【第四話 シャイニング始動】
郵送は二日後に来た。丁寧にどこを記入するか、どこに押印するか記されてたので、事務処理音痴の私でも素直に書けた。
同意書も書いてもらい、今日はお母さんと一緒に事務所の本社までやって来たのだった。
何より嬉しかったのが、お爺ちゃんとお婆ちゃんも私がアイドルデビューする事をとても喜んでくれてた事だ。
オーディションの時は難癖つけてたくせに、いざデビューするとなると喜ぶんだから。
どうせ、お店の広告になるとか思ってるんだろうけど。
ま、別に構わないけどね。
ロッキーも今日は家で留守番をしている。昼にやっている二時間のサスペンスドラマにハマり出して、そればっかり観ている。
主婦かよ。
本社入口に到着し、受付で綺麗なお姉さんが案内してくれた会議室みたいな所に入ると、私の他にもメンバーらしき人が何人か既に座って待っていた。
一人だけ保護者らしき人が居ないのだけど……未成年じゃないのかな?
〝伊吹美優 様〟て札が付いてる席に座り、ふとお母さんを見やると、目をキラキラさせている。
何で本人より楽しそうにしてるんだか。
「ねえねえ、皆んな可愛い子ねぇ?」
小声で話しかけてきたかと思えば、私と同じ事を思っていたとは。うん、確かに!
私の他には五人の女の子達が座っている。
どの子も私よりも可愛い!
なんか、気が引けてきた。こんなに可愛い子達の中で、私なんかが居ていいのだろうか。
この子達の引き立て役として私が居るんじゃないか。
そう思うと、大勢の中から選ばれたって言う自信をある程度は持っていたんだけど、その自信もすっかり無くしてしまいそうになる。
はぁ……。
座って二、三分したら、スーツを着た男の人が何人か入ってきて正面の席につき出した。
コの字型をした会議室のテーブルで、正面に四人の事務所の社員らしき人達。
その左右に三組ずつの女の子と保護者。私は一番後ろに座っている。
皆んなが前を向くので、皆んなの横顔と後ろ姿を観察出来るからラッキーな席順ね。
「皆さん、おはようございます。皆さんのこれからの活動の総指揮を取る横山と申します。宜しくお願いします」
そう言って頭を下げて挨拶する人は電話してくれた声と同じ優しい口調だ。
あの人が横山さんか。眼鏡をしてて、いかにも頭が切れそうな顔をしている。第一印象で信頼出来る人っていいよね。
「最初に皆さんにお話ししておかなければならない事がありますので、まず私がお話しします。その後はこちらの鈴木が詳細をお話しします」
鈴木と紹介された人が立ち上がって頭を下げて挨拶してくれる。
これで上下関係が分かった。真ん中の二人が横山さんと鈴木さん。横山さんが責任者で、その次が鈴木さん。両端の二人がその次って事ね。おけおけ。
「さて。この企画の全容をお話しします。このプロジェクトは私が二年前位から構想してたもので、つい先日のトゥインクルの最終選考の翌日に、正式に上の承認が降りた企画です。皆さんはトゥインクルになれなかった。最終選考に落ちた。そう思ってらっしゃるでしょう? 違うんです。このプロジェクトに必要な方を私が厳選して今日ここに来てもらっています。私の携帯番号をお教えした六人全員が集まってくれた事に感謝しております」
え? そうなの? だからスマホに横山さんが登録されてたの?
知らなかった……って当たり前か。私は会ってないんだもの。
「本当は最終選考の前日に企画が通ると確信してましたが、ちょっとしたサプライズにしたかったので、わざわざ最終選考に落ちたという演出をしました。不快に思われても仕方ありません。お許し下さい」
横山さんに続いて四人共が深々と頭を下げるので、それぞれの親子がそれを制止する。
そんな事ないですよ、と。
でも私はきょとんとするしかなかった。
だって最終選考を経験してないんだもの! 悔しさを経験してないんだもの!
「はっきりと申し上げます。皆さんはトゥインクルになれなかったんじゃありません。敢えてトゥインクルにならなかったのです。別のグループとしてデビューが決まってたからです。これから発表しますが、このグループはトゥインクルとはまた違った売り出しをしていきます。活動期間も四年間と限定します」
は? 四年間限定? 四年間限定のアイドル? 何じゃそりゃ!
少しざわざわし出す六組の親子たち。そりゃそうだ。四年後どうすりゃいいんだ?
「質問は後で受けますから、まずは聞いて下さい。アイドルグループの活動は四年間限定と謳いますが、その後の皆さんの所属はゼノンのままです。元アイドルとして他の芸能活動をして頂こうと思います。思い返してみて下さい。どんなに売れてるアイドルも数年で旬は終わります。メンバーの年齢も上がればアイドルとしては売れなくなるからです。トゥインクルが良い例ではないですか? 初期のメンバーは今は殆ど居らず、新しいメンバーでやり繰りしている。メンバーの魅力で売れてるんではなく、トゥインクルと言うブランドで売っているようなものです。もちろんトゥインクルのメンバーは良い子達ばかりです。流石はトゥインクルと言えるような子ばかりです。ですが、冠にトゥインクルと言うだけで、その子の実力で仕事がある訳ではないのが現実です。私はメンバーの魅力だけで勝負して芸能界を駆け上がって行くグループを新たに作りたかったのです。それが皆さんです。そんな才能と魅力がある子だけを集めました。そこは自信を持って下さい。」
自信ったって……ねえ?
