スレイブズ

まさまさ

第1章

第1話 最高の奴隷を求めて

「ようこそおいで下さいました。当館の管理人、アシモフと申します」


 背が低く異様に長く発達した鼻が特徴的なアシモフと名乗る男は、小奇麗な燕尾服で来客を出迎えた。ここは奴隷を取り扱う店であり彼はその館の支配人である。


 彼の老齢でくすんだ瞳に映るのは、武骨で黒ずんだ鎧に全身を包んだ一人の大男。


 全体的に恰幅があり少しずんぐりとしたイメージを持たせるその鎧。鉄仮面の頭部には二本の小さな角のような棘が生えており、デザインとしての起伏に沿った十字線はあるものの、視界を確保するための隙間は無い。胴、関節部、手足に至るまで全て鎧に覆われており、生身を視認することは出来ない。


 シャンデリアが輝き紅い絨毯が温もりを放つ絢爛豪華な館には似つかわしくない身なりであったが、アシモフは彼が上客であると理解しているからこそ指摘しようとはせず、手練れの従業員が二十人以上在籍しているにも拘わらず支配人自らこうして出張ってきているのだ。


「このような格好で申し訳ない。ドレスコードには疎くてな。他の客を驚かせてしまってはいないだろうか」


 鎧の下から呟かれた野太い声は硝子とも金属とも言えないような反射音を響かせる。いくら疎かろうと、全身を鎧に包み、しかも背に巨大なメイス(槌)を背負って来店するのは流石に根本的に何かが欠落しているように思われるが、しかしアシモフは穏やかな笑みを浮かべ静かに首を左右に振った。


「問題ありません。寧ろそのお姿でお越しいただいたおかげで当館にも箔が付くというものです。では、早速ですが当館の『商品』をご案内致します」


 アシモフは鍵を手に取ると先頭に立って店の奥へと歩き始めた。ついて行こうとする鎧の男であったが、不意に近くに居た男性従業員に声を掛けられる。


「も、申し訳ございません。当館では、武器その他危険物の持ち込みは禁止されておりまして……。よ、よろしければ、此方でお預かりさせていただいてもよろしいでしょうか……」


 当然と言えば当然の要求に鎧の男は厳格な見た目に反して軽快にポンと手を打つ。鎧が打ち合う甲高い音が広いホールに響いた。


「あぁ、これはうっかりしていた。しかし、キミは見たところ普通の人間のようだが……。多分、一人では運べないのではないかな。凄く重いぞ?コレ」


 鎧の男はそう言いながら特殊な獣の皮で作られたベルトを解き、片手で軽々と持ち上げて見せる。その黒いメイスに棘は無く、ただの角ばった太い棒といった見てくれであったが、しかし男性従業員の背丈ほどの全長を誇るそれはかなりの威圧感と圧迫感があった。


「コレ、何をしておるか。お前のような半端者が口を利いてよい方ではない。退がれ」


 メイスを受け取ろうとする部下をアシモフが静かに戒める。部下は慌てて腰を折り頭を下げるとそそくさと店の奥へと消えて行った。


「リカルド様、部下が失礼を働き誠に申し訳ありません。持ち物はそのままで構いません。ささ、私に着いてきてくだされ」


「……そうか」


 リカルドと呼ばれる鎧の男は僅かな躊躇と共にメイスを背に戻すとアシモフに着いて歩き出す。鎧とメイスの重さもあってか一歩踏む度に木造の床が悲鳴を上げた。



 鎧の男の名は、『ジル=リカルド』。彼は今、買い物に来ていた。目当ての商品は『奴隷』だ。それも飛び切り上玉の。



 目的の奴隷の部屋に辿り着くまでの道中、広い廊下の両端にはいくつもの部屋があり、その中には奴隷達が居る。客が品定めできるよう特殊な金属の格子で封された部屋に入れられており、ジルも歩きながら様々な奴隷を眺めていた。


「……綺麗な部屋で過ごしているんだな。想像していたものと大分違う」


 奴隷達の入れられた部屋、そして奴隷の服装を見た上でのジルの所見であった。それぞれの部屋には贅沢とまでは言わない迄も必要最低限以上の家具が与えられており、とある牢の中では湯舟のようなものも確認できた。


