第4話 桃源郷ここに在り①

「暑い……。暑すぎる……。何だってこんな日に草むしりなんか……」


「仕方ないだろ。コイツらは夏に大量発生するんだから」


「全く、よくもまぁこんなに元気に生えやがって……。さっさと帰って冷たい酒を浴びたいぜ」


 とある小さな村の近くに位置する森の中。ジルとロバートはギルドの仕事としてシクルフラワーの駆除に赴いていた。


 草むしり、とロバートは形容していたがシクルフラワーは非常に危険な魔物であり、基本的には強固な装備の上大人数で駆除に当たる必要がある。軽装だと身体を切り刻まれ、少人数だと蔓に絡め捕られた時に救助できる者が居なくなるからだ。


 だが、作業にあたるロバートはギルドから支給された剣と腰に提げた愛刀以外はピクニックに来たかのような軽装であり、蔓や鎌を軽やかに躱しながら指揮棒のように剣を振り、シクルフラワーを刈り取っていく。その傍では鎧姿のジルがまるでお淑(しと)やかな女性が可憐な花を摘むかの如く、軽々と片手で引き抜いてはシクルフラワーの心臓とも呼べる核を毟り取っていた。


「あ~…………。暑い……」


 いくら木陰に守られていると言っても真夏の猛暑はじわじわと彼らの体力と水分を奪っていく。ロバートは空になった水筒から滴る雫を名残惜しそうに舌へ垂らした。


「ちょっと休憩」


「おい」


 大木に背を預け足を投げ出すロバートに核を投げつけるジル。ロバートはそれを難無く受け取ると飴のように口に放り込んだ。


「相変わらず無味だな。コイツ」


「勝手に休むなよ。手伝ってやってるのは俺だぞ?」


「この後商館に案内してやるのは俺だぞ?」


 そう言われてはジルも黙るしかなかった。今回の仕事はロバートのものでありジルはその手伝いに来ていたのだが、この仕事が終わったらロバートに奴隷商館へ案内してもらう予定なのだ。ジルの手伝いは案内料のようなものなのである。


「もうある程度は刈り終わったし、このぐらいで良いだろ。後は迎えが来る迄のんびりしていようぜ」


「そういうわけにもいかないだろ。ギルドの信用にも関わる」


「かぁ~。真面目だねぇ。どうせコイツらすぐ生えてくるんだから。適当で良いんだよ適当で」


 しかしジルは黙々とシクルフラワーを駆除し続ける。ロバートの言う通りこの魔獣は駆除したところでまたすぐ生えてきてしまう為一時しのぎに過ぎないのだがしかし、それでも、世話になっているギルド『猫の手』の事を思うと仕事の手を抜くわけにはいかなかった。


「そう言えば、聞いたか?トラナ公国の件」


 昨晩の酒場で最も加熱した話題をふと思い出し投げかけるロバート。


「あぁ。帝国にやられたらしいな。反乱の意志ありとか何とかで」


 ジルもトラナ公国の一件は新聞で知っていた。戦時中、僅かとはいえトラナ公国には物資などにおいて世話になっていた為、思うところが無いわけでも無かった。


「まぁ、あそこは戦争が終わってもあからさまに敵対心剥き出しにしてたからなぁ。何時かはこうなると思ってたよ。俺が帝国に居た時も良くない噂はけっこう耳にしてたしな」


「反乱軍の士気を削ぐ為だったらしいけど、実際それは成功したのか?」


「半々らしい。逆により強い敵対心と共に士気が上がったって話も聞いてる。何にせよ、まだまだ物騒な事件は起きそうだな」


「やだねぇ。何時になったら平和が訪れるのやら……。俺はそういうのとは金輪際関わりたくないね」


「それはどうかなぁ。トラナ公国が滅ぼされた原因の一つにお前の名前が挙がってるらしいぞ?」


 不意に巻き込まれている事実を聞かされたジルは作業の手を止める。その隙にシクルフラワーが鎌や蔓で攻勢に出るがびくともしない。


「は?何でだよ。俺は何も関係ないだろ」


「いや、それがさぁ。お前、少し前に第三帝国のソリアとやりあっただろ?あの時にお前がソリアを仕留めていれば、トラナ公国も滅ぼされることは無かったろうにって思ってる奴も少なからず居るみたいだぜ?」


「はぁ!?ふざけるなよ。頭おかしいんじゃねぇのか」


「俺もそう思う。だけどな、行き場の無い怒りは時として論理や正義をめちゃくちゃに飛躍させてぶつける相手を作ろうとするからな。特にお前は普段から悪名が高いから、そういう方向に持っていかれちゃったんだろうさ。なぁ?レッドデビルさん?」


「勘弁してくれ。悩みの種が増えたよ……」


 その後、迎えの馬車に揺られギルドへと戻った両雄。クエストの報告をする為受付へ向かうと、笑顔のミスラが出迎えた。


「おかえりなさい!ご苦労様!」


 小さな八重歯の覗く朗らかな笑みに、ジルは疲れが癒される気がした。ギルド『猫の手』の看板娘は今日も元気いっぱいのようだ。この笑顔を見る度に心の中の穢れが浄化される。


 ジルの帰りを待ちわびていたのか、カウンターから勢い良く身を乗り出したミスラ。小さな背と童顔に似合わぬ凶悪な二つの果実が大きく揺れ、ジルは若干前屈みになる。夏故に露出が激しくなっており、薄着の服から今にも零れ落ちそうだ。


「はい、コレ」


 シクルフラワーの核が詰まった皮袋をカウンターに置く。ミスラはそれを確認すると依頼書に判を捺し、報酬の入った袋をジルに渡した。


「む、けっこうあるな」


「ふふ……。おかげさまで繁盛してましてね」


 ミスラの紅玉の瞳がきらりと光る。帝国の支配を受けなくなった『猫の手』には多くの仕事が舞い込むようになっており、税金も徴収されず帝国にピンハネされる危険性も無いこのギルドは冒険者達の天国として君臨していた。


「それもこれも全てレッドデビル様のお陰であります。感謝感謝であります」


「うむ。よきに計らえ」


 鎧に隠れていてもジルが優しい笑みを浮かべている事は容易に想像できた。


「午後からはロバートさんとお出かけなんだって?」


「そうそう。って、アイツどこいった?」


「あそこでナンパしてるよ」


 ホレ。と彼女が呆れ顔で指差した先では、酒場の隅で食事をしている女性冒険者に熱心に声を掛ける色男の姿が。


「あの人も凄いねぇ。見る度に女性に声を掛けてる気がするよ」


「見境ないからな。まぁ、俺からすれば尊敬する点でもあるけど……」


「私も最初は凄い口説かれちゃった。ジルさんにぞっこんだから無理って言ってからはそれっきりだけど」


「……」


 にへら、と悪戯めいた笑みを向けてくる。本気にしてはダメだぞと心の中で警鐘が鳴り響くがすっかり喜んでしまう童貞であった。


 一分一秒として無駄にしたくないジルは足早にロバートの下へと向かう。


「凄く積極的ね。まるで狼みたい」


「満月の前では狼にならざるを得ないのさ。今夜、俺の前で子羊になってみないかい?」


「うふふ、面白い人ね。でも、残念。先約があるみたいね」


 女性冒険者の視線が自分の背後に向けられていることに気付き振り向くと、そこには満月に影を落とす巨大な悪魔の姿があった。


「オイ。何やってんだ。さっさと行くぞ」


「いや、ちょっと待っ……。少しだけ!先っちょだけだから!ねぇ!!」


 鎧の大男に引きずられ連れていかれる色男に、女性冒険者は笑顔で手を振った……。

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