第10話「十大領主、集う」
――いろいろあって、ルーネお嬢様の魔王即位まで、あと五日。
このころになると、ユーリオ様に代わって新たな魔王候補が擁立されたという話は
もう準備もほぼ終わり、あとは即位の儀に向けての細かな調整を残すのみ……
だが、即位の前に、お嬢様には重大な仕事がひとつ待ち受けていた。
それは、大陸に二十八存在する魔族領領主の中でも特に強い権力を持つ“十大領主”との特別会合……いわゆる、顔合わせである。
十大領主は
だから、正式に即位する前にあいさつするための場が設けられたのであった。
かくしてこの日、魔王城の大議会室に魔王と十大領主が一堂に会した。
部屋の中央に置かれた長テーブル……その十の席に座る、十人の魔族たち。
いずれも、ただ者ではないと思わせるピリピリした気配を纏っている。
そして、そんな彼らを一望できる議長席に座るのが、この十人を統率する魔王である。
そんなお歴々の姿を、僕は魔王様の後ろの方に設けられた席から見ていた。
隣には、ナーザ様、バハル様、ジデル様ら
本来、
はじめての会合に当たって魔王様になにかあった際にすぐ口添えできるよう、後ろに控えているのだ。
つまり、ここには魔族の最上位権力者全員が集まっているということである。
そこに、僕も“影の世話役”として同席していた。
ただ、十大領主の中には、以前のユーリオ様のパーティーで僕の顔を見た方もいるかもしれない(というか、
いつもとは違う執事服に、髪型をオールバックに変え、顔は仮面で隠した出で立ち……今後は基本的にこの姿で、魔王様の公務に付き添うことになる。
「なかなか様になっているな。これからはお前も幾度となくこの場に立ち会うことになろう……今のうちに慣れておけ、“フィールゼン”」
横の席から、ナーザ様がそれとなく声をかけてくる。
フィールゼン……それが、この姿になるに当たっての、僕の便宜上の名前である。
そんな僕が後ろから魔王様を見守る中、やがて会合が始まった。
「十大領主の皆様、本日はこの場に出席していただき、ありがとうございます。これより、もうじき即位される次期魔王様から皆様に向け、あいさつさせていただきます」
雑談する者など誰もいない重々しい雰囲気の中、そう口火を切ったのは、魔王の傍らに立つ魔王秘書にして今回の進行役、シャロマさんだ。
これだけの面子に囲まれながら、彼女はいつもの冷えた無表情を少しも崩すことなく、淡々と話す。
「――では、魔王様。ごあいさつを……」
そして、ついに魔王様の出番が回ってきた。
シャロマさんの言葉をきっかけに、それまで魔王様に集中していた視線に、さらに熱が帯びる。
十大領主の方々が次代魔王を値踏みしようと、その一挙一動を注視しているのだ。
「うむ……」
その視線に気後れすることなく、あくまで平静に振る舞う黒衣の魔王。
先日苦労してコーディネートした魔王にして女王スタイルと、お嬢様の卓越した演技によって演出された魔王オーラは確実に十大領主にも効果を与え、中には固唾を呑んで表情をこわばらせる方もいた。
「――余が次代魔王、“クゥネル=ザルツハイベン”である。王座を継ぐことができなくなった兄・ユーリオに代わり、余が新たに魔王の名を戴くこととなった」
装いに恥じぬ、重厚な威圧感たっぷりの言動で、魔王クゥネル様は十大領主にその威容を見せつける。
そう、この場においてお嬢様はもう、ルーネ=ヴィリジオではない。
――先日、突然の病に倒れたユーリオ様には、実は腹違いの妹がいた。
先代魔王と、側室でもない愛人の間に生まれた子である。
愛人の子という忌々しい存在であるゆえ、今まで厳重に秘匿されていたが、このたび病床に伏したユーリオ様に代わり、先代魔王ディオール様から強大な魔力を受け継いだもうひとりの子であるクゥネル様が、急遽王座につくこととなった。
……というのが、お嬢様を魔王に仕立てるため、
ユーリオ様の件で真実を知るのは、当事者である僕たちヴィリジオ家のほか、
そのほかの十大領主を含めた全魔族には、ユーリオ様は現在病床に臥せっていると公表している。
……まあ、実際静養中なのだから、まったくの嘘というわけでもないんだけどね。
愛人の子というのはあまりにぽっと出で胡散臭い設定だけど、実際お嬢様にはユーリオ様から吸いつくした、先代譲りの魔力がある。
多少不審には思われても、この動かぬ証拠があるかぎり、真実が露呈することはないというのが、
「これより、余がこの大陸を統治し、魔族にさらなる繁栄をもたらすことをここに誓う。十大領主の諸君には、余の助けとなってともに栄光の道を歩むことを望む……以上だ」
出自を恥じる様子はなく、あくまで堂々と、尊大に振る舞う魔王様。
それが、今の魔族が求める“強い魔王”……お嬢様は、このひと月近くで培ったすべての経験を総動員して、それを完璧に演じた。
この様に感銘を受けたのか、十大領主から次々と拍手が沸き起こる。
「いや、素晴らしい! 先代に隠し子がいたというのは驚きだが、まさに次代を担うにふさわしい立ち振る舞い! まだお若いだろうに、たいしたものだ!」
