17話 諦め





お久しぶり。五樹だ。今回は雲行き怪しい、不安に関するお話になる。




今まで俺は、この子が体力的に消耗した時、精神的に疲弊した時に限って現れ、一時的にその場をしのぐために存在しているのだと思っていた。




だが、ここ2ヶ月ほどは、毎日俺が現れ、何時間もに渡って時子の生活を支えなければ、彼女は日々を越えていく事が出来なくなっていた。


理由は後述するが、それは段々と深刻化していき、終いには彼女は、はっきりと口に出して「辛い人生を代わって欲しい」と言うようになった。そして、俺にほとんどの時間を任せるようになっていったのだ。




この小説を書いている今日は、起きた時から俺だった。昨日も同じく、時子が朝目を覚めすという事はなかった。




今日の昼間、俺達はツイッター上で短いやり取りをした。彼女がつぶやき、俺がそれを見た。


時子は今日の正午過ぎに、ほんの20分ほどだけ目覚めて、ちょうど休憩に帰って来ていた夫とも、ろくに話しもせずに、また眠った。


眠る前に彼女は、ツイッターにこう書き残した。


“私の好みで買った食べものは、お菓子を含めて、五樹さんが食べても良しとします。お金も普通に使ってもらって大丈夫です。カウンセリングは五樹さんが行きたくなければやめて結構です。”


俺は、わざわざ形に残るようにメッセージにせずとも、時子の考えている事なら、すべて手に取って確かめる事が出来る。それは時子も知っている。


ただ、そうやって明確に示す事で、時子はもう日々に期待をするのをやめ、俺にすべてを譲り渡す事にしたのだと、見せつけられた気がした。




俺はそこまで動揺はしていないが、正直に言うと、あまりはっきりとは理由が分からない。


前話で俺が信頼してもらえるようになったと話したが、まさかその信頼が、このような形に飛躍するとは思っていなかった。


でも、彼女が俺に対し「身を任せるに充分」と信頼しなければ、こんな事にはならなかったかもしれない。


もしかしたら、理由としてはこんな物が挙げられるかもしれない。




時子はこの間、カウンセラーにこう言った。


「こんな事して、なんになるんですか。治りやしませんよ。早く死にたい」


時子の今までの努力では、めくらめっぽう何かに手を伸ばすだけで、それが実を結び、彼女の生きていく時間が楽になる事はなかった。


カウンセリングが上手くいっているはずなのに、「まだ終わっていない」という事だけで、彼女は絶望しかかっていたかもしれない。


それに、彼女は強いうつ状態にあり、いつも強く死を望み、疲労していない瞬間がない。そしてそこに、彼女の体を気遣う人格である、俺が現れた。


俺は彼女に生活を監視され、「どうやら自分の体で悪さをする事もなさそうだ」という審査も済んだのだ。


終わりの見えないカウンセリング。やっぱりまだまだ辛い毎日。嫌になってくる。それは話として充分有り得そうだ。




今の時子は、少なくとも、元の自分に戻りたいとは思っていないし、自分の人生に仮初でも希望を見る事は出来ないだろう。


俺はこの先何日このままなのか、分からない。でもきっと、いつかは戻って来る。だってここには彼女の幸福のため、すべてが用意されているのだから。


時子の夫には、しばらく辛抱してもらわなければいけないかもしれないが、彼はとても理解がある人だ。だから、俺にも時子に接するようにしてくれる。


俺がしなければいけないのは、時たまの散歩と、規則正しい食事、入浴くらいだ。時子は一応「きわめて重度のうつ状態」という重病人だ。俺自身が、そこまで苦痛を感じなくとも、無理は出来ない。


では、俺は動画を見ながら、アイスコーヒーを飲もうと思う。実は、日中に時子が就寝前の睡眠導入剤を飲んでしまったので、さっき起きたばかりなのだ。


皆様にはいつもお付き合い頂き、感謝する。もう少し粘ってみる事にするよ。それではまた。





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