第174話 光弘の家 7

『納めろ』


 蒼は、海神の足元に重なり落ちたエビの残骸を、白い繭に納めた。


 どこからか細い筆を出し繭に何かを素早く書き込むと、首から下げた小さな袋に入れてそれを懐へしまう。


 力なくうなだれている海神を抱きよせ、蒼は何も言わずその背中を優しく撫でてやった。


 ・・・・・・能力に大きな差があると、相手の真価に気づけない。


 まさに、その言葉を絵に描いたような結末だった。


 あまりの力の差に、黒の強大な力を感じ取ることすらできず、エビは無残にも黒に玉砕し、水妖の長である海神の手であっけなく殺されてしまったのだ。


 ・・・・・妖月の戦う姿を初めて目の当たりにした俺は、愕然としていた。


 海神は、余力を十分に残している。

 力のほんの一端を垣間見せただけなのに・・・・。


 あそこまで圧倒的な強さを誇るものとは思わなかったのだ。


 「蒼・・・・・ありがとう。もう、大丈夫だ。」


 蒼に顔をうずめていた海神が顔をあげた。


 海神は見た目の酷薄とした印象とは違い、驚くほど情が深い。

 配下の神妖を自らの責任で手にかけたことは、恐らく想像以上に彼の心に傷をつけたのだろう。


 「宵闇には逃げられたよ。また例の、手のやつが現れて邪魔をしたんだ。・・・・君、何か知っているんだろう、あれのこと。」


 蒼の問いかけに、黒は生意気そうにわずかに顎を上向けた。


 「・・・・君は、僕が知っていると思うのか?」


 蒼は小さく噴き出して笑った。


 「今更だな。・・・・君が言ったんじゃないか。知らないことは少ないって。」


 「だが、全てを知っているわけじゃない。もしかして君・・・・・僕を馬鹿にしている?」


 苦しい息遣いの向こうで、黒は顔をしかめた。


 「あれのことでわかることは、あまりない。憶測で語ることはできるが、情報として知りえていることは、君の知ることとさほど変わらない。ただ・・・・っ」


 背の傷に痛みが走ったのだろう。

 黒は息をつめた。

 光弘が黒をベッドへ座らせ横たえると、再びうつぶせになった黒は震える息を細く吐きだした。


 「無理をするなよ。ひどい傷だ。それに・・・・その傷、よほどのことがなければ、治す気がないんだろう。」


 黒は蒼を軽く睨んだ。


 「やめろ。君に心配されると傷が余計にうずく。・・・・僕を気に掛けるな。余計なことも・・・言う必要はない。」


 「わかってるさ。君ってやつは本当に、嫌なやつだね。」


 蒼が大げさにため息をつくと、光弘はそれを不満そうにみつめた。


 「冗談だよ、光弘。誓って言う。・・・・君の黒は、いいやつだ。」


 黒は冷ややかに蒼を見つめたが、光弘が表情を緩めるのを見て、小さくため息をついた。


 「君のセリフには吐き気がする・・・・。まあいい。とにかく、その憶測を裏付けるものがさっき一つ見つかった。・・・・真也が、あの腕の根元を斬り割いてくれたお陰だ。」


 「あの時?でも俺、失敗したんだ。・・・本当は引きずり出してやろうと思ったんだけど、守りが強すぎて小さな切れ目しか入れられなかった。」


 黒と俺の言葉に、都古がピクリと反応した。


 「やはりあれは・・・・。」


 都古はこぼれそうなほど大きく目を見開き、黒の顔をみつめている。

 黒は目を細めた。


 「都古は気づいてたんだ。・・・・・真也、君の攻撃は的を射ていた。・・・・腕の持ち主は、少なくともあの時、命逢みおにいたんだ・・・・・。」

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