【第八話 覚悟と感謝と葛藤と】
「ありがとうごさいまーす! シャイニングでぇす! 宜しくお願いしまーす! ありがとうございまーす!」
この台詞だけで何回繰り返しただろう。本当に選挙カーみたいに、ワンボックスカーの窓から手を振って声を出して都内を回っている。
パレードみたいなオープンカーを想像してた私の無知を呪ってやりたい。
鈴木さんが言うには道路交通法に触れるからオープンカーでの巡回は出来ないとの事。パレードのオープンカーは交通規制してるから可能だとの事。窓から乗り出しても法に触れるから止めろとの事。
騒音を考慮して、曲も大音量ではなく、近くに来ないと聞こえないレベルの大きさだ。
ミュージックトレーラーの後ろをワンボックスカーが三台、追走している。
それぞれ二名ずつ、デビュー曲の衣装を着て、別れて乗り込んで後部座席の窓から顔を出さないように手を振っている。
ワンボックスカーもそれぞれのメンバーの固有の写真や名前が張り付けてあるので、どのメンバーが何台目に乗ってるかは行き交う人には判るようにしてあるようだ。
「想像の下の下を行くショボさだよ~」
「まあ、しょうがないんじゃない? だって私達まだ無名なんだし。美優ちゃんが夢を見過ぎだよ!」
私と一緒なのは
花梨さんと一緒じゃなくて良かった! あの人、私の事を見透かしすぎよ。
昨日の今日ってのが一番の理由なのは解ってるけどそれは内緒で。
「そうだけど……まどかは悔しいとかないの?」
「そりゃ少しはあるよ。でもその悔しさがあるからライブを成功させた時の喜びも大きいと思うんだ。だからこの悔しさは忘れずに胸に秘めておいて、今は一人でも多くの人に知ってもらおうよ!」
まどかは私の一つ歳下なのに、私よりもしっかりしてるなぁ。
「うん……そうだよね! ありがとう。まどか!」
「そうだよ。いーい? 美優ちゃん。物事を進めて行くにはね、順序ってものがあってね。私達の目標が何なのかをしっかりと胸に焼き付けておいて、それを成すにはどこをどう通ってどう行けばその目的地に辿り着けるかを、計画を立てる必要があるの。私は頭良い方じゃないから、その計画まで立てられないけど、横山さんや鈴木さん達が考えてくれてるんだから、信じて付いてくだけだよ! 私はシャイニングとして、芸能界で輝きたいの。その為なら横山さんや鈴木さんに最後まで付いてくって覚悟を決めてるの。美優ちゃんもいい加減リーダーとして覚悟を決めてよね……あ、ほら! 手を振ってくれてるよ! 舞沢まどかでーす! 宜しくお願いしまーす!」
窓の外に元気よく手を振るまどかに倣って、私も負けじと元気よく手を振る。
「伊吹美優です! こんなんでもリーダーやらせてもらってます! 応援ありがとうございます!」
そうだ。私はリーダーなんだ。皆んなを引っ張っていかなきゃならないんだ。私が一番成長しなきゃならないんだ。
強く……強くならないと。
でも覚悟か……目標か……。
私の目標は何だろう。ただアイドルになりたかっただけ? チヤホヤされたかっただけ?
最初はそうだった。明確な目標なんて無かった。ただ漠然とした未来しか見てなかった。
今はどうだろう。
今はこのメンバーで、シャイニングとして成功したい! 昇れるとこまで昇りつめたい!
何ならトゥインクルだって抜いてみせちゃおう! 四年間で出来るかどうかは分からないけど、やれなくはないよ! 四年後の事はその時考えよう。
決まった。たった今決まってしまった。私の今の目標はトゥインクル越えに決定だ!
「ごめんね、まどか。ううん、ありがとう! 私、もうブレたりしないからね!」
「おっけー! それでこそ我らがリーダー! 頼りにしてますよー!」
ニヒッと笑うまどかは本当に可愛い。その笑顔から私が信頼されてるって伝わってきてる。
今までこんな経験なんて無かった。昨日の花梨さんの告白もそうだったけど、人から信頼される事なんて無かった。
いつも自分一人だけで生きてきた。
それが仲間が出来て……その仲間と一緒の目標があって、それに向かって駆けてく喜びが、今は自分の自信と覚悟に変わってゆく。
そうか。私は今、覚悟が持てたんだ。
今までの人生でここまでの覚悟を持って挑んだことってあっただろうか?
