第15話 スキル辞典リーノ、王国を脱出する

 

 三日月がおぼろげな光を投げかける深夜。

 とある集合住宅の1階。

 冒険者であるランドルフは出窓に腰掛け、グラスを傾けていた。


「なるほどな……連中の背後で糸を引いているやつがいる、と」


「はい、ランドルフ様……バルロッツィ家のガイオ、彼のレベルアップのスピードは異常ですし、王宮内で色々不穏な動きが見受けられます」


 ランドルフの問いに答えたのは、闇に溶け込む黒装束を着た人物。

 背は低く、思いのほか澄んだ声色……女性、しかも少女と言われるくらいの年齢かもしれない。


「急速レベルアップねぇ……リーノみたいな平和な理由じゃないだろうな」


 既にベテラン冒険者を超える力を身に着けたにもかかわらず、相変わらずお人好しでのほほんとしている相棒を思い出し、思わず笑みを浮かべるランドルフ。


「……しかもその”黒幕”は、ランドルフ様の事情に感づいている節があります」


「一度”こちら”へお戻りになった方が良いのでは……」


 黒づくめの少女は、心配そうにランドルフの袖を握る。


「ふふ、心配すんなって!」

「これも修行だ……これくらいのピンチ、頼りになる親友と共に乗り切って見せるさ」


 ランドルフは豪快に笑うと、少女の頭を優しく撫でる。


「あうっ……承知しました」


「くれぐれもお気をつけて……私はいつでも控えておりますので」


「おう! お前も気をつけろよ……あとたまにはおしゃれして来い?」


「な、なななっ!? わ、私はランドルフ様に仕える影の者ですので……そ、それではっ!」


 しゅたっ!


 ウインクしながら話られたランドルフの軽口に、一瞬赤面した少女は体勢を立て直すと闇に溶け消える。


「さて……”脱出”の準備をしないとな……」


 長い旅になるかもしれない……最低限の家具しかない自室を一瞥し、ランドルフは旅立ちの準備を始めるのだった。



 ***  ***


「急に王都を出て行くって……どういうこと?」


 私服や私物……野営に必要なものを冒険用のバックパックに詰め込みながらランに問いかける。


 気持ちの良い初夏の朝……今日は一日ゴロゴロして、夜には宝玉でララとラブラブ?トークでもしようか……。

 久々のオフを堪能しようとしていた僕のもとに現れたのは、旅立ちの準備を整えたランだった。


「全くお前は平和なヤツだな……」


 お気楽な僕の様子に、一瞬あきれ顔になったランだが、すぐに声のトーンを落とす。


「……バルロッツィ家が本気を出したぞ」


「本気って……今まで通り生かさず殺さず、じゃ?」


「あのな……お前が孤児院に預けた幼女は”昏き魔蛇”の暗殺者だったんだぞ?」

「それと、こないだお前に矢を射かけてきたアイツな? ギルドの構成員であることが分かったんだよ」


「えっ……それって?」


 ランがテーブルの上に広げたのは、どこから手に入れたのか”昏き魔蛇”の情報に……”依頼書”の写しだ。

 ……って、ギルド長の名前で僕たちを始末しろ、だって!?


「”ツテ”を使って調べたんだが、どうやらこの依頼はもっと上……王宮レベルから出ているみたいなんだ」

「ガイオの任官により、がっつりと王宮に食い込んだ連中……依頼主は誰か、言わなくてもわかるよな?」


「……そんな」


 ランが示した残酷な事実に、僕は立ち尽くす。

 いくら絶縁された庶子の子とはいえ、一応は血のつながった親子である。

 ガイオからは疎まれていただろうが、冒険者ギルドを通じて最低限食べていくだけの依頼は斡旋されていたのだ。


 ララたちのおかげでレベルアップできたし、父上はもしかして僕を見直してくれるかも。

 そう淡い希望を抱いていたのだ。


 それが、こんな直接的に僕を始末しようとしてくるなんて……。


「……まぁ、どう見てもお前に押し付けられてきた依頼はただの嫌がらせだったけどな……」


「あと残酷なことを言うが……」


「フランコは保険としてお前を生かしていたに過ぎないんじゃないか」

「ガイオが正式に宮廷魔術師に任官した今となっては……」


「っっ……!」


 そんなことは最初から分かっていた、分かってはいたけど……僕は心のどこかで期待したかったのかもしれない。

 固く両眼を閉じ、拳を震わせる。


 ぽん


「オレの”親戚”が北方のノルド公国にいる……しばらくそちらに身を隠そう」

「3か月だ……3か月だけ待ってくれ」

「そうすればオレがなんとかしてやる!」


「……それに、オレたちがこのまま王都にとどまっていたら、周りの人たちに迷惑をかけることになるぞ」


 3か月か……誕生日が近い僕とランは、20歳……成人となる。

 そこに何の違いがあるかは分からないけど、下宿のおばちゃんや、馴染みの定食屋さんに危険が及ぶ可能性は捨てきれない。


「……そうだね、ラン」


 僕はいまの生活に対する未練を断ち切るように顔を上げる。

 ランに頷き返すと、旅立ちの準備を再開する。


 その時、テーブルの上に置いた宝玉から涼やかなコールの音が響き……ぽぽん、とララの可愛らしい姿が宙に浮かび上がった。


「リーノさんっ、話は聞かせていただきました!」

「ララに考えがありますっ! ちょいちょいっとこちらにいらしてくださいっ!」


 元気いっぱいのララの提案に思わずランと顔を見合わせる。

 どうやら、旅立ちの前にすこしだけ”召喚される”必要があるみたいだ。

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