お母さんを見ても、周りを見ても不安そうな顔ばかり。
「もう少し砕けてお話ししましょう。アイドルとして活動をしますが、最初の一、二年は修行の二年。後の三、四年が売出し期間です。皆さんの才能と魅力は輝くものばかりです。その才能と魅力を最初の一、二年で更に輝くようにして欲しいのです。その四年間で培った経験をアイドル活動終了後の芸能活動にて更に活躍して欲しいのです。そうなれる才能と魅力ある子だけを厳選しました。それが皆さんです。もちろんゼノンの全面的なバックアップはします。ですが、その後をどうするかは皆さん次第ではあります。ゼノンがいくら押し上げても、皆さん自身の魅力が輝かなくては皆さんも売れて行きません。ご自身の魅力を輝かせられるのは、ご自身でしか出来ません。もちろん簡単な道のりではありません。芸能界とはそこまで甘い世界ではないのです。プロジェクト自体が頓挫するかもしれません。ですが、私の選んだ皆さんなら必ず成功すると信じています」
そこまで話して、一旦呼吸を整える横山さんをじっと見つめる。
この人、本気だ。
自分の考えに余程の自信が無いとこうまで言えないと思う。
「もし私の話を聞いて、少しでも怪しいとお思いになられたなら、お持ち頂いた契約書を置いて、お帰りになられて構いません。交通費もゼノンが負担致します。いらっしゃいますか?」
私もそうだけど、そんな人居るのかな?
「おられないようですね。安心しました。契約書の件は最後に事務処理をしますので、それまで持っていて下さい。私からは以上です。後の事は鈴木に任せていますので、鈴木に聞いて下さい。申し訳ありませんが、一旦私は席を外します。上にも報告がありますので。また後ほど顔を出します。それでは失礼します」
立ち上がってスタスタと部屋を出て行く横山さんを、鈴木さんや他の人も立って見送っている。この会社のよっぽどの権力者なのかな?
「はい。それでは皆さん。後は僕の方から話をしていきますね。僕は皆さんのグループのチーフマネージャーを務めさせていただく鈴木と申します。宜しくお願いします。他にマネージャーとして二人、こちらの者が皆さんの管理をさせていただきます」
「マネージャーの田口です。宜しくお願いします。」
「同じくマネージャーの対馬です。宜しくお願いします。」
どの人も頭が切れそうな、いかにもマネージャーって感じがする。
なんか今更ながらにドキドキしてきた。私、本当にアイドルになるんだ。
「僕らは最終選考や資料などで皆さんを知っていますが、皆さんはお互いをあまり知らないと思います。なので、軽く自己紹介を順にお願いします」
えー! 聞いてないよーっ! って、ベタなツッコミしか出来ない私がここに居ます!
「では市原さんからお願いします」
「は、はい!」
市原さんと呼ばれた女の子が勢いよく返事して立ち上がる。
「
可愛いなぁ。ショートヘアが似合う明るい女の子って好き! あれだけ大きな瞳ってやっぱり遺伝なのかなぁ。可愛いなぁ。
「次、彩香どうぞ」
市原唯ちゃんに次に指名された隣の子が立ち上がる。この子も可愛いなぁ。
「
さっきの唯ちゃんとは真逆の子だ。落ち着いていて冷静で。ポニーテールが似合うのも良いなぁ。
「次は私でいいかな?」
その隣の子が立ち上がる。胸元まである髪の毛は褐色で巻き髪にしてある。それがよく似合ってるので、更に可愛く見える。
「
話す時にその巻き髪を触るクセがあるのかな? その仕草が自然で、ぶりっ子っぽくない。何で皆んなこんなに可愛いの?
「ではこちら側へ行きまして、萩原さん、どうぞ」
向こう側の三人が終わったので、鈴木さんがこっち側の前の人へ手をやる。その動きが少し大袈裟にするのでクスって笑っちゃう。
「はい。
可愛い! ってよりも綺麗で美人! 大和撫子? そう、大和撫子! ツヤツヤのストレートで長い黒髪が際立ってる。
はぁ……こんな美人と一緒にお風呂に入りたい……て、何を考えてるの私は!
「はい! 次は私ですね!
出た! ザ・天然アイドル! アイドルの王道中の王道! トゥインクルに居そうな子だ。
何でこの子がトゥインクルじゃないんだろ? って位に可愛いよぉ!
「はい、お次にどうぞ!」
あ、私の番だ。やべー。緊張するぅ!
「美優、大丈夫? ガチガチじゃない。ママが代わりに言おうか?」
「何でよ! この流れでお母さんが言うってどんだけー!」
ハッとした。
やっちまったー! 緊張のせいか、いつもの調子でやったまったー!