何となくで行動して来た気がする。私は今日、生まれ変われるかもしれない。シャイニングのリーダーとして、やるべき事をやって行こう。
今日、その覚悟を持たせてくれた、まどかに感謝してもしきれない。
「シャイニングでーす! 今日デビューしました! 応援、宜しくお願いしまーす!」
窓の外に向ける声も自然と明るく大きくなっていた。
途中、お昼休憩を挟んで一同がやって来たのは、海の近くにある大きな大きな公園だった。
この公園の一部は特設ステージみたいな場所があり、誰もが自由にパフォーマンスを披露する事が出来る。
事前の申請とかは確か要らなかったと思う。披露したい順番に並んで、最大で十ニ分間のパフォーマンスを披露出来る。
オーディエンスが欲しい人は予めSNSなどで予告をしておいて、人を集めてはステージに立っている。
コスプレの撮影会や、演奏会、歌唱パフォーマンスもあれば創作ダンスと、内容は多岐に渡っている。
ここを訪れたということはまさか……。
「はい、皆さん今日はお疲れ様でした! 最後の締めとして、ここでデビュー曲を披露してもらいます」
「「えぇー!」」
聞いたメンバーが口々に驚きの声を上げる。
公園の駐車場にトレーラーや他の車も停めて、トレーラーの影の人目がつかない場所で鈴木さんは集まったメンバーにそう説明する。
やっぱりそうか。じゃないとここに来ないよね。
トレーラーの荷台には音響機器が積んであったらしくて、先に来ていた他のスタッフの人達が荷車に乗せてステージの方に運んでいる。
わぁお。本当にやる気だ!
でも、まどかに与えてもらった覚悟があれば、これくらい平気! 一ヶ月後のライブを考えれば、良い予行練習よ!
振り返ってメンバーの顔を見ると、大小はあれど不安の色が見て取れる。そりゃそうだろう。何たって事前に聞いてないし、ここまでの道中で声を出しまくっててガラガラ声でもある。
こんないきなりの人前での初披露は私だって不安だ。でも何故か、やれる自信が湧いて来ている。
まどかに貰った覚悟もあるかもしれないけれど、何よりも半年間も練習して体に叩き込んだ自信もある。私達ならやれる!
「今日の朝からオフィシャルサイトや公式ツイッターで発信を続けてました。今は午後五時前ですけど、五時半頃に開始するという内容です。あと三十分くらいですかね? さあ、準備しましょう!」
準備と言っても、私達は特にする事はない。衣装も着てるしメイクも崩れていない。
すると言えば心の準備だよね?
だったら鈴木さんに一つだけ聞いて確かめなくてはならない事があった。
「ねえ、鈴木さん。どれくらいの人数が集まってそうなんですか?」
「え? えっと……分からないです」
ちょっと返事に引っかかってるその態度で、嘘だとバレバレなんですが。
「そんな訳ないですよね? ここまでの段取りを組んでるんだから、混乱が起きないようにしないと私達の安全だって確保出来ないと思うんです。予めの予想人数は決めておかないと、招待してるマスコミやメディア関係の人達まで大変な事になっちゃう」
自分でも驚いてる程に冷静になっている。凛ちゃんが言うような台詞を私が言っている。
今までの私ならこんな事気付かないし、鈴木さんに食ってかからない。
覚悟を決めた人間ってこうも変わるのだろうか。
「へぇ……驚いたな。伊吹さんの口からそんな風な台詞が出るとは。この半年で更に成長されましたね。どうしてマスコミ関係の方が居ると分かったのですか?」
「そうよ! 美優ちゃん、何で?」
「え? 何でって……」
え? 何で私はマスコミが居るって分かったの? 直感で喋ってたから理由なんてないからどう言えばいいのやら。
「ええと……ほら! 四年間限定のグループじゃん? ゼノンはさ、シャイニングで大きな利益を出さないとならないじゃない? ここまで結構お金掛けてるでしょ? 早く売り出したいから広告はしたいじゃん? だから居るかなぁ……と」
そこまで言って鈴木さんの方を見やる。アイドルにしては下世話な話をし過ぎていると思われてないか心配したのだ。
「いや素晴らしい! 伊吹さんの言う通りですよ。その通りです。秘密にしていてすみません。ちょっとしたサプライズの予定でしたので。皆さんに驚き喜んでもらいたかったのです。黙っていてすみませんでした」
頭を下げて謝る鈴木さんを慌てて止めに入るのは唯ちゃんだ。
「大丈夫ですよ! 私達怒ってないし、凄い嬉しいから! ね?」
「そうそう。だから詳しく教えて下さい」
唯ちゃんに同意を求められた彩香ちゃんも、静かに鈴木さんに詰め寄っていく。
「ありがとう。ええと、動画の生配信も予定してます。皆さんが都内を回ってる間に短いスパンでバンバン宣伝してます。もちろん今回は屋外なので上限人数は設けてます。ウェブの抽選に当選した人のみで、既に観客は定員に到達してて、ざっと三百人は居ます」
「「三百人⁉︎」」
メンバー六人が一斉に驚く。
私だってせいぜい百人居れば多いなと思ってた位だからビックリよ。
「それだけ会社と世間はシャイニングに注目してるって事です。初舞台で三百人は凄いと思います。横山や私の予想は百五十人程度と見込んでました。半分埋まれば良しとしてたんです。それを軽く超えて、ウェブの応募総数は三千人を越えてるんです。十倍の倍率ですよ! 信じられません」
いや、私達も信じられません。本当に?
