第15話
夏休みとはいえ、地下鉄『N大学前』駅、2番出口付近は学生でいっぱいだった。
みんな様々な理由で大学に来ていた。
部活の為に来ている者、図書館を利用する為に来ている者、僕の様に昼食だけを取りに来ている者。
高校や中学の時の
『夏休みの学校』
と言えば、数人の教師だけが当番的感覚で職員室に居るだけという寂しいイメージだったが、大学の夏休みは休み前とさほど変わらないぐらいの賑やかさがあった。
僕は駅の駐輪場に原付を停め、2番出口付近でルカを待った。
この日はかなりの暑さだったのでルカの為に何か飲み物を買っておこうと近くの自販機に向かった。
ペットボトルのスポーツドリンクを2本買って戻ってくると、ちょうどルカが地下から出てきたところだった。
少し辺りを見渡す様な素振りを見せた後に僕を見つけた。
僕らは目が合った。
ルカは笑った。
とても嬉しそうに。
胸元で右手を小さく振った。
そして小走りでこちらにやって来た。
『ごめんね、待った? 外、めっちゃ暑いね』
『大丈夫、全然待ってないから。これ・・・今日だいぶん暑くなるみたいだから』
そう言って僕はペットボトルを渡した。
「ありがと」
ルカはそう言ってペットボトルを受け取った。
『ちょうどランチタイムだからお昼ご飯一緒に食べない?』
「僕がご馳走するから」
と一言付け足してルカに訊ねてみた。
『うん、ありがとう。一緒に食べる。どうせなら大学の食堂で食べたいな』
『この辺りは学生の街だから、食事出来るお店はたくさんあるけど、学食が良い?』
『そう言うお店はまた次に会った時に連れてって。今日は学食が良い。律がどんなところで食事してるか見てみたい』
『そっか。じゃあ、学食にしよう』
僕らは並んで歩き始めた。
校内で視界に入った人間は男女問わず、ほぼ全員がルカに見入っていた。
制服、短いスカート、茶色というよりは金色に近い色の髪。
そして何よりも、幼さと少しばかりの大人っぽさが微妙に同居したルカは、とても綺麗だった。
『広いねぇー、高校と全然違う。何人ぐらい居るの?』
『うちの大学で15,000人ちょっと』
『15,000人!? 律みたいに勉強するのが苦にならない人がそんなにたくさん居るんだ・・・』
『いや、まぁ・・・中には勉強嫌いな人も居ると思うよ』
『勉強嫌いなら国立のN大に入れないわよ』
『今高2でしょ?進路は決めてるの?』
僕の質問にルカは少し怒った様な表情でこちらを見た。
『誰に聞いてるの?』
『誰って・・・それは』
『気付いてる?今日会ってから一度も私の名前呼んでない。私の名前呼びたくないの?「如月さん」とかって呼びたいわけ?名前で呼ばなくて済む様に言葉選んで話してる・・・』
『そんな事ないよ。別に意識してた訳じゃない』
それは嘘だった。
僕は意識して「ルカ」と呼ぶ事を避けていた。
直感的に本能的に。
『慣れてないんだ、女の子を下の名前で呼ぶことに』
『律のそういう所、嫌いじゃない。真面目な所。でもちょっと「遠い」感じがする。』
「それが僕なんだ」と言いかけてやめた。
僕はいつも人と間に壁を作ってしまう。
相手が近づいて来ようとすればするほど。
『素敵な名前じゃない?「ルカ」って』
『とても素敵だよ。麗子さんのセンスを感じる』
『今はお母さんの話はしなくていい。』
ルカは僕のズボンの後ろのポケットに人差し指をそっと入れた。
そして僕の少し後ろを黙ってついて歩いてきた。
『ルカ』
『何?』
『嫌な気持ちにさせたなら謝る。ごめん』
『うん、もういい。ただ・・・ちゃんと名前で呼んで。律にとっては大した事じゃないかもしれないけど・・・私にとっては・・・』
『とても大事な事なの』
本当は噛み合ってはいけなかったかもしれない2つの歯車。
もう僕ら2人の力では止められない様な気がした。
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