第3話 密室

「よっしゃぁ~~~~~!!」

「おいおい……」

かなり分厚く作られた王太子専用の応接室で、シーナ嬢は手足を伸ばした姿勢で、ソファに倒れ込んだ。

それを見てもリオンは注意をするわけでもなく、苦笑している。

部屋に侍従はおらず、若い王太子と身分が低すぎる令嬢のふたりきり。

それを咎める者はおらず、単なる婚姻前の火遊びだと思われている節があることは、ふたりとも承知していた。

「……はぁ~、良かったぁ……」

「うん……良かった……」

「えっ!?あんたのその『良かった』は絶対下種極みの『下位貴族令嬢の面倒を任せられる屈辱に涙目になりながらも、健気に耐えるルエナ様』に萌えたっていう『良かった』でしょう?!アタシのは違うからねっ?!」

「グッ……」

確かにあの美しい顔が強気に耐えている表情も、悲しげに瞳が揺れるのも、男として庇護意識が湧きおこらなかったわけではない──はずだ。

「いや!でもちゃんと良かったと思っているんだぞ?!おかげでお前が公爵家に保護されるわけだし……」

「いやいやいや……あんたにちょっとSっ気があるのは、ちゃんとわかってるんだからね?……それにしても」

「ああ……あの場にいた者は全員学園に通う者たちだからな。ちゃんと皆の表情と発言は控えさせている」

「おおお!さっすが!やり込み具合と理解力と対応力が半端ねぇ!!」

向かい合ってサムズアップしあうふたりは、揃ってテーブルの上の紅茶を湯こぼしに開ける。

「まったくねぇ……避妊薬入りの紅茶なんて、手の込んだことするよねぇ~?マジで子供出来なくなったら恨むからねっ!」

「飲んだことないくせに……」

初めてこの部屋にシーナを呼んだ際、丁寧に淹れられた紅茶を口に含んだリオンは、おかしな味がするとそのお茶に含まれている物を秘かに調べさせた。

その結果、男性側にとってはあまり影響がなく、だが女性には不妊を引き起こしかねないような量の避妊薬が混ぜられていることを知り、ふたりはこの部屋にいる間はシーナ自身が持ち込んだ水筒から水を飲み、同じくシーナ手製のクッキーだけを食べるようにしている。

「いくら俺に影響はほぼ無いって言ってもさぁ……」

「薬に絶対は無いからね!ちゃんと健康な跡取り作るなら、絶対アタシお手製のハーブダイエットクッキーの方が安全だもん!」

ボリボリとそのクッキーを自ら頬張るが、さっきのぞんざいな態度とは裏腹に、スカートに落ちた食べ屑をひとつ残らず集めて持参のハンカチに包んだシーナはにっこりと笑った。



とりあえず王太子から命ぜられた子爵令嬢を側に置くための許可を両親からもらうという理由で、ルエナ嬢は自分を避けてヒソヒソと噂話をする子息や令嬢たちのたむろする大広間を辞した。

何故か正面玄関にはすでに公爵家の馬車が用意されており、ルエナが乗り次第帰宅する指示を受けていると待機していた侍女が説明してくれる。

「な、何故……?一体誰が……?」

「王宮の王太子付き側近様がお言伝を寄こされました。王太子様からのお手紙もございます」

「え?」

震える手で受け取った封筒にはきちんと王太子の封蝋も押されており、これが偽の手紙でないことが示されている。携帯用の小さなペーパーナイフを渡されて開封すると、そこには見間違えようのない文字で、先ほどの下命の理由が書かれていた。


先ほどの強い態度の謝罪。

下位貴族で、市井からの養女であるシーナ・ティア・オイン令嬢が未遂ではあるが、実際命を狙われるような出来事があったこと。

彼女が婚約者であるルエナとは別の意味で、王太子であるリオンにとって大事な友人・・・・・であるということ。

そして彼女を匿ってもらうのに、同じ子爵家や伯爵家程度では防げないかもしれず、また彼女のことを疎ましく思って保護することを怠る可能性があること。


「……それほど、大切な人・・・・ですのね……」

綺麗に施された化粧が落ちてしまうことも構わず、ルエナは静かに涙を落した。



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