 服装も流行りを抑えたものやその奴隷の魅力を最大限引き出すような物が与えられており、食べ物も上質な物が出されていた。プライバシーが皆無な事を除けばそこらの民衆よりよほど良い暮らしをしているように見える。


「ほっほっほ。それはそうです。いくら奴隷とは言え大切な商品ですからね。鎖で繋いだり不衛生な食事や身なりをさせるのは三流店のやることでございますよ。我々は常に最高の品質をお約束致します」


「成程、言われてみれば確かにそうだ……。流石はこの地区で最高峰と言われる奴隷販売店だ。ここに来て正解だったよ」


「恐れ多いことです……。ですがそのお言葉は、これからお見せする商品を見てから是非もう一度お聞かせ願いたいものです」


 顔は見えずともその声からはただならぬ自信を感じていた。今回、ジルが前もって注文していた内容は『この店で最高の奴隷』であり、アシモフは店のメンツに賭けその要求に応じた。


 長い廊下を進み、階段を上り、漸く辿り着いた巨大な建造物の最上階。VIP御用達のその階層に居る奴隷達の部屋に格子は無く、入り口は鍵付きの扉が備わっていた。


「この階は、特殊な奴隷が揃っております。王族や貴族の出の者はもちろんのこと、他種族の希少種まで揃っております。今回はお目当てが決まっておりますが、もしまたご利用の機会がお有りでしたら是非ともご見学ください」


 もちろん、値段もそれ相応になりますが。と喉を鳴らしながら笑う店主。


「こちらの部屋になります」


 階段から一番遠い部屋に案内されたジル。アシモフは鍵を鍵穴に差し込み静かに回した。


「セラ、お客様のお越しだ。粗相の無いようにな」


 扉越しに微かな物音が聞こえた。少し間をおいて、アシモフがゆっくりと扉を開ける。


「ではリカルド様、お品定めをどうぞ……」


「あ、あぁ……」


 異様な雰囲気であった。それまでに見た奴隷の部屋はどれも煌びやかだったのだが、この部屋はどうも様子が違う。扉の隙間から漏れだす凍るような冷気を鎧越しに感じながらジルは部屋へと足を踏み入れる。


 部屋には窓が一つも無く、灯りと言えば一人用のテーブルに置かれた蝋燭の灯だけで他に目立った家具は小さく簡易なベッドのみという、VIPルームにしては余りにもお粗末な内装。


 しかし、そんな違和も、ベッドの上に腰掛けた一人の奴隷を目視した瞬間に吹き飛んでしまった。


「……」


 まるで雪原に放り出されたかのように固まるジル。しかし、鎧の奥にある双眸には熱が込み上げ頭の中は言葉にならない賛美の感情が渦巻く。


 そこに居たのは一人のエルフであった。


 細い目から覗く深い蒼玉の輝きを帯びた瞳、上品な淡い金色の長髪は腰まで届き、その一本一本は触れると溶けて消えてしまいそうなほど儚く美しい。肌は新雪のように色白でエルフの神秘的な印象を一層掻き立てさせられた。身に着けていた薄桃色のワンピースの下からは大きく実った胸や程よく肉付いた太ももが主張しており、妖しく煽情的な肉体がジルに喉を鳴らさせる。


 まるで薄暗い洞窟に垂れた一本の美しい氷柱。そんな第一印象であったが、その奴隷はジルを見るや否やその顔に太陽のような眩しさが浮かばせた。


「……せ、セラ、と申します!」


 そう名乗るエルフの奴隷はベッドから勢い良く立ち上がると、両手を下腹部に当て、指先を揃えたまま恭しく頭を下げた。まるで清流の様に凛として澄んだその声色にジルは感嘆を漏らす。


「あ、えっと、どうも」


 その神秘的で高貴な出で立ちにジルはつい謙へりくだった態度を示してしまうが、それを見たアシモフは静かに笑う。


「リカルド様、相手は奴隷です。謙る必要はございません。で、如何でございましょうか。我が娼館が誇る奴隷を前にした感想は」


 今一度セラの身体を舐めるように見つめるジル。妖艶、可憐、美、称賛の言葉が脳内を堂々巡りする。


「いや……。これは驚いた。私もこれまでに多くのエルフを目にしてきたが、ここまでの者は居なかった。この世の美を全て詰め込んだ存在と評しても過言ではないように思える」


