第63話 手持ち花火 1

 再び屋台通りに繰り出した俺は、しょうに気づかれないよう、都古みやこ光弘みつひろに目くばせした。

 2人とも「分かってる。大丈夫だ。」という風に、うなずいてくる。


 俺は2人にうなずき返すと、フラフラした足取りで前を行く勝の肩に手を回し、耳元で話しかけた。


 「なぁ、さっきパンケーキとクレープの屋台が見えたんだ、あれ絶対都古が欲しがると思うんだよ。」

 「おう。いいじゃねーの。んじゃ、その店行こうぜ。」

 「いや。勝は都古と一緒に先に湖まで行っててくれよ。こっそり用意して都古を驚かせよう。俺と光弘でもらってくるからさ。それまで都古のこと、誤魔化ごまかしててくれ。」

 「おう。分かった。んじゃぁ、先行ってるわ。」

 「頼んだ。」


 「都古ー。真也と光弘、便所行ってくるってよ。お前迷子になったら危ねーし、先に湖んとこ行って待ってようぜ。」

 「そうだな。先に行っておくか。」


 なんで便所?

 もうちょっとましな理由なかったのか。

 しかも、勝のやつ。はらいの存在、すっかり忘れちゃってるな。

 迷子になったって、神眼しんげんを使って移動すれば簡単に合流できるんだけど・・・・。

 とりあえず、今の状況では好都合だからよしとしよう。


 勝によって、なぜか便所行きのレッテルを貼られた俺たち2人を見て、都古が苦笑いしながら、こちらへこっそり親指を立てて見せた。

 とりあえず、勝のことは都古に任せておけば問題なさそうだ。



 ”えび釣り”で、巨大サメに襲われた後から、勝はずっと顔色が悪いままだった。

 みずはを気遣い、無理矢理感情を押し殺してしまったのだろう。

 だが、みずはに飲み物を分ける勝の手が震えていることに、俺たちは気づいてしまった。

 温かい食事で少し落ち着いたようにも見えたが、店を出た後もいつもと違ってフラフラと頼りない感じだし、たった今俺が腕を回した身体は冷たく冷え切っていた。

 命を危険にさらされた恐怖・・・・本能からくる心の震えは、そう易々やすやすと抑えきれるものではない。

 なんとか勝に吐き出させてやりたい・・・・そう思いながら辺りを見回していた俺の目に飛び込んできたのは、手持ち花火の屋台だった。


 勝は花火が好きだ。

 ちょっとは元気が戻るかもしれない。


 勝と都古が歩き出したのを見届けてから、俺と光弘は急いで花火の店を回り始めた。

 4件ほど回り、手持ち花火や仕掛け花火をそろえると、祓を使って湖のほとりへと移動する。

 ゆっくり歩いてむかってきている勝と都古が到着するには、まだほんの少し時間がある。

 隠れておいて驚かせてやろう・・・・そう光弘と相談し、俺たちは近くの木の陰に身をひそめた。


 光弘が人差し指を口に当て、ゆいに「静かにしていてくれ」と、合図をしているところへ勝と都古が現れた。

 どこか覇気が感じられない勝は、会話が尽きるのを恐れているのか、とりとめのない話を延々と続けている。

 湖のほとりへたどり着いた2人が大きな岩に並んで腰かけた時、勝の口から流れ続けていた言葉が不意に途切れた。

 俺と光弘が「行こう」と目で合図をした丁度その時。

 都古が勝に向かって静かに口を開いた。


 「・・・・・・勝・・・・・。もういい。もう、いいんだ。」

 「?・・・・・何が、もういいんだ?」

 

 何のことかわからないという風に首をかしげる勝。

 そんな勝の顔を覗き込むようにして、都古は話を続けた。

 

 「お前、だいぶ無理をしているぞ。いい加減気持ちを緩めろ。命が危険な目にあったんだ。怖いと思って当然だ。・・・・・・怖かったよ。私も、物凄く怖かった・・・・・。お前を失ったかと思ったんだ。」


 うるんだ瞳で真っ直ぐに自分を見つめてくる都古の言葉に、勝は大きく息を吐いた。


 「都古・・・・お前って、いいやつすぎるぞ。」

 「勝にほめられるなんて、気持ちが悪いな。」

 「ばーか。ディスってんだよ。過ぎるから、いい加減にしとけってな。」


 勝は寂しげに笑うと、倒れ込むようにして都古をきつく抱きしめた。


 「くそっ。かっこわりぃー。なんでバレてんだよ。・・・・・結構必死こいて隠してたんだぜ。」

 「ばーか。お前が隠し事してるのなんてな、生まれた時からお見通しだっつーの。」

 「はははっ。それ、俺が祭の前にお前に言ったやつじゃねーかよ。」

 「そうだな・・・・。お前がくれる言葉は、いつもどこか温かい。」


 都古は、勝の涙がポタポタと肩を濡らすのを感じた。


 「・・・・・よく、こらえたな。勝。」


 そう言うと、都古は震える勝の頭に手を置き、頬を寄せた。

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