第20話 追憶編・強制相合い傘(後編)

 そして授業も普通に進み、滞りなく1日が過ぎてゆく。


 登校中に交わした会話もあり、しばらくはワクワクしていた六花。

 だが結局、何のイベントも無いまま放課後を迎えていた。


 その頃になると、朝の占いの事などスッカリ頭の中から抜け落ちているのだった。


 しかし。


 いざ帰ろうと、尚哉とともに下駄箱に向かっていると──にわかに雨がポツポツと降り始めてくる。


「おー……さっきまで晴れてたのに、急だねえ。間が悪いというか。どうせなら家に帰り着いてから降ってくれればなー」


 そのセリフを聞いた瞬間、六花は朝と同じようにビビッと来た。


(これだ! これに違いない! そういえば、朝ナオくんは傘を持っていなかった。ラッキーイベントの正体は……乙女のドキドキイベント、【相合い傘】……!)


 当の本人は今の今まで忘れていたくせに、一瞬でそこまで思い至る。なんとも現金なものであった。


「ナオくん、そういえば傘持って来てなかったよね?」


 だがしかし、この流れから何度か痛い目を見てきた彼女。その経験からか、決して油断はしなかった。なぜなら、彼は妙に抜け目ない所がある。もしかすると、六花のように折りたたみ傘でも忍ばせているかもしれない。


「だね。傘、持って来てないや」


 そこで彼は『ふう、やれやれ』といったリアクションをとった。

 そのセリフを聞き、なおかつリアクションまで見た六花は今回の勝利を確信した。尚哉に悪いとは考えつつも、思わず内心ではガッツポーズ。


「ナオくんっ、良かったら──」


「はっはー! なぁんちゃってね。置き傘してるんだよなぁ、コレが!」


 おどけたように尚哉がそう言った瞬間、六花は凍り付いた。


「ア、アハハ。ヨカッタ、ソウナンダネ」


 そのぎこちない様子を見て尚哉の頭脳は覚醒し……例の如く、そのギアを一段階上げる。


(これは……? りっちゃんは今、俺に傘の有無を聞いて若干嬉しそうにした。だが、彼女は決して人の不幸を笑う子ではない。そして……置き傘の存在を聞いた時点でその様子が霧散した? コレが示すものは……。考えろ、八坂尚哉……! 彼女は何を望んで、俺は何を為すべきか。いざ、正答を導け──!)


 そして、少年は【解答】へと至る。


「ふぅ~……」


 おもむろに傘立てへと足を運ぶ尚哉。


「ナオくん……?」


 その中から彼は自分の傘を見つけ出し、取り出す。


 そして。


「フゥン!!」


 ベキッという嫌な音。


「ナオくん!?」


 なんと、尚哉はあろうことか、自らの傘を叩き折ったのだ!


 火事場の馬鹿力でも発揮してしまったのか──無残にも折れ曲がる傘。


「いっけね! 傘、ウッカリ壊しちゃったよ!」


 もはや、『ついウッカリ』でも何でもない。白々しらじらしさにもほどがあった。


「ナオくん!?」


「りっちゃん、厚かましくて申し訳ないんだけど……俺が傘を持つからさ、良かったら一緒に入れてくれない?」


「!! 喜んで!!」


 大喜びの六花。

 目的の【相合い傘】が出来る。その事実から、彼の奇行の事は頭から飛んでいたのだった。


 そして、くっつきながら和気あいあいと帰りゆく二人。



 そんな茶番めいた一部始終を見てしまった者がいる。帰り際の挨拶として声をかけようとしたら、いきなり尚哉が奇行に走り出したので、思わず声を失った少年──ノブだ。


(いやいや! あいつ何やってんの!? バカなの!? 草薙も草薙だよ! 最初は驚いてたくせに、今は嬉々として尚哉を受け入れてやがる! あいつら……どうなってんだよ!?)


 至極、真っ当なその心のツッコみは、誰の耳に入る事もないのであった……。

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