「シャイニングって凄い……」
「そうです。自信を持って歌ってきて下さい。警備の方は万全を期してます。ファンの方々は顔認証システムで特設ステージの客席に入場しますから、不審者は近寄れません。ステージからこの駐車場までの道のりは不安ですが、我々がガードしますから安心して下さい。」
何か本格的な野外ライブみたいになってきた。
「これは本格的な野外ライブみたいなものです。皆さんの実力を存分に発揮して世間にシャイニングを知らしめましょう!」
「「はい!」」
駐車場からステージまでは徒歩で十ニ、三分位の距離だ。その十ニ、三分の間にメンバーの緊張を解かなければ!
ってその心配はいらないみたい。皆んな笑顔で楽しみにしてる感じで、雑談にも花が咲いている。
「ねえ、彩香? 何か今日の美優ちゃんは凄く頼れるように見えない?」
「そうね。今までに見ない程のリーダーっぷりね。唯にはとても真似出来ない事よ。何かあったのかしら」
彩香ちゃんのその言い回しは、昨日までの私をコケおろしてるようにも聞こえるような聞こえないような。
「私達が知らない所で何かあったとしたら……今日の選挙カーじゃない? ねぇ、まどか! 今日、美優ちゃんに何か異変無かった?」
「ちょっと唯ちゃん! 私に異変っておかしくない? せめて一皮剥けたとかさ、他に言いようがあるっしょ!」
「んとねー。美優ちゃん、私の大事な告白を受け入れてくれたの!」
「なっ——何ですって!」
うわ……花梨さんが嫉妬してる。この嫉妬っぷりは本物だ。照れもあるけど、今は困惑してしまうよ。
「ちょっ、ちょっと、まどか! 誤解のあるような言い方しないでよ! 違うからね! まどかの覚悟を聞いたのであって! 好きとかそう言う——」
「えー? まどかは美優ちゃん好きだよ」
天然か! いや天然なんだろうけど。
今そのフレーズ言っちゃダメなやつだよ!
てか、抱きつかなくてもいいでしょうー!
火に油を注ぐって言葉、知ってっか⁉︎
「あ、あら偶然ね。私も美優ちゃんが好きなのよ?」
「えーずるい! まどかと花梨ちゃんだけずるい! 私も美優ちゃん好きでいたい!」
「唯と同意見です。私も美優ちゃんが好きです。凛ちゃんはどうですか?」
「私? 私は……ん~と」
皆んなが凛ちゃんの次の言葉を固唾を呑んで待っている。
何この状況? どうしてこうなった? 私はどうすればいいの!
「私は美優ちゃんがとっても好きだよ!」
溜めに溜めて、それかよ! 修羅場ですか⁉︎
「皆さん、美優ちゃんが好きと言う事で意見が一致しましたね。流石はシャイニングのリーダー。このモテようは敬服します」
「だからリーダーなんだよ! 私も皆んな好きだけど、美優ちゃんは一つ抜けて好きだな!」
修羅場と思いきや、これはあのハーレムという状態ではないのか?
「彩香ちゃん、唯ちゃん、ありがとう。私も皆んなが大好きだよ!」
皆んなが見つめ合って、照れた笑顔を浮かべている。私はこのメンバーと一緒になれて幸せだ。
このハーレム、最高!
