第77話 契約破棄(一部)

 次の日の朝、昨日の放課後にあんな帰り方をした椿だったが、朝の登校を一緒にする事を止める事はないようだ。

 いや、俺ももう当然わかっているよ。

 あの婚約契約指輪が本物だって事は。

 だから当時の俺たちがこの指輪にお互いの血を登録した時に契約した内容は履行されているのだろう。

 俺はそう思い、ポケットに入れた指輪を握る。


 その契約を破ったら、実際にどうなるのかはわからない。

 今までに俺が何か指輪の影響を受けたような出来事がないからだ。

 ただ、全ての契約を確実に覚えているとは言えないが、毎朝一緒に登校しようねという約束もあったはずだ。

 俺は深く息を吐きだして、片手をポケットに入れて指輪を握りながら椿に話しかける。


 「椿が俺と学校に一緒に登校してくれるのって、指輪の契約だからだよね?」


 「……そうだけど」


 「それって一緒に登校しない場合は何か罰則みたいなものがあるの?」


 「……一緒に登校ができるのにしない時は気分が悪くなる……」


 一緒に登校ができる時というのはどちらかの都合が悪かったり体調に問題があれば効果は発揮されない感じかな? 

 というかやはり罰則もあったのか。

 俺が何も感じなかっただけに少しショックだ。


 「ごめん。つらい思いをさせて。学校へ一緒に登校するという契約は破棄しよう」


 俺は触っている指輪に自分の魔力を纏わせながら契約の破棄を宣言した。


 「それができれば! 毎日一緒に登校なんてしていない!」


 ……わかっていた事とは言え、否定されるのはつらいな。

 最近は隣を歩く事も許してくれていたというのに。

 確かに通常なら契約は破棄できないのかもしれない。

 でも、昨日の闘技場の一件があって俺ならその契約を突破して変更する事が可能ではないかと気付いたのだ。


 指輪を作ったのは間違いなく矜侍さんだろう。

 あの箱庭で指輪の事に触れていた。

 であるならば闘技場の仕様と同じように、矜侍さんの知り合いでしかも自分へ作用する内容の契約ならば変えれると……指輪を触った今ならなぜかそうわかるのだ。


 そして学校へ一緒に登校するという契約が先ほどの俺の言葉によって破棄されたという感覚があったので成功している事だろう。


 「今まで契約が履行されていたのは俺が同意していなかったからだと思う。今回は俺がそれに気づいて破棄を宣言したからきっと大丈夫」


 「そんなこと……」


 椿はまだ破棄が行われた事を信じられていないようだ。


 「とりあえず、明日からは別々に登校しよう。もし……椿の気分が悪くなったならいつもの時間に来てくれればよいよ。でもきっと問題ない」


 「……」


 本当は指輪を破壊すれば全てがリセットされて椿にとっては嬉しい事だとわかってはいるが、そこまではまだ俺が自分の気持ちを整理できていない。

 今指輪を破壊するときっともう連絡事項以外では会話もしない仲になるような気がしてしまうからだ。

 それは……幼い頃から家族のようにいた幼馴染からの繋がりがなくなるようで悲しいのだ。


 時間がそれを癒してくれるという事は分かっていても先延ばしにしたい。

 レベルが上がりクラス内で強くはなれても意気地いくじのない性格は成長していないようだなと俺は椿の隣を歩きながら苦笑するのだった。


 一緒に登校する事は恐らくこれで最後だという事を俺は心に焼き付けながらいつもの通学路を歩き学校に到着した。

 今日は下駄箱についても椿は俺より先に教室に行く事はなく最後まで一緒にいてくれるようだ。

 気遣いなのか分からないがそれが嬉しい。

 俺が先に教室に入り、椿が後から入ると教室がざわついた。


 「十六夜さん、蒼月と付き合っているって本当なの? 今も一緒に登校してきたんだよね?」


 他人の恋愛事情が知りたいのか、クラスメイトの女子が椿に俺との関係を聞いている。

 昨日は椿がスルーしていたし、ここは俺がきちんと説明すべきだろう。


 「ああ、皆は俺たちが幼馴染だって知らなかったのかな? 家も3軒隣だから良く一緒になるだけでそういう関係ではないよ」


 椿が俺をハッとした表情でみるが、その表情の意味が俺にはイマイチ理解できなかった。

 未練がありそうな俺がそんな事を言うとは思わなかったとかかな?

 正直な所……、椿とは仲良くしたいが、それが恋愛感情なのか家族的な感じのものなのかさえ分からなくなっている。


 「そ、そうなの? でも昨日の東三条さんの話を十六夜さんは否定してなかったよね?」


 「ああ、あれは東三条さんの勘違いだし、椿が否定しなかったのは分かり切ってる事を否定してわざわざ俺を貶めるような感じにしたくなかったからじゃないかな? 皆は分かってると思うけど、椿はそういう気遣いができるからね」


 「そ、そうなの?」


 椿はそれに対して何も言わないが、否定もしているような感じではない。


 「ああ、後は悪いけど俺もそういう話題して欲しくないから」


 俺はそう言うと軽くクラスを威圧した。

 ハハッ 便利だな威圧って。

 そこかしこで威圧して調子に乗ってるやからと俺も同類かと思いながらクラスを見渡す。

 どうやら話はこれで終わるようだなと俺は一安心して威圧を解いて席に座る。


 「今日までありがとう」


 俺は椿には聞こえるだろう声量で、学校へ登校するというイベントに華やかな色を付けてくれた椿に対してお礼をいった。


 「そんなこと……」


 椿はそう俺に返すと自分の席へ向かったのだった。








 

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