第52話 悟の覚悟
「暁子さんのお母さんは、きっと美しくて聡明な暁子さんの事を誇りに思っているんだと思う」
「そ、そんな事ないですよ。いつも頭ごなしに『これはだめ、あの人と付き合ってはダメ、あなたには判断力がないから』って、ダメ出しと束縛しかされてこなかったですから」
「暁子さんのお母さんのことだからあまり悪くは言いたくないんだけど」
「いいですよ、言ってください」
「誇りに思うが故に、自分の思うような生き方をしてくれないと気が済まないような、視野狭窄になってるんじゃないかな」
思い当たる節はいくらでもある。
「それは……そうかもしれません」
「お母さんの指図する事に、結構反発したりしたの?」
悟さん、心理学は学んでないって言っていたけど、鋭いし私の内面を抉るような質問をしてくる。
「反発……しますよ。そりゃ。私だって好きな友達と好きなことしてみたかったですもん」
「だから暁子さんの反発は『私の心が弱いから』とか、『信仰心が足りないから』とか、その宗教にとって格好の餌食になっちゃったのかもしれないね」
要するに悟さんの言いたい事はこういう事かもしれない。
お母さんは、私を正しく導くために厳しい事をたくさんいうけど、それは自分の精神をギリギリに削って言っている。
でも私が反発するから自分が至らないと教会に教えられる。
もしそうだとしたら、私はここ数年のお母さんへの付き合い方を間違えてきたのかもしれない。
「暁子さん、ぼくはちゃんと暁子さんのお母さんに任せても大丈夫、って言われるようにするから」
「悟さん……母に何と言って話すんですか?」
「正直分からない。でも、礼は尽くして本音で話し合えたらいいなって思う」
「じゃあ、今日私はどうしたら」
「一緒にお母さんのところに行こう」
「それは……止めた方が」
「これから先、お母さんにウソをついたり、自分を誤魔化したり、そうやって過ごしていくつもりじゃないでしょ?」
「でも、母はそんな簡単な相手じゃないですよ?」
「ぼくもそんな簡単に行くなんて思ってない。でもいつか通る道なら今通りたい。だって、暁子さんは現実にこうやって途方に暮れているじゃないか」
真正直に生きてきた男の人って、融通が効かないけど真正面から問題にあたろうとするんだ。
お父さんは、お母さんから逃げた。
お父さんの一件もあってお母さんは更に人間不信になったのかも。
「私、悟さんが母を助けてくれたら本当に嬉しい。私は、何をすればいいですか?」
「お母さんの味方だって事をちゃんと伝えよう」
私の眼からは止めどなく涙が出てきた。
お風呂に入ってスッピンだったからマスカラが落ちなくていいけど、こんなカッコ悪いところ悟さんに見られちゃって恥ずかしい。
「悟さんを信じます」
「ありがとう。じゃあ支度して一緒に行こう」
「はい」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ぼくと東堂さんは、東堂さんの自宅の前に立っていた。
なんだか身震いがする。
どんな話になるのか全く想像がつかないけど、東堂さんのお母さんが僕を拒絶する事くらいは分かる。
きっと持久戦になるだろう。
今晩で決着する事はきっとない。
ぼくが下手を打てば最悪東堂さんは幽閉されかねない。
これはぼくの未来のことでもあるけど、それより東堂さんの未来の話でもある。
お母さんの呪縛から逃れて、自分らしく生きてもらわなきゃ。
その時の相手がぼくであれば最高だけどな。
お母さんを悪者にしたりはできない。とにかく物事を客観的に見てもらう必要が、あると思う。
「悟さん、私が先に家に入って母に事情を話すから」
「いや、一緒に入ろう。そうしないと、もう二度と会えなくなるかもしれない」
「えっ?」
「ぼくの邪推なら良いけど、今暁子さんを一人にしたらいけない気がするんだ」
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