「ところで、まどかの覚悟って何?」
凛ちゃんが、ほんわか空気を終了させる質問を投げ掛ける。もうちょっとこの空気を味わっていたかったけど、野外ライブの直前なので、ピリッとさせるには丁度いい。
凛ちゃんの事だから、きっと解ってて言ったに違いない。
「まどかはね……まどか、私から言ってもいいかな?」
一応は当のまどか本人に聞いておかないとね。コクリと頷く姿を見て安心する。
「まどかはね? 横山さんや鈴木さん、他のマネージャーやゼノンを全面的に信頼してるの。まどかの夢は芸能界で輝く事だって。その夢を実現するために、シャイニングとして、ゼノンに自分の夢を、人生を賭けた。その覚悟を決めてるの。だからシャイニングはまどかの人生そのもの。中途半端な気持ちじゃないのよ」
チラッとまどかを見ると、その瞳は力強い光に満ち溢れている。
「皆んなも聞いて。私は今日まで覚悟を持って生きてきた事って無かった。目標をしっかりと見据えて進んで来た事って無かった。なんとかなるだろう……とか。なんとなく……とか。そんな風に軽い気持ちで生きてきた。この半年、自分なりにがむしゃらに練習してきたけど、明確な目標って持ってなかったのね。シャイニングのリーダーって言う自覚も無かった。でもさっき、まどかの覚悟を聞いて、自分の中の何かが変わったの。私にも明確な目標が出来たの」
「美優ちゃんの目標って何?」
聞いてきたまどかから、メンバー全員の目を一人一人、順番に見据えて腕を天に掲げる。
「私の目標はトゥインクルよりも売れる事!」
「「えええええええっ!」」
今日イチの皆んなの反応だ。まどかでさえ驚いてる。そんなに驚く目標だろうか?
「四年間限定だから難しいかもしれない。でも四年間限定だからこその強みもあると思うの。横山さんや鈴木さんもそれを武器にして戦略を立ててると思うの。現に今回の野外ライブの応募は、予想の二十倍以上の申し込みがあったんだもの。だから私達はその戦略の期待以上の働きをすれば、トゥインクル越えは出来ると思うの。シャイニングをトゥインクル以上の存在にするのに、全力で当たる事。その為の努力は惜しまない。私はやるよ!」
一旦言葉を切って皆んなの様子を見てみる。皆んな、まどかのような力強い光が瞳に宿り出している。
「私はね……四年後の事は何も考えてないの。芸能界に居るのか居ないのかも決まってる訳じゃない。あれをしたい、これをしたいなんて夢があるわけでもない。それはその時までに見つかるかもしれないし、見つからないかもしれない。先の事は分からない。けれども、シャイニングは私の夢! トゥインクル越えは私の夢!」
まさか今日一日で自分の中でこれ程までの変化が起きるなんて自分でも思ってもいなかった。
私をここまで成長させてくれた、この環境に物凄く感謝している。
シャイニングのトゥインクル越えは、この環境を用意してくれた横山さんや、ゼノンに恩返しをする意味もある。
そして何よりも、まどかの夢を全力で叶えてあげたい。
他のメンバーもそうだと思う。最終目的は別にあるとしても、シャイニングで売れる事はその目的に大いにプラスになるはずだ。
「皆んなもそれぞれの夢や目標が別にあると思うの。私みたいに無いと言う子も居ると思う。でもそれは言わなくても良いよ。シャイニングは通過点に過ぎない。けれどもシャイニングで成功する事は、その後の自分に大きなプラスに絶対になる。だからシャイニングを信じて、頑張って行こうよ!」
「美優ぢゃぁあん! ありがどぉおっ!」
大粒の涙をボロボロ流しながら、まどかは私の胸に泣き崩れている。
「ほら、まどか! 泣いてたらステージに立てないでしょう? メイクも崩れるよ? 初舞台なんだから笑って!」
「うん、そうだね。そうだよね! 泣いてる場合じゃないもんね! レッスンの成果を見せてやるんだから!」
「私達も、まどかに負けてられません。ね、唯……泣いてるの?」
一人、背を向けて天を仰ぐ唯ちゃんに彩香ちゃんが悪戯っぽく聞いている。
「バッ、バカ! 泣いてない! 泣いてないから!」
「いいじゃないですか。泣きましょうよ。感動の涙は今流しておいて、ステージでは思いっきり笑いましょう。ね? 美優ちゃん」
