第100話 フィクサー

 次の日の土曜日。

 俺は起きてから端末を見ると、矜侍さんからの返信が届いていた。

 そこには「銀行の方は従属けいや……関わるものすべてに伝染して波及するレベルの契約魔法をかけて縛っておいたから配信で収益化をしても問題ないぞ」と書かれていた。


 そう、俺はMeTube配信をするにあたって、1度目の配信から登録者数も増え収益化をしても良くなったためにお金の入金場所である銀行やMeTubeという企業そのものが身バレの危険性を含んでいる事に気づき、その懸念を矜侍さんに前もって聞いていたのだ。


 MeTube社自体にはすでに矜侍さんが自分の時に対応をしているので問題ないという返答があり、銀行は矜侍さんが使っている所なら問題はなかった。

 だけど俺はそこに口座開設をしていなかったので、そのことを伝えると対応してくれるとのことだったので任せていたのだ。


 「銀行の方は配信前に何とかなってよかった」


 矜侍さんからの連絡に安心した俺は、学校の予習・復習をした後に魔道具作成の本を読み直したりして時間を使う。

 午前10時からイオリさんと待ち合わせをしているのだが、毎日朝早く起きているので、いつも通りに起きてしまったからだ。


 程よい時間になった事を確認すると俺はイオリさんと待ち合わせをしている喫茶店に向かう。

 ダンジョンで出会った後にメッセージでやり取りをしたのだが、どうしてもお礼をしたいというので俺はMeTubeのやり方などを教えてもらう事にした。


 イオリさん自体がチャンネル登録者数19万人を誇る有名MeTuberだったからだ。

 しかも彼女はたくさんいるダンジョンを攻略するMeTuberの中でも探索者ランクC級でレベルは17とかなり上位らしかった。

 ちなみに俺と出会った直後から物凄い勢いで登録者数が増えているらしい。


 まぁ……正直C級のレベル17でどうして6階層で死にかけていたのかは疑問ではあったが、10階層のミノタウロスにしてもソロで討伐されることはないらしく俺の認識も少しずつ矜侍さんに影響を受けているのかもしれない。


 待ち合わせの喫茶店の前まで到着する。

 俺はチェンジを使ってヴェネチアンマスクと今宵チョイスの難燃性と快適性を両立させているメタ系アラミド繊維で編みこまれ、小片からなる耐刃板をすきまなく敷詰めた防刃防刺素材ぼうじんぼうせきそざいで作られている、護身服の上にフード付きコートをかぶったスタイルに着替えた。


 コートの方は普通素材なのだが、護身服の方は付与はかかってはいないが500℃超の耐熱性を持ちながら防弾防刃機能がついて快適でしかも色もシックでデザインもカッコよくお気に入りの一着だ。