「過分なお言葉痛み入ります。このエルフはかのレギンドの大戦にて戦渦に巻き込まれたエルフの里の生き残りでございます」


「あぁ……。その戦争ならよく覚えているよ。私も参加していたからな」


「ええ、その際のリカルド様の功績は私の耳にも届いております。このセラというエルフはその美貌もさることながら魔力も桁外れでございましてね。彼女の首、チョーカーが着いておりますでしょう?あれは世にも珍しい魔力を抑える効果を持った魔具なのです。今回のお取引に関わる費用にこちらの魔具の分も加えさせていただいておりますが、お客様の安全に配慮した処置でございます故、ご了承ください」


「そこまで強力な魔力の持ち主なのか?」


「はい。セラは主に氷の魔法を得意としており、エルフの里を襲った大隊規模の兵が彼女一人の手によって滅ぼされました。その後魔力が尽きたところを捕えられ、私の下へと届けられたというわけです」


「それは、とんでもないな……」


 その話を聞いた上で今一度セラの方へ眼をやる。先ほどまで称賛していた美しさが一転して不気味さを帯びていた。しかし、鎧の大男に戸惑い瞳を縦横無尽に泳がせ動揺を露にする幼い姿からはとてもそのような惨状を想像することは出来ない。


「ええと、改めて。私の名はジル。ジル=リガルドだ。よろしく」


「ごごご御高名は伺っております!よ、よろしくお願いします!」


 御高名、とは言うもののきっとろくな高名ではない事はジルも理解していた。だが、自分の事を知っているのであれば話は早いだろうとも捉えた。


「私はキミを買う為にここに来た。今日から私の屋敷に来てもらうことになる。良いな?嫌なら、まぁ、そう言ってもらえれば」


「あ、あのう……。拒否権は、有るのですか……?」


「……無い……。と、思う」


 頼り無い声でそう言われ、肩を落とし苦い笑みを浮かべるセラ。


「……わ、分かりました。では、よろしくお願いします。御主人様」


 再び恭しく頭を下げるセラ。驚くほどあっさりと、セラの購入が決定した。


 ジルはその後別室に通される。そこでは奴隷を購入するのが初めてであるジルに対しての簡単な講義が行われた。主に法律に関することが多かったが特筆して問題に思うようなことも無くものの十数分で講義は終わり、続いて支払いと契約に移った。


 セラを購入する為の金額は貴族ですら躊躇うような額であったがジルは躊躇無く全額をその場で支払った。


「何度もお伝えしますが、セラの首に着けられたチョーカーは外さない事をお勧めいたします。無論、下手な気は起こさせないように指導はしておりますし、元来大人しい性格ですので暴れたりすることは無いでしょうが、万が一何か事件があっても当店は責任を負いかねます。また、奴隷に脱走されるようなことがありましても当店は一切の補填を致しませんのでその点もご了承ください」


 アシモフに最後の諸注意を受けながら、ジルは鎧を着たまま器用にペンを握り契約書にサインを書き込む。


「ありがとうございます。それでは、明日の明け方にお屋敷の方へお届けさせていただきます」


 その店で最高額の奴隷が売れたということもあり見送りは従業員全員で行われた。人混みの中でも一際目立つ大男の姿がようやく見えなくなったところでアシモフは店の戸を閉める。それと同時に、その場に居た従業員全員が大きく息を吐き出し、ある者は壁にもたれかかり、ある者はその場に座り込み強張っていた身体を弛緩させた。


 アシモフも広い額にどっと溢れ出た汗を袖でしきりに拭い、堪らず壁に手を突いた。


「お、オーナー。お疲れ様です……」


 声を掛けてきたのは先ほどジルのメイスを預かろうとしていた従業員だった。


「おお、キミか。いや、先程は叱って済まなかったね。武器を取り上げていた方が少しは安全になるだろうという配慮は分かっていたのだが、もし彼の機嫌を損ねでもしたらと思うとな……」


