第13話 私の贖罪、一歩目(後編)

「りっちゃん、あの」


「なに? もう落ち着いたから心配しなくても大丈夫だよ?」


「そうじゃなくて。確かに、最初『まずはアパレル系でものぞいてみる?』とは言ったけど……。なんで、いの一番に女性用下着コーナーに連れてこられてるの、俺」


「ナオくんこういうのは嫌い? 好きで興味あるかなって」


 開幕のお店選び。私はナオくんを女性用下着コーナーへと連れて来ていた。


「今度、りっちゃんが俺に対して普段どんな評価をしてるか話し合おうか」


「あっ、そうだよね。私みたいな裏切りクズ女の下着なんて──」


「そこじゃないから。最初は服や小物でも見るのかと思ったら、いきなり男にとってディープなコーナーに連れてこられたわけで。りっちゃんの意図が計れずに困惑してるんだよ」


「困惑……嫌いではないの?」


「好きって言っちゃうと、まるで俺が下着フェチみたいで抵抗があるけど……普段は縁のない場所だから、性癖としてではなく単純に店舗としての興味はある」


「そういえば、『よほど深い付き合いになった彼氏じゃないと、下着コーナーは厳しいかも。男の子って、被害妄想──は言い過ぎかな、どうしても周りからの目を気にしちゃうみたい』って、お友達が言ってた……。デリカシーなくてごめんね」


 深い付き合いのナオくんなら大丈夫かなと思ったけど、ここは反省。


 そうだよね。男の子って体裁ていさいを気にするし、尊厳は守らないと。


「いや、周りの目なんかは全く。悪い事をしてるわけでもないし。りっちゃんが俺のことを特殊性癖を持ってる変態野郎って思ってないなら別に。なんなら、どんな下着がりっちゃんに合うか一緒に見繕みつくろうけど?」


「相変わらずナオくんのメンタルは強靱だね!?」


 まさか照れるどころか、一緒に選んでくれるとまでは思わなかったよ!!


「普通だよ。ただ、印象から見繕うだけで試着姿は見ないから、そこは容赦してね」


「え、見てくれないの?」


「そうやってナチュラルに誘惑してくるの、マジで止めてくれる? りっちゃんレベルの子が言うとシャレにならないというか……いちおう俺も男なんですけど。そう──狼なんだよ」


「それって、私にも狼さんしてくれるってこと? それなら遠慮なく食べれば良いんじゃない?」


 無理矢理はダメって? いやいや私、ナオくんなら大歓迎だよ。他の人は絶対に嫌だけど。


「…………」


 私の返事を聞いたナオくんは、頭を抱えて『やはり……スイッチが……』とうめいていた。スイッチってなんだろう??


「いらっしゃいませ! 何かお探しですか? もしくはお手伝いいたしましょうか? ──って、すごくキレイな子!? ……すいません、失礼しました」


 そこで、店員のお姉さんが話しかけてきてくれた。お世辞のリップサービス付きで。


「いえ、はい。あ……でも、ナオくん、どう? 大丈夫?」


「ん? 店員のお姉さんを交えてってこと? 全然大丈夫」


 彼は早くも立ち直っていた。


「わあ、お二人とも仲がよろしいですね! 恋人ですか?」


「恋人ではないです」


 私的にはそれでもいいけど、無難に答える。


「じゃあ兄妹ですか?」


「いえ、普通に友達ですけど」


 今度はナオくんが返事をする。


「えっ……これだけ仲睦なかむつまじく下着選びに来て、普通の友達……?」


 お姉さんが困惑するのも無理はない。ここは私が正解を言おう。


「友達以上恋人未満、奴隷未遂です」


「奴隷未遂!? どんな特殊な関係性ですか!? ……コホン、失礼しました。とにかく、とても仲がおよろしいということで」


 動揺したものの一瞬で立ち直るお姉さん。さすがプロ。


「いえ、店員さんが混乱するのも当然です。えっとですね、彼女とは幼馴染みで距離感が近いんですよ」


「ああ……そういう事ですね。奴隷って単語は──聞かなかった事にします」


「話が早くて助かります」


 ナオくんが説明すると、途端に場は収まった。さすがナオくん。


 あ、そうだ。肝心の下着を選ばないと。


「えっと、さっそくいいですか? とりあえずサイズを測り直してもらいたいんですけど、今までのサイズが──」


「りっちゃん!」


「わ! ビックリした。急に叫んでどうしたの?」


「いま、シレッとスリーサイズ口にしようとしなかった……?」


「うん、したけど」


「それ、個室かどこか……フィッティングしてもらう時に言おうね?」


「? ナオくんがそう言うなら」


 別に、店内は女性しかいないし良いのでは……とは思うものの、ナオくんの言う通りにした。


 店員さんは、さすがに手慣れたものだ。そんなにナオくんを待たせる事なく戻れた。


「お待たせ。最近ちょっとサイズがキツくなってると思ったらね、やっぱり──」


「りっちゃん、いま測ったサイズも言わなくていいから。とにかく、俺が手伝えるのは色とデザインの選択だけだよ」


「そう……? それじゃあ選ぶのに意見もらってもいいかな?」


「あの、お邪魔でしたら私、はずしましょうか?」


 店員のお姉さんが気遣いから、そう提案してくれる。


「いえ、ここはやはり専門の人の知恵もお借りしたいので」


 彼は一切の迷いなく返事をした。


「そ、そうですか。なんといいますか……お客様、すごいですね」


「? いやいや、俺、目利きなんかできませんし。素人に何をおっしゃってるんですか」


 ナオくんとお姉さんの会話が噛み合ってない。


 そして三人で『ああでもない、こうでもない』と吟味した結果。


 白、黒、ライムグリーンの上下、三つをチョイス。レースをあしらった可愛いやつだ。


 ナオくんは一仕事やり遂げたような、満足そうな表情だった。


 私も、彼の好みのモノを買えて喜んだ。


 店員のお姉さんは、なぜか憔悴しょうすいしたような顔付きをしていた。


 まあ、まだここは一店舗目。


 彼とのお出かけはまだまだ続く。

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