 カランカラン


 着替えをバッチリと済ませた俺は待ち合わせの喫茶店に入る。


 「いらっしゃいま、ヒッ」


 マスクのせいか店員を少しだけ驚かせてしまったが、ここはダンジョンにも近いためにそこまでおかしな格好という訳でもない。


 「あ、待ち合わせです」


 俺はペコリと頭を下げながら店員にそう伝えてイオリさんを探す。

 すると角で座っていて口を開けているイオリさんと目が合った。

 場所が分かったので俺はそこに向かう。


 「イオリさん、お待たせしました」


 「え、ええ。シュテルンさんは配信をしていない時もその……マスク姿なの?」


 ああ、口を開けてこっちを見ていたのはヴェネチアンマスクのせいか。

 でも俺は目を隠してはいるが今は世界的は感染症のせいで世間ではマスクをしている人も多いのでそんなに気になるほどではないだろう。

 レベルが上がれば抗体も強くなるために病気にかかる事はほとんどなくなるんだけどね。


 「気になりますか? できるだけ身バレを避けたいんです」


 「な、なるほど。そう言えばアーカイブ見ました! まさかLIVE配信だったなんて!」


 「ちょ、イオリさん声が大きいです」


 「あ、ごめんなさい」


 「イオリさんこそ帽子とメガネだけでバレないんですか?」


 有名配信者のはずのイオリさんは口をあんぐり開けていたようにわりと簡単にバレそうな格好をして待っていた。


 「あ、それはマスクまでしていたらシュテルンさんが分からないかと思いまして。それに案外この姿でもバレないものですよ」


 ああ、マスクをしていないのは俺のためだったのかそれはありがたい。


 「俺のためにすみません」


 俺がそう言うとお互いが「イエイエ、そんな事ないです」のような行動をとってしまう。


 「「あはは」」


 初対面ではなかったが2度目という事もあって少し緊張していたが、このやり取りで緊張もほぐれてきた。


 「シュテルンさんも何か頼みますか?」


 イオリさんがそう聞いてくるのでテーブルを見るとイオリさんはコーヒーを頼んでいるようだ。

 俺はそれを確認すると失礼にならないように同じ物を頼む事にした。


 「はい、俺も飲み物を頼もうと思います」


 俺がそう言うとイオリさんは店員を呼んだ。

 そこで俺はコーヒーを注文する。

 イオリさんも軽く食べられる……ポテトを追加で注文するようだ。

 出会った時の話をしながら盛り上がっているとコーヒーとポテトが届いた。


 「お待たせしましたこちらコーヒーと……ポテトでございます」


 コーヒーと言われたところで俺が手をあげて俺の注文だという事をしめす。


 「シュテルンさん良かったらこれも」


 イオリさんはポテトを中央において一緒に食べましょうと差し出してくる。

 ほほう、さすが大人だね。

 この注文はそういう事だったとは。


 「ありがとうございます。いただきます」


 俺はポテトを一つまみ取って食べコーヒーに口をつける。

 そして俺はMeTubeの配信で見られるためにはとか気を付ける事を聞いていった。

 ただイオリさんが「見られるためにって配信するだけですぐに日本のトップ層になると思う」と言ってくれたがそんなはずはないだろう。


 それから今宵が配信に出たいと言っていた事を思い出して、午後からコラボ配信をしてもらえませんか? というお願いをしたら二つ返事で了承してくれた。

 その時に後日私の方の配信でも動画をあげて良いかという話だったのでもちろんですという話をした。


 「あ、それから念の為にこれが一番重要なことなんですが、俺のことやこれから来る妹のことを色々分かったとしても誰にも言わないでほしいんです」


 俺は身バレをしたくないという話をイオリさんにしておく。

 最悪は契約書を使う必要があるかもしれない。


 「それはもちろんよ。むしろ矜侍様……いえ、あのお方の噂を知っていれば怖くて知ろうとしたり拡散なんてできないわ」


 あの方の噂を知っていたら怖くてってカルト教祖とかいうやつだろうか? 

 でも実際は教祖ではないしなぁ。


 「矜侍さんの怖い噂ってなんですか?」


 「それよ。もうその知り合いっぽい事が……怖かったりするのよ」


 「ええ? そう言われても俺はただの学生ですよ」


 「学生があんなにスキルや魔法を使えるわけがないじゃない。いえ、その話は怖いから聞かないけれど、噂って言うのは各国の首脳を力で脅したとか世界のフィクサーが矜侍様というものもあるわね。ち、違うのよ? これはただの噂だから矜侍様には言わないでよ」


 矜侍さんはそんな悪い人ではないんだが……確かに力は常識を完全に超越しているけれど、怖がる必要はないと思う。

 今朝の従属契約という物騒なことは……気にはなったが、10ヵ月もの期間を二人で訓練した時の印象の方が俺には強い。


 「そんな噂があるんですね……。でもそれはただの噂だと思います。矜侍さんにしても自分のことを誰かに言ったりしなければ何もしないと思います」


 「それなら良いんだけどね」


 「そんなに心配なら俺と契約をしておきますか? そうすればイオリさんが心配している事は無くなると思います」


 「契約?」


 「はい、俺のことや矜侍さんのことが話せなくなる契約です。それも単に話せなくなるだけのようなので、そうする方が安心だと思います」


 一度、ゴクリと喉をならしたイオリさんは無言で数分ほど思考した後に答えた。


 「これって試練だよね。私を試す。ここで私が了承しない場合はきっと……。わかったわ。わかりました。その契約をお願いいたします」


 何かわからないが物凄い決意の目をしたイオリさんが三つ指をついて挨拶をするように頭を下げる。

 ええ……? 

 何でこんなに決意に満ちたような状態に?

 まあ、契約するって事で良いんだよなと俺は思い直し、契約書を取り出す。


 「あ、アイテムボ……」


 俺はごほんと咳払いすると、


 「イオリさんは俺や俺の知り合いの事についてこちらが秘匿性が高いと判断している事は他の誰にも話せなくなります。それを承諾しますか?」


 「は、はい!」


 イオリさんが承諾をした瞬間に契約書は魔法陣を描いて消えた。

 ちなみにこの魔法陣は矜侍さん曰く契約をする人にしか見えないらしいので、店内で魔法陣が現れていても誰も気づいた様子はないようだ。


 「これでもう大丈夫ですよ」


 「やっぱりLIVE配信ができるってだけで……そういうことなのよね」


 イオリさんが遠い目をしながら誰に話しかけたというような事もなく呟いた。


 俺は今宵にコラボで配信する事になったから来るなら来られる時間を連絡しろよと送る。

 そして俺とイオリさんは午後からどういう配信をするかという事を話し合いながら時間を潰して今宵を待つのだった。







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 ついに100話に到達です。これもひとえにこの作品を読んでくださる皆様のおかげです。

 

 フォロー、星、レビューをくださった方々ありがとうございます。これらの3つは直接のこの作品への評価につながりますので大変嬉しいです。

 また、ハート(コメント)で応援・・をしてくださる方もモチベーションのアップにつながります。ありがとうございます。


 

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