第4話 黒き聖女④
アルテレスの自室は城の最上階に存在する。最上階はその全てが彼女のプライベート空間であり、緊急時以外の立ち入りは許されていない。
……が、特例として最上階に足を踏み入れる事を許されている者達が居た。
『アルテレス様。おかえりなさい』
主人の帰りに気付いた従者達が各々の作業の手を止め彼女を出迎える。特筆すべきなのはその従者の全てが年端もいかぬ少年達である点だ。服は聖騎士団と似たものを着ており、まるで少年聖歌隊のような外見をしている。幼げな雰囲気の残る可愛らしい少年達の出迎えに、彼女はその日一番の笑みを浮かべた。
「ただいま~。皆さん、良い子にしてましたか?」
それまで村人や部下、そしてヴァローダに向けていた作られたものではなく、心の底からの自然な声が彼女の口から発せられていた。そんなアルテレスを囲む少年達は我先にと口を開く。
「良い子にしてました!」「僕も!」「おいしいクッキー作りました!」「僕はアルテレス様のベッドを綺麗にしておきました!」「僕はお風呂掃除を頑張りました!」「窓を綺麗に拭いておきました」
「それは素晴らしいですね~。皆さんがしっかりお留守番してくれるから、私もとっても助かってます」
少年達は頭を撫でられる度に頬を桃色に染め、恍惚を顔に浮かべる。
「あ!でも、でも、モントンが花瓶を壊しちゃったんです!」
誰かがそう声を上げる。子供特有の責めるような告げ口にアルテレスが過敏な反応を見せた。告げ口した少年が指差す先には、柱の陰に隠れ泣きそうな顔でこちらを見る赤髪の少年の姿が。
「あらあら、それは大変。モントン、おいで?」
「……」
モントンと呼ばれる少年は何度かの躊躇いを見せた後、他の少年達の冷たい視線を一身に浴びながら彼女の前に参じた。
「花瓶を割ってしまったというのは、本当なの?」
「は、はい……。アルテレス様の大事にしている花瓶を、綺麗にしようと拭いていたら、手を滑らせてしまっ、て……」
限界を迎えた少年の感情。気付けば大粒の涙が頬を伝っていた。
「ご、ごめんなさい……」
「良いのよ、まったく気にしてないわ。花瓶なんてまた買えば良いもの。それよりも、怪我は無かった?」
「は、はい……」
アルテレスはモントンの手を取り、涙で濡れる頬を優しく撫でる。彼女の溢れる優しさと温もりが黒い手から流れ込んでくるような感覚にモントンの心が満たされる中、周りでそれを眺めている少年達の視線は冷たかった。
「私が帰って来るまでの間、さぞ心を痛めていたでしょう。辛い思いをさせましたね。お詫びと言っては何ですが、今夜の私の部屋に来てください」
「えっ!?何で!?」
声を上げたのは他の少年だった。責めるような物言いに、しかしアルテレスは慈しみを以て答える。
「素直に謝れる事はとても素晴らしい事なのです。彼はそれをきちんと果たしてくれました。そのご褒美、とでも言っておきましょうか」
「で、でも、僕もベッドを綺麗にするの、頑張りました!僕も御呼ばれしたいです!」
「ふふ……。そう言ってくれるのは嬉しいのですが、今日はモントンの番です。ココットはまた今度してあげますから、今日は我慢してくださいね?」
「う……。は、はい……」
ココットと呼ばれた青年は顔を真っ赤に染め、悩まし気に両指を絡ませた。
「では、私は少し疲れたので部屋で休憩します。皆さんもお仕事は程々にして、のんびりして下さいね?」
少年達の元気な返事を背に、アルテレスは最上階の最奥にある自身の部屋へと向かう。銀と金の絢爛な装飾品で彩られたその巨大な赤い扉は彼女が軽く押し込んだだけで音も無く軽々と開いた。扉の先には赤い絨毯が敷かれた小さな部屋があり、壁には複数の絵画が掛けられ、四隅には丸っこい葉の観葉植物が置かれている。
彼女はその部屋を素通りし、奥にある同じような赤い扉を開いた。そこが、彼女が普段心を休ませる部屋である。
