08.契約



(契約…?)

『そうそう、契約さ!』



怪訝な表情を向ける俺に、眼前の黒い剣『ラウル』は声高々に応える。



契約か…。


契約と聞くと、どうしても詐欺とかそういう負のイメージが先行して、正直あまりいい印象は湧かない。



『いや大丈夫、大丈夫!!本当に安全だからさ!!

ちょっとだけ、先っちょだけでも!!』



…それに、なんだかとっても胡散臭い…。


しかし命を救ってもらった手前、提案を無下にするのはさすがに気が引ける。



(まぁ、話だけなら…)


『ほんと!?やったー!!』



受け入れるような俺の言葉に、ラウルは食い気味に声を大きくする。

一通り喜び終わったあと、彼が話し始める。



『えーと、おほん!


さっきも言ったけど、僕たち悪魔は凄まじい力を持っているんだ、。

それは時に、“神”と形容されるほどの絶大な力さ。


でもその力は、無から生み出している訳じゃない。


生き物が栄養を喰らい、それを生きるための力へと変えているように、

悪魔は生き物が作り出す“欲望”を、自身の力へと変えているんだ』


(欲望…?)


『そうさ、“欲望”だよ。

“欲望”は、あらゆる生命の源…いわば原動力みたいなものさ。


何がしたい、何かを欲しい、何が食べたい、何かを知りたい、何かを守りたい…


それは全て“欲望”。

明日を生きゆくことさえ、立派な“欲望”さ。



“欲望”があることで生き物は何かを欲し、前に進むことができる。


“欲望”とは、生きるための“力”そのものなのさ』


(は、はぁ…)


『普通、“欲望”は外へと溢れ出さないよう、常に“肉体”によって保護されているんだよ。


例えるなら…“卵”、みたいな感じかな?

卵の殻が“肉体”、その中身が“欲望”さ。


だから無理矢理“欲望”を取り出そうとすれば、肉体が崩れ、“欲望”を保つことが出来なくなってしまう。


ちょうど、落として割れてしまった卵のようにね。



“肉体”という殻を壊さずに、中身の“欲望”だけを吸い取る…。

普通なら不可能だろう。



そこで、“契約”の出番さ。



悪魔の言う“契約”とは、“欲望”と“力”の等価交換。


生物から“欲望”を貰う代わりに、悪魔の力をその生物へと分け与えることを指すのさ。



契約を結ぶと、悪魔とその生物との間に“魂の通り道”ができる。


その“通り道”を管のように使って“欲望”を取り出せば、肉体を傷つけることなく“欲望”を得ることができるんだよ。



逆に、契約した生物はその“通り道”を通じて、悪魔の力の1部を使うことができるようになる。


それは悪魔にとってはほんのちょっとたけど、他生物にとっては強大な力。

天変地異とまではいかないけど、現実を多少書き換えるには十分な力さ。



悪魔は欲望を吸収してより強くなれるし、生物も強くなった悪魔の力を扱うことができる…


まさに双方に得のある、“持ちつ持たれつ”の関係ってわけさ!』



…なんかちょっと意味が違う気がするけど…。



『さぁ、ここからが本題だ!


流れ込んだ悪魔の力は、“欲望”と混ざり合う事で“異能”と呼ばれるものに変化する。


それはいわば、“欲望”の具現化。


何かを欲し、求める心に反応し、その“欲望”に合った“異能”が発現する芽生えるんだ。


つまり、君の“欲望願い”次第で、ここから脱出できるような“異能”が手に入るかもしれない…ということさ!』



なるほど…先程ラウルが言っていた、“出られるかどうかは君次第”ってのはこの事か。



(えーと、要するに『君と契約すれば、ここから出られるような異能が手に入るかもしれない』…ということ?)


『うーん…まぁ、だいたいそれで合ってるよ』


(契約すれば“欲望”を吸い取られるんだろう?


それで、なにか不都合が起きるとかは無いのか?

例えば廃人になってしまうとか、自殺してしまうとか…)


『それは大丈夫!

