第6話 ロマンと魔法にあこがれて③

 事件が起きたのはその日の夜であった。


「……っ!?」


 満天の星空が眩い夜に響く、甲高い破砕音。


 この時間帯ではあまりにも不慣れな音に、ベッドの中で夢への扉をノックしていたセラも現実に引き戻された。


 音が聞こえたのは隣のカリナの部屋からだ。セラはベッドの上で逡巡の後、ブランケットから抜け出し裸足のまま外へ出る。すると、同じように音を聞きつけ様子を見に来ていた寝間着姿のジルと鉢合わせした。


 セラがカリナの部屋の扉を指差し、ジルが頷く。


「カリナ?どうした?」


 ノックをし、呼びかけるも反応は無い。


「お~い。大丈夫か?」


 ジルの声は静かな屋敷に虚しく響く。女の子の部屋に勝手に入るのは気が引けた為、ジルは入って確認するようセラに目配せで指示を出した。


 セラも同じようにノックと声掛けをし、ドアノブに手をかける。鍵は掛かっておらず、すんなりと開いた扉の先ではカリナがベッドの上で小さな寝息を立てていた。


 窓は割れておらず誰かが侵入したわけではないことに胸を撫で下ろす。セラは小さな光る石とそれが入っていたガラス玉の破片が床に散乱していることを確認し、ジルの入室を促した。


「どうやら、寝ぼけて魔具のランプを落としちゃったみたいですね……」


「みたいだねぇ」


 昼間の練習時に見たようなポーズをしながら熟睡しているカリナ。彼女に怪我が無いか確認し、割れたガラスの破片を拾いながら微笑む二人。


 おそらくは夢の中でも魔法の練習をしているのだろう。ブランケットは剥がれ壁とベッドの隙間に入り込み、シーツはシワだらけだ。


「にしても、随分と寝相が悪いんだな。カリナは」


「フフ、そうですね。毎朝寝癖が凄いのも納得です」


 掃除を終えると二人はカリナの寝姿をもう一度目に焼き付けた後、静かに部屋を去る。魔具の事に関しての話は翌朝に持ち越し、今はカリナの可愛らしい寝姿に癒されたまま眠りにつくことにした。



 ――翌日。



「も、申し訳ないです……」


 ランプが割れた経緯を朝食の場で聞かされたカリナは食事の手を止め俯き、弱々しく詫びの言葉を漏らしていた。頭の猫耳は力無く項垂れ、しっぽの先端はぺたりと床に落ちている。


「大丈夫だよ。怪我が無くて何よりさ」


 と、主人はそう告げる。実際、ジルはランプを割ったことに対し彼女を責める気持ちは毛ほども無いのだが、それでもカリナは黙って視線を落としていた。魔具の価値を知っているからこその彼女の塞ぎ込み様であったが、その旨を察したジルは焼き立てのパンを頬張りながら告げる。


「中身の石……。つまり本体は無事だったから、入れ物さえ変えれば問題無く使えるよ」


「……そうなんですか?」


「うん。まぁ、さすがにその辺の空のランプに入れておくのは格好が悪いし光量の調整も難しいから専用の入れ物は必要だけどね。入れ物に関してはそこまで高価なものじゃないから大丈夫だよ」


 あ、そうだ。とジルはわざとらしく声を発し手を叩く。


「せっかくだから、入れ物を買いに行くついでに魔具も見に行こうか。二人とも、魔具の店に入ったことはまだ無かったよね?」


「本当ですか!?」


 真っ先に反応したのはセラ。蒼い瞳を爛々と輝かせ神に祈るかの如く両指を絡ませる。


「私!一度でいいから行ってみたかったんです!!今日ですか!?今からですか!?」


「お……、う、うん。そうだね。朝ごはん食べ終わったらみんなで行こうか……」


 食事中でもお構いなしに今にも踊りだしそうなセラを目の当たりにし、そんなに喜ぶのならもっと早くに連れて行ってあげれば良かったと少し後悔するジル。カリナも耳を立たせ熱い鼻息を漏らしていた。


