第2話 六花編1・出会い。そして裏切り
彼──ナオくんこと、
彼の第一印象は【変わり者のヒーロー】。
最初は他の子と一緒になってイジメてくるのかと思い絶望していた。
でも……気づいたら、なんだか変なやり取りの末、私を助けてくれていて。意味の分からない展開に、私もイジメっ子達も全くついていけなかった。
散々けなされてコンプレックスになっていた容姿を褒められ、恥ずかしくなったのは鮮烈に残っている。
家族は褒めてくれこそするけども……身内だし、単なる慰めなんだろうなとずっと思っていた。現に同い年の子たちからは物珍しがられ、指をさされたり、悪ければ今日みたいにイジメられる。
大人の人は『お人形さんみたい』と、稀にお世辞を言ってくれる人もいるけど。
と、それはともかく。『彼と仲良くなりたい』……そんな彼の姿が眩しく映り、お礼と自己紹介をしようと思ったが、どう言葉にしてよいかわからず、まごついてしまう。
そうこうしている内に彼は走り去ってしまった。
私に、『美しい』という言葉を残して────
未だに自分のことを惚れっぽい人間だとは思わないが、一気に好きになってしまった。ずっと色あせることのない、私の初恋だ。
その時は、『仲良くなるどころか、自己紹介すらできなかった……』と後悔の念に
なんと、お隣に引っ越してきたのが彼の一家だったのである。私は人見知りで、引っ越しの挨拶こそロクにできなかったが……すぐに仲良くなることができた。
これもひとえに、家がお隣というアドバンテージと彼の人柄のお陰だ。
それからは──今までの人生の中で一番……ううん、他に比べられるものがないくらい。それほど、夢のような日々だった。
仲良くなった私たちは、彼は尚哉くんだから『ナオくん』、私は
冷やかされたり、男の子からイジメられそうにもなったけど……常にナオくんが守ってくれた。
彼は口がよく回り、気づけば相手のペースをかき乱し、
なんで関節技??
しかし彼のすごいところというか、真骨頂はそこではないのだ。
初対面の時にイジメてきていた男の子達はもちろん……最後には私に絡んでくる輩も含め、全員と仲良くなっていく。それこそ男女関わらずに。子ども時代とか関係なく、そんな事ができる人間は少ないと思う。
そんなこんなで、彼は男女問わず慕われていた。女子の中には『彼の事が好き』と言う子も多かった。
彼は『紳士道は和と関節を重視するんだよ』と言っていた。意味は全く分からないけどすごい。
一方で──私の方は変わらないままだった。ナオくんは相変わらず可愛いって言ってくれるし、『りっちゃんならいつでも大歓迎だよ』とも常にいってくれる。
男の子からイジメられることは無くなったけど……自分に自信がなく、ずっと暗いまま。
その上、一緒にいるナオくんが女子達から人気があるものだから、彼女達からすれば面白くなかったのだろう。見えないところで小さな嫌がらせを受けていた。
嫌がらせは少しずつ、少しずつエスカレートしていく。そして……最高学年に上がる頃には、それはイジメへと発展していた。ナオくんに気づかれないように。
実は、イジメにまで発展した根本原因はナオくんではなかったようだ。年齢が上がるに従って、男子の情緒も変わってきていたのか……なぜか私は密かに異性から人気があったらしい。それが鼻についたのだと思う。
とはいえ、男の子から告白なんてされ始めるのはまだ先の話だけど。今思い返せば、容姿、容姿。私にまつわる環境の原因は、この外見ばかり。
結局、私からはナオくんにこの事を言いつけたり、相談したりすることは出来なかった。
最初は『これ以上、迷惑をかけて嫌われたくない』という想いから。しかし、イジメに変わって少し経つ頃には、なり振り構うような余裕すら無くなった。
もはや迷惑だなんて言っていられない。さすがにナオくんに相談しようと決意する。
でも……彼女達もその事を懸念したのだろう。『もしも八坂くんに言ったらこんなものじゃ済まさないからね?』と釘を刺され、身動きが取れなくなってしまった。
しかし、ナオくんは鋭い。イジメの片鱗があると思うや、すぐさま『りっちゃん、なんか最近おかしくない? また嫌がらせされたりしてない? 何かあったら隠さずに絶対言ってよ?』と、こちらを心配してくれる。
その優しさに私は──『うん、大丈夫だよ! 心配してくれてありがとね』と、反射的につい笑顔で返した。本当は相談するつもりだったのに。
イジメられている分際で処世術というのも
決定的な破局は、この数日後に起こる。
唐突に、イジメの主犯格の女子がこう言ってきたのだ。
