第7話

07 野良執事の推理


「そうさ。テメェらが二度とこんなマネが出来ねぇように、わざわざ路地裏から這い出て来たんだ。

 血統書つきのアンタらはこのロンドンじゃやりたい放題なんだろうが、思い通りにならねぇ街もあるってことを教えといてやろうと思ってな」


 指を鳴らしながら、親子に近づいていくロック。


 息子らしき中年男は慌て、壁の非常スイッチに飛びついた。

 しかし、父親が厳つい声で制する。


「慌てるな、馬鹿者。こんな子供と若造を相手に、警備員を呼んでどうする」


 父親は書斎机の引き出しからセマァガンを取り出し、その切っ先をロックに向けた。


「まったく、この年になってもなお、バカ息子の尻拭いをせねばならんとはな」


 銃口が火を吹き、ロックの口から咆哮がほとばしる。

 そのふたつが同時に起ころうとした、コンマ1秒前。


 またしてもあの男が、慇懃な言葉を割り込ませた。


「お待ちください。この部屋にある美術品はどれも、古代ロンドン時代のものです。

 ほとんどはレプリカではありますが、中には本物も混ざっています」


「何を言うか、ぜんぶ本物だ!」


 眼光と銃口をロックに向けたまま、父親は怒鳴りかえす。


「そうお思いですか。でも、わたくしの見立ての正確さにつきましては、今は本題ではありません。

 もしここで闘争が起きた場合、まわりの美術品にも少なからず被害が及ぶでしょう。

 あなた方が傷付くぶんには一向にかまいませんが、古代ロンドンの歴史的遺物がくだらない争いによって毀損するのは、あまりにも愚かだと言えませんか?」


 「なんだとぉ!?」と声を揃える父親とロック。

 野良執事は3対1のような状況になっても、自分のペースを崩さない。


「よってわたくしは闘争に訴えない、話し合いによる解決を提案いたします」


 父親とロックは「はっ!」と同時に笑い飛ばした。


「家に忍び込んできた野良犬と、話し合うバカがどこにいる! 撃ち殺してゴミのように外に捨てるだけだ!」


「家に忍び込んでおいて、家主と話し合う野良犬がいるかよ! ソーセージみてぇに喉笛を食いちぎるだけだ!」


「まあそうおっしゃらずに、わたくしの話を聞いてください。

 本件を話し合いで解決するためのポイントは明快で、『トニーさんがさらわれた理由』です。

 その理由がハッキリすれば、お互いが譲歩できる余地が生まれるのではないでしょうか?」


「そんな細かいこと、どうでもいいだろうが! 理由なんて、後からついてくるもんだ!」


 ロックは一蹴したが、野良執事はしなやかな前髪を左右に揺らす。


「いいえ。犯罪捜査において、動機というのは欠かせない要素のひとつなんですよ。

 その証拠は……ほら、すぐそこにあるでしょう」


 穏やかさと鋭さが合わさったような、野良執事の横目が飛ぶ。

 視線が投げかけられた先は、にわかに曇った父親の表情だった。


 野良執事はそれまで部屋の入口あたりに立っていたが、主と客人に紅茶を届けるかのような仕草で、書斎机のほうへと歩いていく。


「ここからはわたくしの推理になるのですが、トニーさんを跡取りとして迎えようとしていたのではないですか?

 あなたの孫として、そして……」


 そして蚊帳の外にいるような、中年男を一瞥する。


「そちらの方の、息子として」


 「ちょっと待てよ」とロック。


「それって、養子ってやつじゃねぇのかよ?

