第17話 白妙>出会い 2

 白妙しろたえは珍しく動揺していた。


 分身体を通して伝わってくる情報に考えを巡らせながら進み続けるうち、気づけば都古みやこの心の中心までたどり着いてしまっていた。


 目の前に、都古の心の核にあたる部分が激しい炎をまとい、浮かんでいる。

 そのすぐ上には、クラゲによく似た姿の防神さきもりが、都古の心を大切に包み込むように無数の長い脚を垂らし、淡い光を放ちながら体を揺らしていた。


 「やはり難儀なんぎしそうだ。ここからは分かれるぞ。」


 『心得ている。』


 白妙は分身体と繋がっている意識の回路を断ち、精神を集中させた・・・・・。


*************


 回廊を断った後、都古に憑依している白妙は、先ほど目にした苦みを伴う色の気配に、再び険しい表情を見せていた。


 確かめたいが、すでにその色は鳴りを潜めかけらも感じることができなくなっている。

 それに、この状況では深追いするわけにもいかない。

 今はなによりもまず都古を元に戻すことが先決なのだ。


 都古が能力を暴走させれば、最悪、世界が壊れてしまうことにもなりかねない。

 今は自分を見失っているがために連中をひずみへ放り出そうとしているが、本当にそんなことをしてしまえば、誰よりも後悔をするのは都古なのだということを白妙は知っていた。


 白妙は深く息を吐いて気持ちを切り替えると、野崎たちと向き合った。

 都古が正気を取り戻すための時間を稼がなくてはなるまい。


 そう考え、能力を使い強引に野崎の携帯を手に入れる。

 それを操作しながら、白妙は野崎たちのあまりの低劣ていれつさにほとほとあきれ果てていた。


 都古の2人の友人は、白妙が都古に憑依した瞬間から変化を感じ、警戒心むき出しでこちらをにらみつけている。

 真也しんやという少年からは強い信念と噴き出すような激しい想いが伝わってくる。

 愚直なまでにただただ友人たちの事を想っているしょうの心の色と強さは、白妙の目にとても好ましく映った。


 光弘みつひろに至っては憑依する以前から自分の存在に気づき、驚きに目を見開いていた。

 そして今も常に隙の無い眼差しでこちらを警戒し、真也たちを逃そうとしている。


 それに比べ、野崎を始めとした連中は全くお粗末すぎた。

 本当に危険なものを前にして、それに気づくことすらできないとは。


 ・・・・・哀れな。


 心の中でくさしながら、都古の心が正気に戻る時間稼ぎについて算段していた白妙だったが、どうも連中の口から湧いて出る雑音が、羽虫のごとく煩わしく思えてかなわなくなってきた。


 少し脅すくらいであれば問題なかろう。


 そう、勝手に結論付け、白妙にしてみればほんの少し、ろうそくを吹き消す程度の能力ちからを使い、閃光玉を破裂させてやった。


 突然現れた白妙の存在と能力の行使により、近くにいた神妖じんようたちが怯え逃げ惑い始めた。

 その影響を受け、天候が一瞬で嵐へと変化し窓を割らんばかりの風雨が吹き荒れた。


 腰を抜かして立てずにいる野崎たちの間抜けな姿に気を良くした白妙は、「もう少し仕置きをしてやろう」と、彼らの頭の中を覗き見ることにした。


 始め、連中を脅すための情報をいくつか得るだけのつもりでいた白妙だったが、その記憶の中に光弘に対する数えきれないほどの凄惨せいさんな仕打ちを見つけ、絶句した。


 冷酷な炎が怪しく白妙の心を舐め上げる。


 都古が自分を見失うほどの激しい怒りに飲み込まれてしまった理由が、白妙にも苦しいほどに理解できてしまった。


 クズどもが。


 心の中でそう吐き捨てると、白妙は、それまで貼り付けていた笑顔の仮面を脱ぎ捨てた。


 電気を帯びたちりの粒を無数に作り上げ、床にへばりついている野崎たちへ容赦なく叩き込む。


 たったそれだけの攻撃で、命乞いを始めた連中の姿に、白妙の怒りの炎はさらに激しさを増した。


 同時に、あれほどの仕打ちに、たった独りで耐え続けるしかなかった光弘の苦しみを想い、白妙は顔を歪めた。


 私がとがを負えばよい。

 こんな連中を残しておいてなんになるというのだ。

 消し炭にしてくれるわ。


 白妙が指に力を込めた瞬間、教室の中にカラカラとマジックペンの転がる音が響き渡った。


 白妙は驚いた。

 今この教室の中で自由に動ける者は、自分の他にいないはずなのだ。


 転がったペンを注意深く見てみると、ごくわずかにだが能力を使用した痕跡こんせきが残っている。

 そしてそれは、光弘の方へむかいかすみの帯のように伸びて伝わっていた。


 白妙は目を細め、静かに光弘を見つめていたが、すぐに肩の力を抜いて視線を外し息を吐いた。


 光弘に止められなければ、失態を犯し危うくミイラ取りがミイラになってしまうところだったのだ。

 白妙は心の中で光弘に礼を述べると、再び野崎たちに向き直り甘い契約の話を持ち掛けたのだった。

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