第73話 ドナられる俺とコンシェルジュ

 俺はドナドナされてからしばらく悲しげに窓の外を見ていたが、そんな事は気にも留めずに横でうるさく話しかけてくるお嬢様がいた。


 「蒼月君、飲み物は何が良いかしら?」


 そう言うとなぜか車の中にある冷蔵庫をガチャッと開ける。

 冷蔵庫の中には多くの飲み物が入っていた。


 「お茶が良いかな」


 冷蔵庫の中で目に入ったお茶を俺は言う。

 くれると言っているのだから取ればいいのかなと席を立とうとすると、東三条さんが率先して動き俺の目線の動きを見ていたのか、俺が取ろうとしていたお茶を取り出した。


 そしてどこから出て来たか分からない(棚です)2つのグラスを取り出すと、車の中なのにこちらもなぜかある長机に置いて、お茶を入れ始めた。

 いや、お嬢様っぽいのに俺の分までついでくれるんかーい! え? 良い子?


 冷蔵庫が閉まった後にブーンという音と、グラスに注がれるコポコポという音だけが流れてひとときの静寂がおとずれた。


 「どうぞ」


 「あ、ありがとう」


 俺は注いでもらったお茶に口をつける。

 まろやかな甘みがあり旨味を感じさせる。

 冷えた状態でこのように感じるのは、やはり高級茶であるからなのだろう。


 東三条さんも同じお茶を飲んでいるのだが所作は優雅にテイスティングでもしているかのような飲み方だ。

 お茶からはさわやかなそれでいて落ち着きのある香りが漂っている。


 「おいしい」


 俺はそのおいしさについ口をこぼす。


 「口にあったようで良かったわ。私様わたくしさまもお気に入りのものなのよ」


 「今日は天気が良いからこの冷たさが心地いいけど、夜の落ち着いた時間には温かい状態で飲むのも楽しめそうだね」


 「貴方! よくわかってるわね。1-5クラスは評判があまりよろしくなかったからまともに会話が成立するか不安でしたのよ」


 いや、1-5クラスに貴女が来た時の事を考えれば、会話は成立していないと思います。

 だって俺は今、絶賛ドナられ中ですからね。

 しばらく彼女とたわいのない会話をしていると運転席から声がかかった。


 「お嬢様。到着しました」


 ああ、やっぱり呼び方はお嬢様なのね。

 しかしこの車、動いてる時も止まった時も一切揺れがなかった。

 高級車って凄いんだね。


 「そう。ご苦労さま」


 東三条さんの言葉を聞いた運転手は席を降りるとガチャリとドアを開けエスコートする。

 俺は逆側のドアを自分で開けて車から降りると、目の前の大きなタワーマンションを見上げた。

 てか古風な庭付きの大豪邸を思い浮かべていたら違ったよ。

 だって名前からしてもそう思うよね。


 「では入りましょう」


 東三条さんはそう言うと、オートロックを操作した。

 近くにコンシェルジュもいて俺が側に近寄ると声をかけてきた。

 1-4クラスの1位くらいの強さを感じるので、警備も兼ねているのだろう。

 ちなみに黒服の運転手は1-4クラスの担任くらいに感じたので、元Bランクくらいの力量だと思う。


 「こちらで生体確認をさせていただいています。登録お願いします」


 コンシェルジュはそう言うと、俺に端末を差し出して来たので俺はそれに指を当てて登録する。


 「ハッ。レベル……たったの5か……ゴミめ(ボソ」


 いやいや、高級マンションのコンシェルジュがそこの住人のお客に対して言ってよい言葉ではないでしょ!

 ニヤつきながらそのコンシェルジュは「どうぞ」と言うと、エントランスへ入るように促した。


 「貴方! 私様わたくしさまのお客人に対して失礼ではないかしら? それが我が家を案内したり守る者の言葉ですかっ!」


 貴方という言葉に俺が呼ばれたのかと思いビクリとするが、どうやら東三条さんはこのコンシェルジュが俺に呟いた言葉を聞き逃してはいなかったようだ。

 そしてその声をきっかけに、エントランスホールから3人ほどの黒服が駆けつけてきた。

 

 怖い怖い。

 え? 怖いんだけど? 

 それぞれが最低でもレベル15はあるかというその黒服たちはコンシェルジュを囲んだ。


 強さが怖いのではなくてこの状況が怖い。

 このお嬢様の言葉が紡がれたと思ったらすぐさまこの状況である。

 そして先に出て来た3人の後からリーダー的な一人がやって来て東三条さんに話しかける。


 「お嬢様。ご不快にさせてしまい申し訳ありません。監視カメラの方でも確認しておりました所、お客様に対する言葉ではなかった事を確認しております。処分いたしますのでお許し下さい」


 「ま、待ってくれ! そんなつもりで言ったんじゃないんだ。本当だ! お嬢様、許して下さい! 自分の中の言ってみたい言葉ランキングの上位だっただけなんです!」


 男は東三条さんに謝罪しながら懇願するが、既にその男の事は視界に入っていないのかスルーされている。


 「では、任せますね」


 「ハッ!」


 東三条さんの言葉に黒服たちは姿勢を正し礼をする。


 「では、蒼月君。行きましょうか」


 「ハイ」



 俺はその言葉に従ってエントランスを抜けエントランスホールに入ると、東三条さんを追いかけてエレベータの前に行くのだった。







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