最後の1ピース

四月いつか

第1話

僕が大学に通う為に住んでいるA県の夏の暑さは、僕が人生の中で初めて経験する様な強烈な暑さだった。

高校を卒業するまで暮らした実家のあるH県は、位置的に瀬戸内ということもあり、夏の暑さもカラッとした穏やか暑さだった。

そんな穏やかな気候に慣れている僕にとって、このA県の夏の暑さは大袈裟ではなく「身の危険」を感じる程の暑さだった。

19歳の夏、僕は大学の夏休みを利用して、このA県の暑さから逃げる様に実家に帰省した。

体調を崩して父が入院したと事前に母から聞かされていたと言うのも大きな理由の一つだった。

交通費を節約する為に新幹線を使わずJRの在来線で帰省した。

時間は倍以上掛かるが僕はこの在来線から見える景色がとても好きだった。

5時間近く掛けて最寄りの駅に到着した僕を姉が車で迎えにきてくれていた。

2つ上の姉は地元の4年制大学に自宅から通学していた。

僕が高校生でまだ自宅に住んでいる頃、音楽や文学など、その作品に惹かれる感性が似通っているこの姉とはよくCDや本を交換し合っていた。

僕はこの姉の事をとても信頼していたし、善き相談相手でもあった。

駅のロータリーで待っていてくれた姉の車を僕はすぐに見つけた。

同じタイミングで姉も僕を見つけて小さく手を振った。

車に乗り込み僕は姉に御礼を言った。

「ありがとう、助かったよ。今からまたバスで移動となると大変だから」

「あっちの暑さはどお?こっちと違って凄くムシムシした暑さなんでしょ?」

「うん、大袈裟じゃなくて身の危険を感じる様な暑さだよ」

オーバーねぇと姉が笑った。

車中で一通り近況報告などし合ったあと若干の静寂があった。

そして姉がおもむろに話し始めた。

「律、落ち着いて聞いて欲しいんだけど」

一瞬体調を崩して入院しているという父の事が心をよぎった。

「お父さんね、もう長くないらしいの」

「胃がんなの。もってあと1年だって・・・」

僕はこの姉の話をとても冷静に受け止めていた。

母から父が入院したと聞いた時から、何となく父はもう退院出来ないのではないか?という漠然とした予感があったからだ。

「1年・・・そんなのあっという間じゃないか」

「そうね。段々と弱っていくだろうからその1年のうちどれだけ好きな事をさせてあげられるか・・・」

「会いに行くのは明日にするよ。今はどんな顔して会ったら良いかわからない」

「わかったわ。今日はゆっくりすると良い。お母さんも律に会いたがってる」

僕は助手席から外を眺めた。

僕は理由は自分でもわからなかったが、生まれ育ったこの街をどうしても好きになる事が出来なかった。

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