一人で過ごすには十分過ぎる広さの部屋。遠く離れた天井には四つの天窓が備わっており、差し込んだ光が壁に当たり部屋を優しく照らしている。部屋の中心には薄透明なカーテンが掛けられた巨大なベッドがワインカラーの絨毯の上に座しており、その傍には簡易的な化粧棚と小さなテーブルが置かれている。ベッドに関してはそれなりに豪勢であるが、他の家具は一般階級の家庭にあるようなものと大差無い。
そして、彼女の部屋にはクローゼットや箪笥といった衣服を収容する物が何一つとして存在していなかった。その理由は単純で、彼女は服を必要としていないからである。
「……」
部屋に入るなり、アルテレスの身体を包んでいた『黒』が花弁のように散り、消えた。彼女が着ていた服や帽子、そして靴や手袋は全て彼女の魔力によって創り出されたものである。
彼女に衣服を仕舞う家具など必要無いのだ。どんな衣服や装飾品だろうが、全て彼女の魔法で補えてしまう。
その圧倒的な魔力により生み出された衣服は研ぎ澄まされた剣で切られようと傷一つ負わぬ強度を有しており、その衣服を身に包んだ身体はまるで薄い皮膜が張られているかのように染みや埃などもすべてシャットダウンし、常に清潔を保たれている。
瑞々しい裸体を曝け出しながらベッドに倒れ込む。柔らかい弾力に揉まれ彼女の弾けるような肢体が震えた。成程、ココットの言う通りベッドが今朝よりもふかふかで、そして太陽の香りに包まれていた。
(……ヴァローダったら、あんなに綺麗な殺意を向けてきちゃって……。疼いてきちゃうじゃない……)
ベッドの感触に脳を溶かしながら、彼女は悩まし気に躰を捩じらせ甘い吐息を漏らす。が、済んでのところで彼女は手を止め仰向けに転がった。豊満な二つの果実が形を変え、彼女の身体に密着する。
(ふふ……。いけないいけない。今日のメインディッシュが来るまで我慢しないと、ね……)
身体中から溢れる衝動を堪えつつ、それを開放できる時間になるまで彼女は暫しの眠りにつくのであった。
――そして、その日の晩。
「モントン。おいで?」
「は、はい……」
彼女の部屋に呼ばれたモントンは
これが、聖女と呼ばれる彼女の裏の顔。
純粋で穢れを知らぬ者を手元に置いては摘み喰う事に快楽を感じており、歴訪の最中に良質な素材を見つけては何かと慈善的な理由を付け連れ帰っていた。彼女のこの趣味を知る者は教団の中でもごく僅かに限られる。
相手に年齢と性別は関係は無いが、純粋で穢れを知らない者が基本的に小さな子供達である事からターゲットは限られていた。
「あ、アルテレス、さまぁ……」
精も根も尽き果てた少年を優しく抱きしめる。少しすると少年は小さな寝息を立て始めていた。アルテレスは柔らかい慈愛を表情に浮かべるが、しかしどこか不満げにも見えた。
(やはり、この子達ではもう私を満足させることはできないようね……。もっと、もっと純粋で、無垢で、そして力強く逞しい者でなければ……)
少年達の優しい愛撫に慣れてしまったのか、強烈で脳を焦がすような更なる刺激を求めるアルテレスの躰。彼女の『純粋』とは素直であるとかの性格という意味ではない。
『童貞』。それが、彼女が相手を選ぶ上で何よりも重きを置く点である。 彼女の中では『純粋』=『童貞』なのである。純粋で、逞しく、そして美しい。そんな都合の良い存在は望むべくも無いと半ば諦めていた。
しかし、ここ最近、彼女は極上のターゲットを見付けるに至る。
そう、つまり、極上の『童貞』を……。
(聖女と悪魔……。ふふ……。どうしようもなく身体が疼いてしまいますね……)
少年が寝静まった横で、聖女の静かな嬌声が部屋に溶け込んでいた……。
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