第28話「魔王秘書、ゆるだら令嬢の秘密に迫る③」
――かくして、私の魔王公邸潜入作戦は、ついに決行された。
まず私は、魔王様が馬車で魔王城を発つ前に、いったん宿舎へ帰宅。そこで、あらかじめ用意していた装備を持ち出す。
そうして私は
魔王城や魔王公邸など政府直轄の施設がある魔都中央一帯は、普段は一般人の出入りが制限された特別区だ。
通行量が少ないため、大通りを堂々と通らなければ他人の目に留まる心配はない。
さらに私はあらかじめ、魔王様が乗った馬車の移動ルートを調べ、馬を使えば魔王様より一足早く魔王公邸に着くルートを選定。
魔王様より先に魔王公邸近くに到着できた。
魔王公邸を遠目に確認できるさびれた丘の上で、私はまず望遠鏡を使って屋敷を確認する。
すでに日が落ち、薄暗くなった景色の中に無数の明かりを纏って佇む屋敷の全貌を見渡す。
そうしていると、小さな灯りを纏った物体が屋敷の前に到着するのを目撃。
――魔王様が乗った馬車だ。
魔王様は馬車を降りると、そのまま屋敷の中へ入っていった。
この望遠鏡には、他者の魔力を探知して壁の向こうからでもその動きを追尾できる機能があるのだけど、屋敷に入った途端魔王様の反応は消失してしまう。
屋敷に仕掛けられた結界の効果だ。
それのせいで、私の力では屋敷の外側から中の様子を探ることはできない。
ゆえに、こうして直接潜入することになったわけだ。
(そもそも結界なんてなければ、こんなめんどくさいことせずに済んだのに……)
そんなことを心の中でぼやきながらも、小道具を詰めた小さなリュックを背負って、いよいよ任務開始。
私は、裏側から回る形で魔王公邸へ移動した。
――魔王公邸への接近は、拍子抜けするほど簡単だった。
なにせ、この屋敷には外を警備する守衛の類が一切おらず、調べによると住んでいるのも魔王であるルーネ嬢と、その執事であるフィリエル氏を含めた使用人二、三人だけなのだ。
魔族の頂点たる魔王の住居としては、信じられないくらい無防備といえよう。
これはルーネ嬢の意向を受けたフィリエル氏の方針だという。
一方で外部からの出入りは極端に制限されており、私が把握している範囲ではルーネ嬢の実父である幻魔領領主ウォルム様すら、屋敷に立ち入った形跡が皆無だった。
この事実が指し示すのは、なるべく外部の者を寄せつけない徹底した秘密主義の表れと言えるだろう。
極端に屋敷の住人が少ないのは、仮に侵入者が来てもその人数で対処できるという自信の表れ……実際、屋敷の結界だけでも並の者は近づかせないのだから、その自信も頷ける。
……そう考えると、めんどくさがりの私も多少はやる気が出てくる。
(いったい、魔王様にどんな秘密のがあるのか……見せていただきましょう)
私は好奇心とチャレンジ精神が同居したような妙な高揚感を抱き、思わず薄笑みを浮かべる。
そして、さっそく任務に取り掛かった。
まず屋敷内部への潜入ルートとして私が選んだのは、屋敷裏手からのルートだ。
この屋敷は魔王公邸というだけあって、かなり広い。
そこに住んでいるのがたった三、四人となれば、とても屋敷全体には目が行き届かないだろう。
バハル様を介して取り寄せた間取り図を見ると、もっとも使用頻度が高いであろう居間や食堂などの共用スペース、そして各住人の部屋は正面玄関から中央にかけての区画に集中している。
よって、屋敷裏側の方はほとんど無人といっていい状態のはずだ。
ばったり住人と遭遇するなんてヘマをしなければ、これほどの広い屋敷にひとり忍び込んだところで誰も気づかない。
つまり、中に入ることさえできればこっちのものなのだけど、そうさせてくれないのが、屋敷を覆う結界である。
この結界に私はこれまでに何度か、外から屋敷の中の様子を探るのを阻まれてきた。
職業柄。これまでいくつもの建物の結界を破って潜入を果たしてきた私ですら、正攻法ではつけ入る隙が見当たらないほどの結界だった。
ただ、その過程でこの結界の性質もおおかた推測できた。
どうやらこの結界は外部からの屋敷に対する魔法を妨害し、さらに屋敷の者以外が結界に触れれば、たちまち中の者に伝わる“鳴子”のような性質を持っているようだ。
侵入者除けの結界としてはオーソドックスな性能だけど、その効果は絶大……ほんの少しでも魔力を検知されれば、たちまち潜入がバレるだろう。
――ならば、ほんの少しの魔力も検知させないようにすればいいだけの話。
私はとある魔法を発動して、屋敷裏側の勝手口に近づいた。
そして、リュックから専用の道具を取り出し、極めて原始的なピッキングで、ドアを開ける。
その間、結界が反応することは一切なかった。
この時の私は高位の隠蔽魔法で自らの気配もろとも魔力もをかぎりなくゼロにし、何者にも探知されない状態になっていたからだ。
まさに潜入任務にうってつけの魔法……バハル様が私にこの仕事を任せた最大の理由がこれである。
さらに私が魔法を使わず、あえて道具を使ったピッキングでドアを開けたのも、結界を作動させないためだ。たとえ自身の魔力反応を絶っても、魔法を使った際の魔力を検知されては元も子もない。
そうした細心の配慮を重ね、まずは第一関門突破。私はまんまと、屋敷内の潜入に成功した。
推測通り、屋敷裏手側のスペースは人の気配がなく、灯りさえついていなかった。
結界の内側に入ってしまえば、もう魔法を使っても大丈夫。
私は暗視の魔法を使って目を暗闇に適応させて、慎重に屋敷の中を移動する。
――今回の私の目標は、屋敷中央にあるルーネ嬢の私室だ。
なんとか彼女がひとりきりの時に部屋に接近し、ドアの隙間からでも中を覗き込めれば、なにか彼女の秘密にまつわる決定的な場面を見ることができるかもしれない……なぜだか、そんな予感があった。
まずは部屋を行き来する人間の動きを察知できる距離まで移動すなければならない。私は音を、気配を殺し、慎重に歩を進めた。
やがて暗がりを抜け、明かりがついた通路にたどり着く。
……そろそろ目標が近い証だ。
私はさらに慎重になり、近くに人の気配がしたらすぐに身を隠せるよう、手ごろな隠れ場所を常にチェックしながら、素早く静かに屋敷を駆け抜けた。
ここまで人の気配はなく、思いのほか楽に目標を達成できそうだ。
――そう思った時だ。
ルーネ嬢の部屋まであとわずかというところで、私は足を止めた。
……あらためて探ってみても、やはり人の気配はしない。
しかし、私の前には明らかな人影が佇んでいた。
――よく見ると、それはメイドらしき少女の石像だった。
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