
「良かった君、無事のようだね」
「オーケー、オーケー君は大丈夫のようだな」
俺の無事を確認するかのような口調で二人の男が同時にそう俺に言っていた。
「麻里、もう大丈夫だ。少し寝かせてくれ」
「まったく、しょうがないわね、このおじ様は・・・」
永蔵のおっさんはそう言うと目を閉じた。一瞬いい知れない不安に包まれてしまった。
「グゴゴゴォ~~~」
おっさんからいびきが聞こえる・・・。永蔵のおっさんは寝ちまっただけだった。安堵して胸を撫で下ろした。
少し経ってから救急車が到着し、永蔵のおっさんをここから運ぼうとしていた。
おっさんの事が心配だったから同伴してもいいか確認をとったんだ。
その許可を得ると俺も一緒にその救急車へと乗り込む。
* * *
暫くして到着した場所は・・・、知っている病院だった。ここは春香の入院している病院、国立済世総合病院だった。偶然なんだろうか?
小一時間程度で永蔵おっさんの治療も終わり、今おっさんは大きなイビキを掻きながら病室のベッドで寝ている。
そんなおっさんの姿を見ながらダークな気分になり始めていた。
忘れていた嫌な気持ち。そんな気持ちになり始めた頃、一人の看護婦がここへやってきた。
「・・・、アナタが私のお父さんをこんな目に合わせたのね?」
「グゴォ・・・?南まだ勤務中だったのか?」
突然、目を覚ましたおっさんはその看護婦をそう呼んでいた。
「許せない、お父さんに命の別状が無くても貴方を許せない」
「何をいっておるんじゃ南!」
その言葉に完全に目を覚ましたおっさんは怒鳴るようにその看護婦に言っていた。
「そんな事、言ったって、お父さんに・・・、お父さんに何かあったら私は心配で・・・、心配で何も手に付かなくなるのよ」
おっさん娘だと思われる人は薄っすらと涙を浮かべながら父親?の顔を見ていた。
「おぃ、宏之!南なんぞが言っていること気にするな」
「お父さん!!」
「病室内だぞ、いい加減にせぇっ、南」
永蔵のおっさんは泣きじゃくり始めた娘らしき彼女を窘める様に言い聞かせていた。
何も言えなかった。何も言葉に出すことが出来なかったんだ。そして、何の挨拶もしないままこの場所を出てきてしまっていた。
* * *
面会時間などとっくの昔に過ぎているはずの春香の病室に入っていた。
誰かに見つからなければ鍵が掛かっている訳でも無い病室に入る事なんて簡単だった。
無言で春香を見つめながら今までの事を考えていた。
〈春香、お前をあの事故でこんな目に合わせてしまった〉
〈そして今日、それに関係する事で親しくなった刑事に命の別状は無いが酷い怪我を負わせてしまった〉
〈俺は・・・一体何をやっていたんだろう、いったいなにをやってるんだろう?〉
〈春香をあんな目にあわせ〉
〈俺自身で首を突っ込んだ事だったのに、永蔵のおっさんをあんな目に遭わせてしまった・・・、永蔵のおっさんまで巻き込んで〉
〈貴斗にあんな思いをさせて〉
〈アイツの彼女、藤宮を悲しませ〉
〈慎治にあんな事を言われて〉
〈隼瀬にまで迷惑を掛けて〉
〈俺を取り巻く大事な奴等が俺を思ってくれる連中が不幸に陥って行く〉
〈俺の存在って意味があるのか?〉
〈俺って生きていてもいいのか?〉
だけど、その問いの答えを返してくれる奴もいない。
自分でも返せないまま、今日この日から俺の精神が崩壊し始める。そして、この自己崩壊してしまう心が癒えるのに一年以上も費やすことになってしまうんだ。
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