「ええ。それに、ふふ……とっても美しいお姿ですこと。あの仮面に隠されたお顔、いつかご拝見したいものですわ」
そうおっしゃるのは、以前のパーティーでお嬢様とごあいさつされていたおふた方……
おふたりとも、魔王様の正体には気づかれていない様子……ひとまず安心だ。
「愛人の子、しかも娘というから心配したが、なるほど……女らしからぬ堂々たる覇気をお持ちのようだ」
「たしかに……亡き先代を思わせる厳然たる佇まい。血は争えぬということか」
「え~、なんだかよくわからないけどぉ~、めでたいですね~☆」
さらに、
その横で、なんだかぽやぽやとしているのは、
そして……
「ええ、本当に。あのようにお美しい方が魔王様だなんて、同じ女として励みにもなりますわ」
そうそうたる十大領主の中でもひときわ目を引く、清楚な雰囲気の貴婦人。
その顔立ちに、僕はとある人物の面影を見た。
あの方はたしか、
「バハル様、もしかしてあの方は……」
「……妻のレシルだ」
隣に座るバハル様に小声で尋ねると、彼は少々ばつが悪そうにそう答えた。
やっぱりそうか、どうりで似てると思った……
もちろん、バハル様にではない。その娘である、シャロマさんにだ。
ダルムード家は代々、当主が
本来領主を担う立場にある現当主バハル様が
……父母娘、三人そろってこの歴史に残る場に居合わせるなんて、すごい一家だ。
さらに、
そして、
「――ワシは認めんぞッ!」
ただひとり、魔王様へ拍手を送らなかったばかりか、テーブルに拳を叩きつけて憤慨する人物がいた。
怒れる竜人……
「先代の正当たる子息であるユーリオ様ならいざ知らず、愛人の娘などを魔王にするだと……!? そんな、魔王の輝かしい歴史に泥を塗るような不敬がまかり通っていいものか! だいたい、あの実直で何事にも正々堂々と臨まれていたディオール様が、隠れてこそこそ愛人をつくっていたという話も疑わしいものよ!」
会合の始まりから溜めに溜めた鬱憤を晴らすかのように、怒号をまきちらすグラガム様。
これをきっかけに、和やかだった部屋の空気がどよどよと暗く淀む。
「やれやれ、グラガムめ……この場に呼ぶだけでも苦労したものを、やはり最後までおとなしくしてはくれなかったか」
この事態に際し、さもありなんとばかりに、ナーザ様がぼやく。
「ほっほ、グラガム殿は先代のもっとも旧い友にして、忠臣……ユーリオ様の王位継承についても、直接のご子息ゆえしぶしぶ納得していたほどですからのぉ」
「そのうえ、愛人の娘という不義の血。先代を強く慕い、不実を嫌うあの方のこと、こうなることは目に見えてはいたが……」
「ああなると、タチの悪い妄信だな……まことにやれやれだ」
それは、ほかの十大領主も同様だった。
「おいおい、それ言っちゃう? エレガントじゃないねェ」「まったく、融通の利かぬ御仁だ……」「これだから、力だけが取り柄の竜魔族は……」
などと、冷ややかな声が次々と聞こえてきた。
場が凍りつくほどの総スカン……それでも、グラガム様は一度出した矛を引っ込めることはない。
「――クゥネリア様ご自身に落ち度はないとしても、ワシはどうしても従うことができん……! ゆえに、十大領主の椅子を返上させていただく!」
「待て待て、落ち着けグラガム。新魔王即位を間近に控えたこの時期にか? それこそ、魔王の歴史に対して泥を塗る行為だぞ」
「無論、承知しております。即位の儀には、十大領主のひとりとして参列しましょう……ですが、それから先は金輪際、魔王城との関係を断ち切らせていただく!」
ナーザ様が冷静にたしなめるも、それでもグラガム様の意思は堅かった。
十大領主という最高権利を手放してまで、先代魔王への忠義を通そうというのだ。
ナーザ様もそれ以上止めることはなく、グラガム様は退室。
それから気まずい空気のまま、本会合はひそやかに終わるのだった。
――それから、会合の出席者が次々退室していくものの、魔王様は一言もなく、ぼんやりと席に座ったままだった。
……グラガム様の反意に、少なからずショックを受けているようだ。
自分にはあずかり知らぬ事情とはいえ、ああも真っ向から反目されるのは、お嬢様にとってはじめての経験……無理もない。
「お嬢様……」
ほかの方々が皆退室したのを見計らい、僕は仮面を外して声を掛けようとする。
「――ルーネよ」
でも、そこに別の声が割って入った。
ナーザ様だ。
その声に、ゆっくり振り向くお嬢様。
その身に、会合中纏っていた覇気はなく、仮面の向こうにひどく落ち込んだ憂いの顔が見えるかのようだった。
「しばし、我に付き合え。おぬしもだ、フィリエル」
顔はフードに隠れ、相変わらず表情は読めないけど、いつになく穏やかな声色のような気がした。
お嬢様にしろ僕にしろ断る理由はなく、ゆらゆらとローブをはためかせて移動するナーザ様についていくことにした。
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