「そうね。花梨さんの言う通りだよ」
ふと凛ちゃんを見ると、少し神妙に俯いて何かを考えてるような感じがする。
これはいけない……私の直感がそう告げている。
「さ! 立ち止まってたってしょうがない。行こう!」
皆んなを先に行かせるように急かして、凛ちゃんの方に歩み寄る。
「ねえ、凛ちゃん? 今なら言えると思うから、何か悩みがあるなら私に言って。他のメンバーには言わないから」
皆んなとは少し歩くスピードを遅くして凛ちゃんの隣で一緒に歩いて行く。これなら前の子には聞こえないはずだ。
「ありがとう、美優ちゃん。流石リーダーね。良く気付いたね」
「何か今日の私は超能力者? 脳の思考回路が変わったのかな。良く分からないけど、あれこれ気付くのよね。さ、話して?」
「うん、誰も知らないんだ。人に話すのは美優ちゃんが初めてだよ」
う……何か重い予感。でも仕方ない。聞くしかないよね。
「分かった。私を信じて話して」
「うん。美優ちゃんになら話せるから言うね。私のアイドルになりたいっていう動機がね、彼氏への当て付けなの。随分と不純でしょう?」
「うーん。それを言うなら私も不純かな。とりあえずで、なんとなくで応募しただけだし……」
そして反則技でオーディションに返り咲きました。不純どころか、もはや不正よね。
「もっと不純だよ。彼氏がさ、歌が上手い子が好きとか言うからカラオケ頑張って練習したし。料理や洗濯、掃除とか家事がマメな子が好きって言うから一生懸命に覚えたし。フワッとした巻き髪が好きって言うから美容院通ってキープしてるし。あ、でも髪型は自分でも気に入ってるからいいんだけど。その彼氏がね、浮気してたの」
「なるほどねぇ。凛ちゃんのしっかりした性格はそこから来てたんだ。家庭的な子が好きな男だったんだね」
何かよくあるパターンに沼ってしまったって感じが否めないなぁ。
「そうみたい。でもね、半分同棲みたいに暮らしてたんだけど、ある日帰って来た時に香水の匂いがしたの。私の持ってない香水だった」
「キャバクラとかで飲んで来たとかは?」
「お酒飲めない人なの。付き合いで飲みに行く事はあっても香水の匂いなんかしなかったの。でもその日は香水の匂いしてたの。ミスディオールだった」
「へぇ……怪しいね」
一瞬ドキっとしてしまった。今は付けてないけど、私の愛用する香水がミスディオールだったのよ。
その香水を止めた時期がトゥインクルのオーディションを受けようとしてた頃なので、余計にドキリとする。
「でしょ? だから問い詰めてやったら白状したの。セフレが居たのよ。私と言う彼女が居るのに」
耳が痛いです……ついでに胸も痛いです。
私も過去、セフレが居ました。彼氏と被ってた時もありました。
トゥインクルのオーディションを受ける時には、彼氏とも別れてたし、セフレとも連絡は取ってなかった。今はもう何とも思ってない。
約一年前に、高校の友達と居る時に、男二人組みにナンパされて、そのうちの一人と、それ以来からオーディションを受けるまでセフレとして付き合っていた。
軽い気持ちだった。特にセフレが欲しかった訳でもなかった。
当時付き合っていた彼氏が超奥手の人で、エッチな事が一切無かったので、他にエッチな事が出来るならいいか……と思ったのが始まりだった。
若気の至りです! もうあんな事はしないから、神様許して下さい!
「私とのエッチはつまらないとか、そのセフレとのエッチは最高だとか、黒髪ストレートの清楚系が好きなんだとか、お前が好きって言うから巻き髪にしたのに何だよ! って」
ちょっと待って下さい。
違うよね……違うって言ってー!
「携帯見ても連絡先は無くて。どうやら消去してたみたい」
なるほど。連絡が来なくなったのは、そう言う事だったのか……って、まだそうと決まった訳じゃないから!
「その日に別れたんだけど、ずっとムシャクシャしてたから、私が有名になって浮気して別れたこと後悔させてやるって応募したの」
「それが応募の動機なのね? 確かに不純て言えるかもしれない。でも、今までは今まで。これからはこれからよ。凛ちゃんは私と一緒ね」
平静を装うのに苦労してます。心なしか少し早口になってる気がします。許してぇ!