「アンタ、八坂くんと縁を切りなさいよ。そうすれば、もう嫌がることはしないであげる。でも……できなかったら、もう容赦しない。代わりに手酷く絶縁できたら、ターゲットは八坂くんにしてあげるよ。言っておくけど女子はほぼ全員、私と結束してるからね」
え、なんで?? 今までナオくんにだけは手を出さなかったのに。理解不能の私は混乱の極地に陥った。
冷静に考えれば、ナオくんがイジメの対象にあう事なんかない、という考えにすら至らなかった。もちろん彼女と全女子が結託しているハズもない。全ては彼女の出まかせだった。
後で回って来た噂によると……この主犯格の女子の好きな男の子が、私に対して好意的だからだという。
でも、おかしな話だ。私とナオくんを引き離したところで、その男の子が彼女を好きになる訳がないのに。結局、悪感情で私に嫌がらせをしたいだけだったのだろう。
そんなはた迷惑な事情の結果、私は究極の選択を迫られる。
死ぬほど辛いようなイジメを覚悟してナオくんを取るか、自分自身の
考えに考えた結果、私は────
「あの、ナオくん」
「りっちゃん、どしたの? 教室に残ってくれって言うから待ってたけど……もうみんな下校してるし、俺らも帰ろうよ。本当は帰ってから急ぎで話さなきゃいけない事があるんだ。ほら、ここのところ話してた件で。ところで──って、ゴメン。話さえぎっちゃったね」
「あ、あの、話、聞いてほしくて」
「いいよ、なに?」
「わ、私、私……」
「あー……何か話しづらいこと? 逃げたり急かしたりしないから。ゆっくり、落ち着いてでいいよ」
「う、うん。私ね、本当はずっとナオくんと一緒にいるのが苦痛だったの。金輪際、関わらないでほしい……」
身を切る覚悟で言う。
ああ、なんて自分勝手な言い分。
助けてもらった上、勝手について回っておいて、その挙げ句が我が身かわいさの絶縁宣言。
私は最低のクズだ、死んだ方がマシなくらい。でも、臆病だから死ぬ勇気もイジメられる勇気もない。
いや……弱い私なんかと違って強いナオくんの事だ。きっと大丈夫、私が絶縁宣言なんてしても────
そう思いナオくんの顔を見ると、目を大きく見開き口をポカンと開け、驚愕していた。
彼と出会って以来、こんな表情は見たことがない。誰がどう見ても、明らかにショックを受けている。その目線は明らかに私じゃない、まるで背後にある虚空を見ているようだった。
それを見て私は本当の意味での自分の罪深さを自覚した。縁を切るなんて言われて……嫌いだなんて言われて傷つかない人間なんているわけがないじゃない! 私は我が身のために、ナオくんを売ってしまったのだ!! あ、ああ、私は、私はなんてことを──!!
気づけば私は教室から飛び出していた。もうこれ以上ナオくんの顔を見ていられない。イジメの主犯格は発言をちゃんと実行するか見張っていたみたいだが、私が突き飛ばして出て行くと、後を追ってくるように彼女も走って逃げ去る。
それから家に帰った後は、もはや心ここにあらず。自室の鍵を閉め、震えながら布団に包まり続けた。
怖い、恐ろしい。
途中で部屋をドンドンと叩く音が聞こえる。もしかしたら、事情が家族にも伝わってしまったのかもしれない。
とにかく恐怖感しかなく、耳を塞いで一晩中、布団に包まっていた。
そして翌日、ナオくんの一家はいなくなっていた。事情があっての急な引っ越しだったそうだ。昨日、帰って話があるとナオくんが言ってたのはこの事だったのだろう。部屋をドンドン叩いていたのも、引っ越す前に顔くらい合わせろと親が呼んでいたらしい。
もう直接顔を合わせることも……ううん、裏切り者の私は、もはや彼と顔を合わせる資格なんかない。
そんな私の様子を見て、お母さんが呆れるように言った。
「はあ……何があったかしらないけど、話せるようになったら事情を話しなさい。ああ、これ渡しておくから。尚哉くんから預かった手紙。『中身は本人だけに見て欲しい』って。気持ちの整理がついたら降りてくるのよ」
そういって、無造作に渡してきた手紙を受け取る。読むべきなんだろうけど、怖い。
自分でしでかした行為だ、報いは受けるべきなのに。そんな勇気すらでない。
どこまでいっても臆病な自分が嫌になる。
手紙の表面を見ると……殴り書きのような字で、『
これはナオくんの怒りだ。
この乱暴な書体を見て、中身の想像がついてしまう。私以外に見せるなというのも、汚い言葉を晒したくないのだろう。彼に対する私の心は──折れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます