第48話 送迎

 埼京線で新宿に向かい、魔王は新宿の街を歩いてみた。どこもかしこも人間だらけで、歩いているうちに気分が悪くなってきた。人間をのさばらせれば、空も大地も水も、空気すら汚染された世界になる。やはり人間は、その数を大幅に間引まびく必要があった。この薄汚い世界の空を、サラマンダーで埋め尽くしたなら、人間どもはどんな表情を見せるのだろう。そのためには一刻も早く魔力を取り戻す必要があった。

 ほぼ一日かけて、東京の街を見学して歩いた。腹が減ったので、通りにある小さな店でたこ焼きを買って食べた。初めて食べるたこ焼きはうまかったが、不用意に放り込んだせいで、口の中を火傷した。


 浮間船渡うきまふなとに着くと、歩いて甘王家に向かった。陽はかげり、あたりは暗くなりはじめていた。


 人気のない道を歩いていると、自動車とかいう液化燃料えきかねんりょうで動く荷車が自分のすぐ脇に並んだ。箱型で黒色のその車は、速度を落としたまま甘王と同じ速度で並走へいそうを続けている。無視して歩き続けていると、その車から不快な音が鳴り響いた。相手の注意を引く際に鳴らすクラクションとかいう機能だろう。新宿で何度か耳にしたが、近くで聞くと思った以上に威圧的いあつな音だった。


「よぉ、お前甘王だよな?甘王隆。そうだろう?」


 自動車の窓ガラスが下がり、若い男が声を掛けて来た。黒い眉毛と比較して、不自然なほどに茶色い髪をしている。


「確かにワシは、この世界では甘王隆と呼ばれておる。して、お主は何者じゃ?」


 茶髪の眉間に皺が寄る。


「お前ふざけんてんの?なんだよ、その喋り方」


 自動車の中から、茶髪が火のついた煙草を投げつけてきた。煙草は甘王の左胸に当たると、火の粉を散らして歩道に落ちた。


「ふむ。どうやらワシとお主は、友好的な関係ではないらしいのう」


「何言ってんだ、てめぇ。おい、ちょっと止めろ」


 茶髪が右隣にいる男に声を掛けると、自動車は車道の脇に停車した。どうやら右側の男が自動車の御者ぎょしゃであるらしい。


「タカシちゃん、おれのこと覚えてねぇの?」


 自動車のドアが開き、茶髪が車道に降りて来た。茶髪の男は背こそ甘王より高かったが、細く貧弱な体つきをしていた。


「お前ニートだよな、タカシちゃん。バイト先で女にいじめられて、ニートになっちゃったんだろ?」


 甘王の前に立ち塞がり、茶髪が顔を近づけ声を荒げる。ひどい口臭だった。


「ニートは止めた。今は魔王をしておる」


「わけわかんねぇな。前からアマオウだろうがよ」


 魔王と甘王を混同しているようだが、音が似ているから仕方がない。


「で、ワシに何のようじゃ?寒いのでなぁ、さっさと帰ってお茶飲みたいんじゃがな」


「だったら送ってやるよ。後ろに乗れや」


 薄笑いを浮かべながら、茶髪が自動車の後部座席を指し示す。


「それはありがたい。自動車とやらにも乗ってみたかったところじゃ。電車と違って少し狭いようだな」


 黒くツヤのあるドアが音もなくスライドした。建物にある自動ドアとかいう技術が、この小さな荷車にも装備されていることを知って、甘王は少なからず驚いた。


 茶髪に促され、後部座席に乗り込んだ。中は薄暗く、大音響で音楽が鳴っている。


「アマじゃん。すげぇな」


 甘王の姿を見て、後部座席に座っていた大柄な男が声を上げる。図体はでかいが、ニキビの跡が残る幼い顔をしている


「ワシの家は知っておるのか?今日はオ・カァサンが夕飯を作ると申しておったのでの。急いでくれ」


 前の席に乗り込んだ茶髪と隣のニキビが同時に笑い出す。茶髪の隣にいる金髪の男も、ハンドルを叩きながら笑っていた。


「お母さんの夕飯かよ。いいねぇ引きニート様は」


 茶髪が煙草に火を点けながら甘王を見る。


「すぐに送ってやるよ。けどな、その前にちょっとだけ寄り道するからよ」


 茶髪が吐き出す煙草の煙が不愉快だった。中にいる他の二人もいけ好かない。どうやらトラブルに見舞われたようだと悟ったが、車のドアは開いたときと同じように音もなく閉じていた。

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