何をご所望
ハイヒールが足のくるぶしに突き刺さる。靴を脱ぐと、赤く絞められたような跡がすっとできている。足を引きずるようにロフトのつるつるとした床の店内を回る。今日は就活の後、ロフトでプレゼントを買いにやってきた。
どうにかこうにかデートにこぎつけた。誕生日当日ではないけど、その周辺の日にちに。
プレゼント、どうしようか? 前にわたしが誕生日だった11月に、たまたま一緒のバイトだった。帰り道でスーパーに寄って、その時にわたしが誕生日だって言ったら、
「はい、これ」
と言って渡されたのはキャベツだった。怒り。
2000円ぐらいで何かいいものないかと考えてみたが、一向に思い浮かばず、仕方なしに妹のあつ子に相談した。
「2000円ぐらいねー、ならスマートフォンのケースとかどう? わたしも最近換えたけど毎日手に取るものだからわくわくするよ」
「うーん、確かにスマートフォンのケースとかいいかもね」
スマートフォンのケースってこんなにあるんだ。防水、耐衝撃。高機能なものやデザインに特化したものまで。どれにしようか。こういっぱいあると、自分が何を所望しているのかわからなくなる。もっともプレゼントだけじゃない。わたしの欲しいものなんていつだってよく解ってない。
何度もぐるぐる回っているうちに、白いマーブル柄のスマートフォンケースが眼に飛び込んできた。翼の肌の白さが思い浮かんだ。これならファッションとかの好みとかにも左右されないし、就活で取り出しても恥ずかしくないんじゃないだろうか。その白いマーブル柄のスマートフォンを手に取って、レジに向った。
帰る途中、翼からラインが入った。
《 ごめん、行けない 》
わたしは狭くて古いサークル室でキャベツを刻んでいる。今日は元々デートする予定だったが、なくなったので、代わりに英会話サークルの交流会イベント、お好み焼き&たこ焼きパーティーに参加していた。
ざくざくと刻む。デートについてはリスケジュールして別日になったのだが、若干腑に落ちない。今日は誰と会っているのだろう。
気が利く後輩・曾根田はてきぱきと指示を出して、現場を回す。
「きょうは翼さん来ないんですね~」
作業の合間に曾根田はのんきにそんなことを言って来る。
「ふーん」
わたしは極めて平素を装う。
「翼さんと付き合わないんですか?」
思わず包丁を持つ手がゆるみそうになった。
「…なんで?」
「え、だっていいじゃないスか。翼さんかっこいいし」
翼がかっこいいことと、付き合うことにはつながらないんじゃないか? 曾根田は勘ずいている? あーもう。
作業をそこそこにして、67歳の女子大生・三枝ちゃんのところへ向かう。
「三枝ちゃーん! 疲れたよう」
ありとあらゆる意味で。
「あらけいちゃん! お疲れ様」
「三枝ちゃんはいつもハツラツとしてるよね、輝いて見えるよ」
「そうね! 前に英会話サークルの部長に“若者の元気を吸い取ってる”って言われたわ、もうやだ~」
「あはは、間違いないね~」
その後、交流会でおのおの外国人とコミュニケーションを取っていく。うちの大学の近くに工業系大学があり、彼らはその大学の英会話サークルの連中が連れてきていた。そこの外国人たちは文系ではないので、日本語があまり上手ではなかったり、日本語を勉強したいという欲も全体的に少ないので、英会話交流会にはちょうど良い相手だった。
一方その工業系の大学も女子が極端に少ないので、文系大学のうちの大学からは女子を、工業系大学からは外国人を差し出し、それぞれの思惑の
外国人と言ってもほぼほぼアジア系だ。ミャンマーやベトナム、インド、マレーシアなど。彼らの英語だってブロークンだし、割と話しやすい。あれ、自分てこんなに話せたっけ?と思うぐらい。一方、ドイツ人だったりすると、もはや童話の世界から出てきたようないでたちで、表情が読めず、眼を白黒させてしまう。英会話難しいのってほんとうに見た目の違いの影響って大きくないか?
宴もたけなわになり、ふとみんなのかばんで積みあがった山から自分のかばんを発掘し、携帯を確認する。翼から一件入っている。
《 ごめん、行けない 》
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