第19話 賀茂祭り(3)
「当時は御家中にさえ、
暗殺の機会を狙う不届き者が居たと聞き及びます。
殿は行状定まらぬ素振りを、
敢えてなさっておいでだったのですか」
早くその傷から手を離してほしいのだが、
仙千代と褥に並んで座し、月を眺めている信長の右手は
仙千代の左の脚の内腿の傷痕を撫で摩り、止まらない。
信長は小さく笑った。
「左様なことがあるはずもない。左様に甘いものではない。
ただ、熱に浮かされたように日々を過ごした。
それは確かじゃ。我が父は変わった御人でな。
儂が要ると言えば、何でも与えてくれた。
仙千代ほどの年齢の儂に、例えば、鉄砲何百挺と。
あの御方あっての儂じゃ。
家中の皆々が何と言おうとも、
ただの一度も廃嫡を口にされることなく、
叱責めいたことをされることさえなく。
我が父こそ、天下を掌中に治めておられたはずじゃ、時が時なら」
不利な戦でもけして籠城戦を選ばない積極性、
他の戦国大名には見られない、次々に居城を変える拡大戦略、
不安定な農業税収に頼らない重商政策による安定した領地経営、
尾張の一奉行家でありながら朝廷重視の姿勢をとって、
他の大大名を圧倒する額を帝や神宮に寄進し、
連歌会や蹴鞠会を開いては京との結び付きを深め、
多くの子を為し組織戦略の要とする等、
今の信長に亡き信秀はそのまま息づいていた。
果たして若殿はどのような君主になっていかれるのか……
思慮深い御方ゆえ、御自身の道を模索なさって……
意識がまたも信忠に向きかけた時、
名を呼ばれ、褥で身を重ねられた。
信長の手は、傷痕に触れているままだった。
「儂を心配させ過ぎる……仙千代は……」
その言葉は叱責ではなく睦言だった。
それが証拠に傷痕を吸われた。
軽く吸われただけでも、
いったん深く傷付けた痕は、まだ痛みがあった。
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