第54話 頼む、この通り!
結局、ぼくは東堂さんの家から閉め出された。
考えうる最悪の結果だった。
「母は一筋縄ではいかないわ」
という東堂さんのセリフを頭の中で反芻していた。
(あのお母さんと上手くやっていくなんて、本当にできるんだろうか)
トボトボと歩く道すがら、東堂さんからショートメールが届いた。
「今日は本当にごめんなさい。母に会ったら、こうなることは分かってたんです。でも、悟さんならもしかしてって」
「僕の方こそ役立たずで本当に申し訳ない。まさか、家に軟禁されたりとか……そういうのはないよね?」
「そのまさかなんですけど、母に携帯電話を奪われそうになりました。明日から会社に行かなくてよいと言っています」
「でも、そんなことしたらお母さんは働いていないし、二人の生活が立ち行かなくなるよね? それにもし携帯電話を取り上げられたら、僕たち完全に会えなくなるかも」
「わたし、もう家を絶対に出ます。悟さん、こんな家庭の女なんて本当は嫌じゃないですか?」
「ぼくは曉子さんに言いましたよね? ぼくは君の全部を受け入れるつもりだよ」
「そんなこと……悟さんに迷惑ばかりかけて」
「大丈夫だよ。でも、今の状況を何とかしないとね」
ぼくが送ったショートメールを最後に返信が途絶えた。
5分くらいたって、ようやく戻ってきた返信に書かれていた言葉に、ぼくは絶句した。
「このストーカー男! 警察に告発してやるからそのつもりでいなさい」
結局お母さんに携帯電話、奪われたみたいだ。
ぼくはストーカー男になってしまった。
本当に警察はやってくるのだろうか。
いや、心配はそこじゃない。
「家を出る」とは言っていたが、東堂さんは結局はお母さんに強く出ることはできないだろう。
家を出たら出たでそれは大騒動になるのは目に見えている。
どうやって東堂さんを取り戻せばいいか。
考えるんだ!
ぼくは咄嗟に姉小路の顔が浮かんだ。
電話をかけてみる。
「姉小路、すまない、こんな時間に」
「尾上? どうしたの。びっくりするじゃない」
「姉小路に相談する話でもないけど、ほかに適切な人が思い浮かばなかった。すまない」
「ねえ、りおんがどうかしたの?」
「りおんちゃんの家庭の話は知っているか?」
「プライベートはなるべくお互いに話さないようにしてるから」
「そっか。姉小路を女と見込んで話すから、ぼくと姉小路だけの秘密にしてくれるか?」
ぼくは過去に起こった東堂家の話を東堂さんから聞いたとおりに伝え、東堂さんのお母さんと対峙したさっきの話と、今の状況を整理しながら伝えた。
「尾上、結構ヤバい状況だな。それで私に助けを求めてくるとはなかなか筋がいいぞ。お前」
「何か、手立てを一緒に考えてくれないか?」
「そうだな、私の言うことを聞いてくれたらいいぞ」
「なんでもする。この通りだ。情けない話だけど、りおんちゃんのお母さんに会うまではぼくは何とかなると思ってた。ビジネスの商談と同じだとか単なるうぬぼれだった。完全に状況を見誤ったよ」
「自己批判もいいけど、まずは会おうよ。私今完全にリラックスモードだったから小一時間くれる? 待ち合わせは
「えっ! なぜそこ」
電話は切れた。
贅沢は言えない。
それにしても姉小路、「私に助けを求めるとはなかなか筋がいい」とは。
兎にも角にも、ぼくは「堕天使」に向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「いらっしゃいませ! って、悟さんじゃないですか」
堕天使のボーイさんにも完全に顔と名前を憶えられている。
そりゃいろいろやらかしてるから覚えない方が変だ。
「どうしたんです? りおんちゃんなら今日は休みですよ」
「うん、知ってる。あと30分もすればクレアが来るはずだからちょっとここで待たせてもらってもいいかな?」
「まあ本当はダメですけど、そこの椅子にでも座っててくださいよ。どうしたんです? クレアさんとなにか」
「本当にごめん、今は言えない。別にやましいことではないから安心してください」
ボーイさんは、「はーい」と短く返事をしてフロアに戻って行った。
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