 養子が欲しいんだったら、わざわざさらったりなんかしなくても、ホワイトチャペルに行けばパイの具にできるほど手に入るぜ?」


「そうですね。でもセントジョンズウッドのこんな豪邸に住むような資産家にとって、ストリートの子供なんて野良犬同然です。

 さらうどころか、わざわざ拾う意味すらもありません。

 ではなぜ、彼らはリスクを冒してまで、トニーさんをさらったのかというと……?」


 野良執事は試すような顔つきでロックを見る。

 しかしロックは頭の上にハテナマークが幻視できそうなほどに、首を傾げていた。


「な……なんでトニーをさらったんだよ!? もったいつけずに教えろよ!」


 野良執事の顔に、にわかに軽蔑の色が浮かぶ。


「初歩的なことですよ? 答えはひとつしかないでしょう。

 トニーさんが血を分けた息子だったからですよ」


「なにっ!?」


 青天の霹靂のような声とともに、振り向くロック。

 そこには、気まずそうにしている中年男の姿が。


 野良執事の軽蔑が、侮蔑へと変わる。


「ホワイトチャペルといえば新興宗教と娼婦の街。

 隣の金融街であるシティ・オブ・ロンドンからは、一流サラリーマンや投資家たちが多く訪れ、アカを落とすように娼婦を買っています。

 そちらの息子さんも、よく利用されていたのでしょうね」


「あっ、そうか! この野郎と、ザアダの間に生まれたのがトニーってわけか!

 だったらなんで父親だって名乗らずに、さらったりしたんだよ!?」


「娼婦との間にできた子供を認知したら、上流階級の方々にとってはスキャンダルとなってしまいます。

 本来ならば無視を貫くところなのでしょうが、こちらの家系には跡取りがいなかったのでしょうね。

 血の繋がっていない血統書付きの犬をペットショップで買うより、血の繋がった野良犬のほうがよいと考えたのでしょう」


 ドンッ! と書斎机が打ち据えられた。


「デタラメだ! 今まで貴様が並べ立てたのは、ぜんぶ想像じゃないか!」


「そうですか? それでは調べてみるというのはいかがでしょう?」


 野良執事はピッと人さし指と中指を立てる。

 その間には、赤い毛が入った小さなセマァ袋があった。


「息子さんの髪の毛はすでに頂いておりますので、あとはトニーさんの髪の毛を手に入れてDNA鑑定するだけです」


 今まで無言を貫いていた息子が、頭を押えて情けない悲鳴をあげる。


「わあっ!? い、いつの間に僕の髪の毛を!?」


「美術品を拝見しているときに、この毛が落ちているのを偶然見つけたのですよ。

 こちらのお屋敷にいる使用人の方々が、掃除が下手で助かりました。

 セマァリンのおかげで、最近は髪の毛だけでクローンが作れるといいますから、親子かどうかを調べるなんて造作もないことです」


 父親は「ぐっ……!」と歯噛みをして、ロックに突きつけていた銃口を野良執事へと向ける。


 しかし野良執事は動じない。

 むしろ撃ってみろとばかりに、書斎机に近づいていく。


 その顔は侮蔑を通り越し、微笑みすら浮かべている。

 しかし目は笑っておらず、青い眼光がツララのように親子を貫いた。


「この話はすでに、知り合いのマスコミ関係者に伝えてあります。もちろん、今日ここに来ることも。

 わたくしが不審死を遂げたりしたら、大喜びであなたたちのことを嗅ぎ回るでしょうね」


 「ぐ、ぐううっ……!」と胸痛のように、胸を押える父親。

 「や、やめてぇ……!」と命乞いするように、ヒザを折る息子。


 野良執事は表情ひとつ変えず言ってのける。


「では、二度とトニーさんには手を出さないと約束してください。

 そうしたら、わたくしどもも今回のことについては忘れると約束しましょう。

 わたくしどもにとっての優先事項は、トニーさんの安全ですからね」


「ぐっ……ぎぎぎっ……! わ、わかった……! と、トニーのことはあきらめる……!」


 肺腑から絞り出すような父親の声。涙ながらにこくこく頷く息子。


 ロックはあんぐりと開いた口を閉じ忘れるほどに、愕然としていた。

 目の前にいる野良執事が、宣言どおりのことをあっさりとやってのけてしまったからだ。


 一切の争いをもたらすことなく、相手に手を引かせるという離れ業を。

 いままで拳以外の解決方法を知らなかったロックにとって、それは原始人が初めて火を見たような、かつてないほどの驚嘆であった。

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