 魔具は非常に高価な物であり、凡な民間人にとってそう易々と手に入るものではない。また、魔具を売っている店にはそれなりのドレスコードが設けられているところが多く、安っぽい身なりでは門前払いされることも少なくない。


 それはもちろん、主人であるジルのみならず従者である二人にも求められた。いや、従者だからこそ主人の格を落とさないためにそれなりの格好をする必要があった。


「失礼します……」


 朝食後、ジルの部屋に現れたのはメイド服姿の二人。


 しかし、普段から屋敷内で着ているものとは違い、少し厚手のドレスは若干紺色を帯びた上品な黒。エプロンは無駄なフリルは一切無くシンプルでしっとりとした白。袖のカフスは手首より若干手前にあり、カチューシャのような装飾品の類は無く、全体的にスリムな印象を受ける。ドレスとエプロンは共に丈が長く、歩いても大きく揺れることは無い。可愛らしさや色気よりも上品さや清楚感が前面に出ている。


 そういった『場』に出る時の事を想定し、ジルが予め用意しておいた特注のメイド服であった。素材は超一流品で、仮に貴族や王家の催事で身に着けていても恥ずかしくない服装である。


「うんうん、いいね。とてもよく似合ってるよ」


 満足げに腕を組み頷く主人に少し照れくさそうに頬を掻くセラ。カリナは大人っぽい服装に感化されたか若干胸を張り綺麗に直立している。


「あの……。ジル様もおめかしされるんですか?」


「うん。もちろん。じゃあ着替えるからちょっと外に出てて?」


 言われるがまま廊下に出て数分後。室内で何やら格闘する声と音が聞こえた後に二人の入室を促す声が。


「……」「……」


 着替えを終えた主人を前にセラとカリナは言葉を失った。


 ジルが着ていたのは、所謂『貴族服』であった。


 薄墨色のベストと、長い足をスリムに際立たせる黒のズボン。ベストの上に羽織った薄手のコートは深蒼を帯びており、フロントラインと袖口に静かな金の刺繡が施されている。袖には白い蝶のような紋章が刺繍された漆黒のカフスが。


 全体的に暗めの色合いが逆にジルの淡く白い頭髪を際立たせ美しいアクセントを醸し出し、高身長のジルに非常に似合っていた。


「昔さ、ロバートに無理矢理買わされたんだよ。こういうのも一つや二つ持っておけって言われてさ。どう?似合う?」


「すっっっっっっっっごく!!!似合ってます!!!!」


「ジル様、かっこいい……!!!」


 直球の賛辞、直球の好意に素直に喜ぶジル。いつも(良い意味で)飾り気も色気もなかった男の突然の変貌にカリナは瞳を輝かせ彼の周囲を回り、セラは口元から涎が溢れそうになるのを我慢しながら全身を舐めるように見詰めた。


「ジル様、毎日この服着て外出すれば良いのに……」


「そうですよ!それが良いと思います!こんな素敵な服をお持ちなのに何故今までお召しになられなかったのですか!?勿体ない!」


「え……。いや、着るの面倒くさいし、動きにくいし……。でも、そこまで言うなら、少し考えておくよ」


 よほど気に入ってもらえたのかいつになく強引なお二人。正直、この服は機能的な意味ではあまり好きではなかった。が、二人にこれ程までに喜んでもらえるのならそう悪いものでもないなとジルは考える。


 心の中でロバートに感謝しつつ、お披露目も済んだところで早速三人は出発することにした。


 途中廊下ですれ違ったナナが目を大きく剥き出し、口を開きっ放しにしながら驚愕の様相でジルの背中を見ていた。




「さぁ、いざ出発!!」


「……」「……」


 玄関を出た瞬間、いつもの黒い鎧に身を包む主人。


 背後のメイド二人は黙って顔を見合わせ、苦い笑みを浮かべるのであった。

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