「今までは今まで……これからはこれから……か」
「そう。過去に何があったとしても過去は変えられないの。でも未来は幾らでも変える事が出来る。これからの四年間で凛ちゃんが進む未来を見つければ良いと思うよ」
過去をロッキーの力で変えた私が言う台詞じゃないけど、将来どうするか決まってないのは同じだから。
それにロッキーの力も、もう使う必要はない。結局、私はなんとなくで生きてきた人間なので、何事も軽々しく考え過ぎていた。
今回の事は、そんな私への
生きてく上で大事なのは、何をするかじゃなく、何をすべきかを決める事なんだ。
「一緒に探そう。私も四年後の将来は決まってないから。どうしたいかは四年後の自分に聞こうよ」
「そうだよね……今までは今まで、これからはこれからだよね! ありがとう。美優ちゃん! 話せて良かった。ライブ頑張れそう!」
「うん、一緒に頑張ろう!」
前の群に追い付くように少しスピードを速めて二人で励ましながら歩いて行く。
私の元セフレと凛ちゃんの元彼が同じじゃないと思いたい。
思いたいのに、私の直感は同一人物だと告げている!
神様は何て意地悪をするのだろうか……すみません! 神様は悪くないです。悪いのは全部、私ですぅ!
あぁもーっ! 私のバカぁ!
「あードキドキするぅ! 美優ちゃん! 助けてぇ!」
まどかが胸に飛び込んで来る。
すっかり抱きつき癖が付いてしまったらしい。今日一日でめちゃくちゃ懐かれたみたい。
舞台袖でアナウンスがシャイニングの説明をしていて、今か今かと登場を待機しているシャイニングメンバー。
私だって緊張してるよ!
「まどかだけズルい! 私も抱いて!」
「あ! 私も!」
「私もお願いします」
「じゃあ私もよね?」
「私は最後でいいわ」
「何で全員⁉︎ まぁいっか。一人ずつ、かかってこいやー!」
舞台袖でのハグラッシュはシャイニングの恒例行事になるのかしら?
多分なる。私の直感がどうたらこうたらなので。
「さあ! それでは登場していただきましょう! シャイニングです!」
アナウンスがあったと同時にものすごい勢いで歓声が湧き起こる。
三百人の歓声て、こんなに大音量なんだ……よし、迷ってたって何にもならない。
大きく深呼吸してからメンバーに呼びかける。
「行くよ! 皆んな!」
真っ先に私が舞台袖からステージに上がって真ん中まで駆けて行く。皆んなが後から付いて来てるのは気配で分かる。
ステージに上がってまず観客の多さと客席の近さにビックリする。
最前列の客席まで五メートル位しか離れてない。一応はロープが張られているけど、警備員は居ないので少し不安はある。
周りをチラッと見渡す。
元々のステージは後ろに壁があるだけの簡易な作りなのに、左右には舞台以上の大きさの帆が張られていて、音響機材を隠してたり、スタッフや裏方や私達を隠す役割をしている。
短い時間でここまでセッティング出来るのは凄いとしか言えなかった。
皆んなが観客席に向かって手を振っているので、慌てて私も手を振る。
ステージ上でキョロキョロしちゃって恥ずかしいったらもう!
スタッフの人がマイクを一人ずつに配って行ってるのを受け取り、オンになってるのを確認する。
第一声はやっぱりリーダーの私だよね。緊張するー!
「皆さん初めまして! シャイニングです! 宜しくお願いします!」
頭を下げて挨拶する。メンバーも倣って頭を下げてくれる。ありがとう皆んな!
歓声と拍手が鳴り止まない。緊張もあるけど気持ちいい!
ステージに上がる事がこんなに気持ちいいなんて……やっぱりアイドルになって良かった!
「ありがとうございます! 最初に自己紹介させていただきます! まず私から。シャイニングのリーダー。伊吹美優。十九歳です……………よ、宜しくお願いします!」
一瞬、言葉が詰まって頭が真っ白になりかけたけど、何とか堪えて一人だけ頭を下げて挨拶する。
どうしよう……どうしよう!
見つけてはいけない人を見つけてしまった。最もヤバい奴が最前列に居る。しかも私の目の前に。隣には凛ちゃんが居る。
よりによってこのタイミングでか⁉︎
図ったように現れないでよ! 神様は本当に意地悪過ぎです! 私に試練を与え過ぎです!
嘘です、ごめんなさい。私の因果応報です!
頭を下げたまま、隣の凛ちゃんの表情を伺う。気付いてるかな……気付いてないかな?
違うよね? こいつじゃないよね? 違っててくれぇぇー!
私の願いが叶う事は無く、凛ちゃんの表情は青ざめて強張っている。
気になる目線の先は、あいつを見ている。
やっぱりかぁあああっ!
当事者であるその男は、私達二人の正体に気付いていて、敢えてやって来たのだろう。
そういう奴だ。私達二人を代わる代わる見やっては、イヤらしく口元を歪ませてニヤついている。
なんて憎たらしいんだ!
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