第一印象が大事なのに、第一声がツッコミって……もうダメだー! 私のアイドル人生終わったな。
「
もうやけくそだった。終わりの一言だ。綺麗に散れるように思いっきり頭を下げて挨拶してやったよ!
パチパチパチパチ——。
前方から拍手の音が聞こえる。マネージャー群から拍手音。
何で? あ、全員終わったから? そうだ、きっとそうだ。
頭を上げると、メンバーの子達や保護者の方々、拍手するマネージャー達まで皆んな笑顔だ。
どうもどうも。愛想笑いするしかないじゃん!
「はい。ありがとうございました。プロデューサーの横山からも推薦されておりますが、このグループのリーダーは伊吹さんで宜しいでしょうか? 一応他の方に聞こうと思います」
……はい? 私がリーダー? 嘘でしょ? 何で? え、何で?
てか、誰か反対してよ! 目の前の凛ちゃんこそリーダーでしょ! 自他共に認めるしっかり者なんだから!
「という事で、このグループのリーダーは伊吹美優さんに決定いたしました」
「待ってください! 何で私? だって私……えぇーっ!」
「まぁまぁ、落ち着いて。ご自身で気付いてないのも無理はないのですが、あなたの魅力はそこなんです。一言でいうとですね……」
一言で言うと……何よぉ⁉︎ 勿体つけないで早く言ってヨォ!
「一言で言うと、あなたの存在そのものが周りを笑顔にするんです。特に何かする訳でもない。天然キャラって訳でもない。伊吹美優という新しいジャンルの確立です」
「えっと。あ、ありがとうございます。褒められてるんですよ……ね?」
「はい。最大級の褒め言葉です。その証拠に他のメンバーがあなたを嫉妬していますか? してませんよ。それどころか認めてらっしゃる。この一瞬でリーダー伊吹美優について行こうって気になってます」
「そうだよ! 私、美優ちゃんについてくよ!」
唯ちゃん……そんな。
「はい。伊吹さんなら間違いなく、このグループを引っ張ってくれると思います」
花梨さんまで……そんな。
「うん! よし! 分かりました! 皆んなが言うなら頑張ります! やったります!」
パチパチパチパチ——。
部屋の外から拍手がしたと思ったら、横山さんが入ってきた。
「はい。それでは自己紹介とリーダーの決定が承認された所で、グループ名を発表しますね」
ちょい待って! ジェットコースターかよ!
展開が急すぎませんか?
横山さんのあのニコニコ顔。あらかじめ計算してたな? 私をリーダーにする為の演出で退席してたな?
やってくれるじゃないか……くそぅ。
「これがグループ名です」
そう言うと横山さんは一枚の大きな細長い紙を両手いっぱいに広げて掲げている。
【Shining-シャイニング-】
紙にはそう書かれている。
「シャイニングと言います。直訳すると〝輝く〟と言う意味ですね。トゥインクルと似てますけど、トゥインクルは星の輝きと言う意味です。シャイニングは笑顔が輝く、と言う意味で使います。皆んなを笑顔で輝かせるアイドルグループ。それがシャイニングです」
カッコいいー! マジか! めちゃくちゃカッコいいー!
同じ事を思ったのか、他のメンバーからも同様の感想が聞こえて来る。
「更にデビュー曲がこちらです」
それももう決まってるの?
今度は鈴木さんが一枚の大きな細長い紙を両手いっぱいに広げて掲げる。
【 Singing Smile-シンギング スマイル-】
今度は紙にはそう書かれている。
「シンギングスマイル。直訳すると、笑顔を歌うとなりますが、シャイニングの輝く笑顔そのものを歌にしている一曲になっています。歌う側と聴く側。それぞれで受け取り方が違ってくるでしょうから、それぞれで自分の笑顔になって輝いて行こうという前向きな曲です」
おぉー! これもカッコいいー!
これで私、本格的にアイドルデビューしちゃうんだ。なんか急に怖くなってきた。
今は嬉しい気持ちよりも怖い気持ちの方が強くてなっている。
呼吸が出来ない。血が巡ってないのかな? 何か体が冷えてきた。震えも出て来た。
怖い……。
ふいに後ろから優しい抱擁が私を包んできて、良い匂いと一緒に、耳に心地良い声が響く。
「大丈夫ですよ、伊吹さん。あなたはあなたのままで、そのまま前にお進み下さい。隣には必ず私達が居ます。あなたは壱人じゃないのです。私達六人、何処までも一緒です。一人で背負い込まないで。私達を頼って下さい。ね?」
気付くと、花梨さんが後ろから優しく抱きしめてくれていた。
不思議な事に恐怖や不安、緊張が取れて、俄然やる気が出て来た。不思議な人だ。
一つ年上だっけ。甘えられるお姉さんが居るのは安心する。
うん……ありがとう。私、やるよ!
「早速ですが、これから契約書の確認とゼノンの社印を押印します。それが終わりましたら、今後の事についてのスケジュールを発表します」
「「はい! 宜しくお願いします!」」
六人全員が同じタイミングで返事をしたので、お互い見合って自然と笑っていた。
大丈夫、私達ならやれる!
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