“欲望”ってのは、生きている限り無限に湧き出ているものさ。多少拝借した程度じゃあ、問題ないはずさ!』


(なるほど…)



話を聞くに、特にデメリットもなさそうか…。


少し怪しいが、他に脱出する方法も無さそうだし、それを探している時間もない。



そして何より、“異能”というのはたいへん厨二心がくすぐられる。


男なら1度は妄想するだろう。

アニメや漫画で山のように読んだ、数々の異能。


それが手に入る機会だというのに、諦めてしまうのはあまりにもったいない。



それに、ラウルには命を助けてもらった恩もある。


話を聞くに、“欲望”は悪魔にとっての食料のようなものらしい。

契約すれば、多少なりともその“欲望”を彼へと与えることが出来る。


俺の欲望なんて微々たるものだろうが、腹の足し程度には恩返しができるだろう。



…よし、決めた。



(…契約しようか)


『ほんとうかい!?直前になって、やっぱやめた、とかは無しだよ!?』


(う、うん…)



やっぱりなんか胡散臭い…。

だが1度決めたことだ。大人しく腹を括る。



(…それで、契約ってのはどうやったらいいんだ?)


『簡単だよ!ちょっと待ってね…ふんぬ!』



ポン!



弾けるような軽い音と煙と共に、目の前へと何かが現れる。



暗所に浮かぶ、球形の物体。

一見すると、シャボン玉のようにも見える。


大きさはピンポン玉程度。表面は油膜が張った水面のように虹色に揺らぎ、その内側では赤黒い生き物の臓器に似た何かが蠢いている。

球形は淡い光を放ち、薄ぼんやりと暗闇を照らす。



(…これは?)


『これは僕の“魂”…その欠片だよ。

さぁ、これを飲み込んでくおれ!』


(飲み込む…これを…!?)


『そうさ!

そうすれば欠片を通じて、僕と君との間に“魂の通り道”ができるんだ。



あ、飲み込む時はちゃんと願い事をしてね?


さっきも言ったけど、“異能”ってのは“欲望”と悪魔の力が混ざり合ったもの。


その“欲望願い”が強ければ強いほど、より強力かつ有能な“異能”が発現するんだよ』


(はぁ…)



そう言って、ラウルはその球体をこちらの方へと近づける。


鼻先で軽く触れてみると、半透明の表皮がぶるんと波打つ。

うっすらと香る、少々の生臭さと鉄の匂い。


正直、かなり底気味が悪い。まるでカエルかなにかの卵みたいだ。


しかし、ここまで来たならもうあとには引けない。



(ふぅ…、よし!)



がぷっ



意を決し、フワフワと漂うその球体を口に入れる。

しかし、



(まっず…!?)



あまりの不快感に、喉が勝手に吐出を行おうとする。


柔らかいようで弾力のある食感に加え、妙に生暖かい、ねっとりとした脂身のような感触…。

それが過ぎたかと思えば、続くように舌に触れる強烈な苦味と渋み。ほのかに香る石鹸のような甘みにも似た不快感。



(うっぷ…!!)



明らかな異物感に、胃がそれを拒絶する。

しかし、吐き出すわけにはいかない。



(ここら出たい、ここから出たい、ここから出たい、ここから出たい、ここから出たい、ここから出たい、ここから出たい、ここから出たい…!!!)



味を感じないよう必死に“欲望願い”を脳髄で反芻しながら、それを喉の粘膜へゆっくり流し込む。



ごくん



生唾を飲み込むように、か細い喉がこくりと動く。


瞬間、



どくん!



「…かはっ…!?」


突然、激しい動悸が体を揺らす。

あまりの衝撃に肺が歪み、掠れた喘鳴が気道を鳴らす。



どくん!



「うぐっ…!」


心臓が不自然なほど高鳴り、熱した泥のような粘度のある血を、毛細血管へと送り込む。


あまりの熱に、震える四本の足が沈む。



どくん


どくん


どくん



やがて跳ねるような鼓動は、ゆっくりと鳴りを潜めていく。


まるで外気に触れた溶岩が、次第にその赤みを失っていくように。


ゆっくりと、ゆっくりと…



『これで契約完了だよ!』



しばらくして、ラウルの甲高い声が虚空に響く。


激しかった鼓動はすっかり落ち着き、またいつもと同じような少し早い鼓動を刻んでいる。



終わった…のか?



『これからよろしくね?ご主人様』


(…“様”付けはやめて欲しいなぁ…)

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