第84話 癒 5

 光弘みつひろ真也しんやたちと共に屋台を巡りながら、ゆい九泉きゅうせんの行方を探っていた。


 都古みやこであればあるいはなにか掴んでいるかとも思ったが、全くその様子はない。


 都古のどこかに宵闇よいやみに繋がる綻びや、九泉の存在に繋がる気配を見いだせないかと思ったが、手がかりをみつけることはできなかった。


 九泉の生存に関する糸口が見つからず焦りを覚えながら、ゆいは、光弘の能力があまりに不安定であることにも気をもんでいた。


 命逢みおという特殊な場所が関係し、光弘が少し声を発するだけでもかなりの影響を周囲に撒いてしまっているのだ。


 白妙はいち早くそれに気づき、彼らが気兼ねなく話せるよう、気を利かせ神妖の少ない上空にあえて彼らをに浮かせるなど、フォローしてくれていた。


 上空であれば光弘も多少話せるようにはなったが、この人は高所への恐怖を異常なほど強く感じるのだ。

 本当ならば自分が支えとなり守りたかったが、この小さな体では抱きしめることなどかなわない。

 勝が光弘を力強く守ってくれているのを、癒は頼もしく思い、同時に寂しさと胸が焼けるような苦しさにさいなまれた。


 エビ釣りの店では、勝を救うためとっさに光弘が力を使った。

 この時も、ギリギリのところまで手を出さずに見守っていた癒は、光弘の使った強すぎる力にピクリと反応した。


 まずいな・・・・・。


 勝を襲ったサメは、赤黒い光を帯びていた。

 恐らく何者かに操られているのだろう。


 そのことは癒にとって、全く興味のないことだったため、記憶の片隅に残すにとどめただけだった。

 だが、サメの生命に関してはそうはいかない。


 光弘はとっさに言霊を撃ったため、全く力の制御ができていなかったのだ。

 勝を守りたいという強烈な想いが、真っ直ぐにサメに撃ち込まれてしまったのだ。

 

 そのままにしては、相手の命を確実に奪うことになる。

 『やめろ』という言霊が、呪いのようにサメの全身の細胞に連鎖し、全ての生命維持機能が活動を止めようとしていた。


 ちっ・・・・・。


 癒は心の中で舌打ちした。


 サメが死ぬことなど、自分にとってはどうでもいいことだ。

 だが、もしそうなれば、この人はひたすらに自分を攻め続けるのだろう。


 身体を痙攣させ、のたうちまわるサメを見つめると、癒はそこに注がれた言霊の能力を密に全て打ち消しのみこんだ。

 瞳が紅く、鋭く輝く。


 回復まではしない。

 術の解除だけすれば十分だろう。

 術から解放されたサメは、ゆっくりと海の底へもぐって行った。


 癒はそしらぬふりで、光弘の肩の上で身をよせた。


 自分が傍にあることを、この人はどの人生においても、一度も望むことはなかった。

 この人は自分がかかわることを嬉しくは思ってくれないのだ。

 だから癒は、あらゆる意味で光弘の妨げにならないよう、やりすぎてしまわないよう、自分の存在が暴かれることのないよう、ひっそりと見守ってきたのだ。


 2年前に光弘を苦しめていたあの子供たち。

 癒の本心で言えば、彼らなど鬼界の妖鬼どもの群れに投げ込み、八つ裂きにしてやってもまだ足りないほどだ。

 だが、この人は、自分にかかわる者は善悪にかかわらず、全て自分の力をつくすべき相手だと考えている。


 自分自身がそんな彼に救われた張本人であるからこそ、癒は自分の力を光弘の想いに対して従順に、彼の妨げにならないよう徹底して行使するようにしていた。


 光弘は共に過ごすようになった、この真也たち3人のことを心から信頼しているようだった。

 そのことに少しやきもちをやきながら、癒は不思議な感覚を3人に感じていた。

 どこかであったような気がしてならない。


 そのことに考えをめぐらせていると、すぐ近くにやしろとたまよりの気配を感じた。

 2人に案内された大樹の上で、癒は失くしていた緑想石りょくそうせきを目にし思わず固まった。


 この石の存在を知っているのは、自分とこの石を作った本人だけである。


 緑想石は、癒の記憶を渡らせる力を込められた石である。

 圧倒的な力をもつ妖鬼である癒といえど、転生後の記憶を自分の力だけで完全にとどめおくのは限りがあった。


 そこで癒は、この石の創製者と共に緑想石に自らの記憶と知識を預け、転生する際は必ず傍らにあるよう、強力な術を施したのだ。

 役目としては、癒が転生し記憶の確認を終えた時点で果たされてはいたが、かといってこの石が誰かの手に渡るのは問題だった。

 下手に力のある神妖が手にすれば自分の正体を晒すことになるのだ。


 本来、転生後の肉体に耳飾りとしてしっかりはめこまれているはずのその石がなくなっていることに、実は癒自身気づいていなかった。


 癒は情けなく思いながら、その石が光弘の手に渡るのをじっと見つめた。

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