第6話
父の病室を後にし、二日間実家で過ごした。
母は僕の好物の料理を毎日食卓に出してくれた。
昔家族でよく行った地元の洋食屋さんに久しぶりに食べに行きたいと言っても母は嫌がった。
実家に居る間はどうしても自分の手料理を僕に食べさせたかったようだ。
そしていよいよまたA県に戻るという日、母は不機嫌だった。
「何故もっと居ないのか?」と。
そして姉の運転で駅まで送って貰ったのだが、母は来なかった。
それどころか、家を出る時、自分の部屋に閉じ籠り顔も見せなかった。
正直母のそういう感情表現を煩わしく、そして重たく感じた。
『とにかく律の事が大好きなのよ、母さんは。側に居てもらいたいの。だから煩わしく思わないであげて』
『わかってる。だから何も言わなかっただろ?なるべく母さんを傷つけない様に振る舞ってるつもりだよ。でも時々・・・うん、本当に時々だけど、母さんの愛情が苦しくなる事がある』
『優しいわね、律は・・・ごめんね。私じゃないの。貴方なのよ、母さんが必要としてるのは』
駅のロータリーで僕は車を降りた。
駅の構内に向かって歩きだし、いよいよ姉から見えなくなるという所で振り返った。
姉はまだこちらを見ていた。
僕は手を振った。
姉も小さく振り返した。
小さな頃からずっと、僕はこの姉が大好きだった。
これからもこの気持ちは変わらないだろう。
僕はどうしても好きになれないこの生まれ育った街を後にして、A県に戻った。
父が病室で僕に手渡した紙片をポケットに入れたまま。
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