「いえ……。私こそ出過ぎた真似をして申し訳ありませんでした。ですが、まぁ、何とか乗り切りましたね……」


「そうだなぁ……」


 二人は同時に大きな溜息を吐き出し、顔を見合わせ苦笑を浮かべる。他の従業員も災害が過ぎ去った後かのように安堵の声を次々と口にしていた。


「いやはや、まさか『レッドデビル』がウチで奴隷を買っていくとは夢にも思いませんでした」


「私も驚いたよ。何事も無くて本当に良かった……」


 ジル=リカルド。またの名を『レッドデビル』。


 彼はあらゆる戦場で凄まじい戦果を上げてきた凄腕の傭兵であり、その名は民衆にも多く広まっている。


 ……が、しかし。凄腕の傭兵と言えば聞こえは良いが、結局は戦場で数多の人間やその他種族を殺戮してきた化物である。その戦い方も荒々しく、手にしたメイスでひたすらに相手を撲殺してきた。その度に受けた返り血が彼の鎧を赤黒く染め上げ鎧に血を吸わせているように見えたことから着いた字名が『レッドデビル』、と噂されている。


 彼の蛮行や悪名の噂も真偽不明なまま風のように大陸中を駆け巡り、今では畏怖されるべき存在として扱われることが多い。


 そんな男が店にやってくるというのだから従業員は生きた心地がしなかったのだ。中でも常に傍に居たアシモフの心境は想像に難くない。それでもプロの意地で最後まで接客し通して見せたのだ。


「戦争も一段落して金もあり余ったからという事なんだろうが……。意外だったな、奴隷を買うのが初めてというのは」


「ですよね~。てっきりもう何百人と侍らせて酒池肉林の豪遊をしているのとばかり……。しかも、初めて買うのがあのエルフとは……。というか、あのエルフはオスガルド帝国の第三皇子が購入される予定だったのではなかったのですか?」


「あれはキープしておけと言われただけだ、手付金すらもらっていない。それにあの皇子は金払いが最悪だからな。あんなのに売るぐらいなら一括で払ってくれる方に売るのは商売人として当然の事だろう。……だが、セラにとっては運が悪かったかもしれないな……」


「というと?」


「まぁ、皇子にしても他の人間にしても男が女の奴隷を買う理由なんてほぼ限られているだろう。そして相手はあのレッドデビル。聞いたことは無いか?娼婦百人斬りの噂……」


「あ!有ります有ります!確か、丸二日間ぶっ続けで娼婦という娼婦を足腰が立たなくなるまで食い散らかしたとかいう……」


「うむ……。そんな体力と性欲の怪物と一対一で、毎日のように良いように扱われることになるのだ。これが不運でなくて何だ……。私としては、もっと煌びやかで華やかで品のある貴族や王族に買い取ってもらいたかったものだが……。まぁ、仕方あるまい」


 それはまるで娘を送り出すような親のような言葉であったが、しかし傍に居た従業員は奴隷商売と言う悪行に根っから染まり切った人間が言う言葉ではないなと心の中で漏らしていた……。




 ――――――――――




「あああああああああああああ!!!買った!買った!遂に奴隷を買っちゃったぞおおお!!!!」


 人気のない丘陵の先にある広大な敷地の中。そこに佇む巨大な屋敷。そのだだっ広い屋敷の中で悪と呼ばれる男の情けない声が響いていた。


「どうしよう!どうしよう!取り敢えず身体は綺麗にしておかないとだよな!?」


 来る日に備えて買っておいた細かい装飾が施された豪華なベッドの上で、鎧を脱ぎ捨てたジルが枕に顔を埋めて悶えていた。帰ってから一時間が経過しようとしているがずっとこの調子である。


「ってか最初は何すればいいんだ!?先ずは水浴びか?水浴びだよな!?いや、その前にやっぱりキスとかしちゃうのか!?ガツガツいくとやっぱりダサいかな?でも俺の奴隷なんだから好きにしても良いんだよな!?やりたいようにやっても良いんだよな!?でも下手クソって思われたくないし……。そもそも俺、キスすらしたことないのによ……。どうすりゃいいんだあぁぁ……!!」


 ジル=リカルド。二十八歳。


 未だ、童貞であった。

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