第65話 手持ち花火 3


 「ともせ。」


 都古みやこが言葉にすると同時に、しょうの持っている花火の先に火がついた。


 「おぉー!」

 「やるなー。都古。」


 俺たちは素直に感嘆かんたんの声を上げた。

 光弘みつひろは「凄い!」という表情で小さく拍手をしている。

 花火から青い光がシャワーのように広がり、時折青白い小さな灯のかたまりが吐き出され、ふわりふわりとただよっている。

 花火を持っている勝が、変な顔をして俺たちを振り返った。


 「なーなー。なんか、この花火、怖くねぇ?人魂ひとだまみたいのが飛び出してくるんだけど。」

 「いいだろ、それ。狐の神妖じんようの店に売ってたんだ。他にも面白い店があってさ。いろんな匂いがする花火と、ちょうが飛び出すやつと他にも色々・・・これなんか、小さいドラゴンが出てくるって言ってたぞ。」

 「マジか!それやろうぜ!それ!」


 勝のリクエストで、ラップの芯ほどの太さがある、赤地に朱色で竜の絵がたくさん描かれた花火に火をつけてみることにした。

 ところが、都古が火をつけようとしても、これがなかなかかない。


 「勝。お前、間違っても花火の中覗いたりするなよ。危ないから。」


 俺はそう言ってから、都古の代わりに試しに挑戦してみることにした。


 「灯せ。」


 俺が言霊を放つと、ジュワァッという音と共に、筒の端が焼けた炭のように真っ赤になった。


 「ちょ・・・・これ、中で何かが凄い暴れてるみたいなんだけど・・・・・。」


 花火を自分の身体から離そうと伸ばしている勝の手が、反動でブルブルと震えている。

 これは、なんだか危険な予感が・・・・・。

 そう思った瞬間、花火の先から物凄い火柱が立ち上り、ゴウゴウという音が響き渡った。


 「げぇっ!火の中に何かいるぞ!」


 眩しさに目を細めて、オレンジ色の炎を見ると、中から俺たちの胴体くらいの太さはある炎の竜が、目をギラギラさせて細長い身体を夜空へと伸ばし始めた。

 竜は川に放流された魚のように、一気に空へと駆け上がっていく。

 ほっとしたのもつかの間、燃え盛る竜が次から次へと凄い勢いで火花の中から湧き出してきた。

 最終的に100匹ほどの竜を吐き出し、ようやく花火の火は消えた。

 言わずもがな、勝は放心状態で固まってしまっている。


 「えーと、勝くーん?大丈夫ですかー?ホントごめん。小さいドラゴンって、実際よりもって意味だったのかもー・・・って。聞こえてますかー?」

 「真也・・・・・・やべー・・・・。やべーよ、今の・・・・・・。超最っ高じゃねーか!」

 

 知らなかったこととはいえ、やりすぎたと思って冷や冷やしていた俺と光弘は、勝の興奮している様子に、安心して思わずため息をついた。


 「どうした?次!次やろうぜ!」


 なんか、ショック療法みたいになっちゃったけど、勝に少しでも元気が戻ったなら本当に嬉しい。

 俺たちは、はしゃぎながら花火に次々と火を点けていった。



 たくさんあった花火も、ついに最後の1種類を残すだけになった。

 最後の花火は、最初からすでに決めてあった。

 光弘リクエストの線香花火だ。

 俺たちは、みんなで円を作り花火に火を点けた。

 見知っている線香花火より一回り大きいそれは、オレンジ色の元気で小さな花をたくさんはじき出し始めた。

 はじき出された炎の花は、ゆっくりと地面まで落ちていき、触れると同時に崩れるように消えていく。

 その様子を見つめながら、勝がポツリとつぶやくように口を開いた。


 「あの時さ・・・・・。みずはが俺らに頭下げた時・・・・・。あいつのちっちぇえ手が震えてんの、見ちまったんだ・・・・・。」


 俺たちは、黙って勝の言葉の続きを待った。


 「あいつが本気で俺に謝って、心配してくれてるのがわかったから。俺・・・ホントはゲロ吐きそうなくらい、ビビってビビってどうしようもなかったのに・・・・・。大声で叫びたいくらい怖くてたまんなかったくせに・・・・・。バカだから、かっこつけたくなっちまったんだよなー・・・・・。店にいる時は気ぃ張ってられたのに・・・・・まさか、自分がこんなボロボロになるなんて思わなくてさ。・・・・心配させて悪かったな。・・・・・ありがとう。みんな。」


 花火の温かい灯りの中、勝はニッコリ笑った。

 俺は燃え尽きた線香花火を勝の手から取り上げ、肩に腕を回した。


 「俺らさ。お前のそういうとこ、凄い好きだからな。・・・・・変わるなよ。勝。・・・・・・お前、かっこいいよ。」


 俺の言葉に、光弘も都古もはっきりとうなずいた。

 勝がうつむいてしまったのを都古の線香花火の玉が落ちたせいにして、俺たちは、勝の涙が止まるのを待った。

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