【第四六話 悪魔のような女神の笑顔】
「皆さんの晴れ姿に負けないようにと、とびっきりのオシャレをしてきたんですけど、やっぱり皆さんの方が輝いてますね……残念……」
これはライブや舞台に立つゼノンの人間の職業病とも言うべき習性だった。
テレビやユーチューブと違って、表情が見えないステージ上からは、遠くの人にも近くに演者が居るかなような、同じ空気を感じさせるパフォーマンスをしなければならない。
私も最初の半年間の合宿で、そうするように徹底して教えられてきた。観客席で聞いているファンに〝面白くない〟と思われたら引退しろとまで言われていた。
そこまでゼノンの所属芸能人は教育を徹底されているので、麗葉さんもその例に漏れずに実践しているんだ。
「そんな事ないですー!」
「俺たちよりよっぽど輝いてますよー!」
会場の空気はどんどんと熱気を帯びて、あらゆる視線と注目を麗葉さんが独り占めしていっている。
これはゼノンの教育の賜物だろうか。はたまた麗葉さん自身の魅力の成せる事だろうか。
後者だろうな、絶対に。
やっぱりすごいよ麗葉さんは。今日の主役は完全に麗葉さんだな。もう私の出る幕なんて無いよね……この後どうすればいいんだろう。どうやって注目を浴びればいいんだろう。
それともいっその事、計画は白紙にして仕切り直した方が良いのかな。
「——皆さんはこの後、二次会とかで、お酒を飲みに行く方も多いと思いますが……」
考え事をしていたら、途中まで麗葉さんのスピーチを聞き逃していたらしい。話はお酒の話題に変わっていた。
他ならぬ麗葉さんのスピーチなんだ。新成人でもあり、同じ事務所の仲間でもあり、ライバルでもある私が聞かなくてどうするよ。
「お酒は飲んでも呑まれるな。これは絶対に守って下さいね!」
会場は盛大な拍手と歓声に包まれて、新成人の皆んながそれぞれの言い方で合いの手を入れている。
お酒か……今夜、実家で家族とお祝いに飲む予定だけど、ロッキーは飲んでもいいんだろうか。ロッキーは酔うとどうなるんだろう。
面白そうだから飲ませちゃおっと。
自然と顔が緩むのが自分でも分かった。シャイニングを売り出す好機を麗葉さんに潰されてピンチなのに、何を呑気に全く別な事を考えてるんだ私は。
しっかりしろ伊吹美優。今はこの後の事をどうするかを考えなきゃでしょ!
頬をピチピチと自分で叩いて気合いを入れ直す。
「そうそう。お酒と言えば、お酒を飲むお店は居酒屋とかクラブとか色々ありますよね? 偶然にも、来週から公開される映画にキャバ嬢にスポットを当てた映画がありまして、私も出演してるんですよねぇ」
舞台袖から黒子の格好をした人達が、そそくさと登場して、特大のポスターを掲げ出してきた。
は⁉︎ 何故に黒子⁉︎ そして映画の告知ですか⁉︎
「五人のキャバ嬢をしている女の子達の日常と非日常を描いた物語です。私が今着ているドレスも映画で着ている物です。煌びやかな世界に生きる女の表と裏を演じています。私よりも素敵な女優さん達のドレス姿が、すっごく綺麗ですので、皆さん観に来て下さいねぇ!」
またまた会場は盛大な拍手と歓声に包まれていき、その拍手喝采の中、麗葉さんは舞台から降りて行ってしまった。
去り際もスピーディーでコンパクトに。これぞゼノン流。
「美優! まさかの木田麗葉だったじゃん! 仲良いんでしょ? 何で知らなかったの?」
それは私が一番、教えてほしいわ!
「私も知らない事だからサプライズなんじゃん」
「あ、そっか」
そっかじゃないよ。この後の私の企画のインパクトが立ち消えたのよ。まだ何も具体案が出てこないんだよ。一体、どうすんのよぉお!
「どうですか伊吹さん。無事に成人式を終えられて、今の率直な感想を聞かせて下さい」
「はい。一生で一度の成人式を、地元で迎えられた事にまず感謝したいです」
式典も終わり、会場の外で集まって記念写真などを撮り終わった頃を見計らって、待機していたマスコミが駆け寄ってきたので、取材に応じていた。
まずは、きちんと礼節に則った対応から入らなくちゃね。その方が後のインパクトも印象深くなるというものです。
予期せぬ麗葉さんの登場で動揺したけど、麗葉さんのパフォーマンスは会場内のゲストスピーチのみで終了している。その後は姿が見えないから、映画の宣伝活動で次の現場に行ってるんだろうと思った。
なので気持ちを切り替えて、麗葉さんは私の前座として皆んなのハートを暖めてくれる役目をしてくれたんだと、都合良く解釈する事にした。
当初の予定通りにシャイニングとして目立つ為に、私はこれから決起します!
やるぞ伊吹美優! ここからは私が主役だ!
「成人になられて、今まで出来なかった事が色々と出来る様になりました。伊吹さんがまずやりたい事とは何ですか?」
マスコミの方から、今の私にとってめちゃくちゃタイムリーな質問が飛んでくる。
「はい。確かに色々あると思います。お酒も飲めるようになりましたし、未成年じゃないので個人の責任がとても大きくなったのだと感じてます。ですので、今まで以上に自分の言動に責任感を持って挑みたいですね」
マスコミの質問の意図に何も答えてない内容だけど、大切な前振りなのでこの台詞は残しておかないとならない。
「あ、えっと……そうですよね。その通りです。で、伊吹さんのその責任感ある言動で最初に何をやりたいと思ってますか?」
焦らされた記者の方は、少し呆気に取られてる表情をして再度、同じ質問を繰り返す。
そりゃそうだよね。何言ってんのコイツみたいに思うよね。
「はい。この場で、とっておきのサプライズを用意してるので、記者さん達も一緒に楽しんで行って下さいね!」
「え……」
「えー! 何なに? 美優ったらサプライズなんて用意してるの⁉︎」
記者さんが要点を得ない感じで首を捻ってるのと同時に後ろから、今日の私にとっては悪魔の……他の皆んなにとっては女神の声がした。
ビックリして振り返ると、そこにはさっきと同じ衣装のままの麗葉さんがニコニコとしていた。
その笑顔は物凄くイタズラっぽく、私の出方を伺ってるようだった。
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