第108話・紅竜の決断(陰謀とか好きじゃないんだけど)

 『馬って遅いんですねー』

 「お前と一緒にするな、阿呆」


 とうとう殿下にまで阿呆呼ばわり。傷つくわー。


 「傷つく?とてもそうは思えないが。それより発表の方はどうなのだ」

 『気になるんなら最初からいれば良かったじゃないですか。でも、三人とも他の班の発表見て、相談して修正してましたからいー感じじゃないかと』

 「なら俺が行くまでもないのではないか?」


 その割に混んでる道を避けながらけっこう急いでるじゃないですか、と言うと少し気まずそうになる殿下。


 『……みんなですねー、殿下も一緒に最後は見届けたいと思ってるんですよ。殿下のお陰で研究もまとまって、お嬢さまなんか自信たっぷりに自分たちが一番だと言ってるんですから』

 「そうか」


 ふっ、と微笑んだような気がした。いつも難しい顔をしている殿下にしては珍しい…ってこともなく、研究活動中はこんな顔も見ることが多かったような気がする。

 だから、余計に殿下に愛しさとか親愛とか、なんかそーいう感情が湧き起こってしまって、わたしは。


 『……ぴと』

 「なんでひっつく」

 『や、なんか飛んでるより楽かなー、って』

 「……振り落とされても文句を言うなよ?」


 それでも少しスピード緩めてくれる殿下、好きですよー。

 背中にしがみついたわたしを多少は気遣いながら、殿下の駆る馬は学校に向けてひた走る。




 「馬を頼む!」

 「は…はっ!」


 そして学校に到着し、馬車の停車場で手綱を預けると、わたしと殿下は講堂に駆け込んだ。

 お嬢さまたちの席を探すと、やっぱり一番後ろに陣取っていたからすぐに見つけることは出来て、息をころして静かに長椅子の端に滑り込んだ。わたしはお嬢さまの後ろの位置につく。


 「おつかれさま、コルセア」

 「今どんなところだ、アイナ」

 「殿下もよく間に合ってくださいました。これから成績発表ですわ」

 『間に合いましたねー。よかった』


 並びは向こうからバナード、ネアス、お嬢さまに殿下。そのバナード、ネアスの二人とも目が合って、どちらもホッとした様子。

 四人の頭の高さよりも上に浮いてるわたしは、最前列の向こうにある演台に上ったじーさまと、視線がかち合った。多分、「何をやってたんだか」みたいな目付きだったけれど、それも一瞬のことでじーさまは手元の資料に目を落とし、それを一瞥してから緊張してる生徒ズに顔を向けて、ニヤリとする。


 「……ああ、最初に言ったがそう気負うな。わけぇモンにゃあまだ機会ってもんがある。今回ダメだったとしても、挽回する時間は残されてるってもんよ。んじゃ、始めるか」


 相変わらずのじーさま節に、演台の下に居並んだ先生方はもう苦笑する気にもなれないのか、一様に無表情だ。なんていうか、お疲れさまです。


 「で、細かい結果は後で貼り出しとくが、とりあえず上の三つだけ発表しておく。まず、ベルガルト班の『シルエッタ砲術体系で測る暗素界の優性観測』。ま、儂は砲術にゃあ詳しくねえが、教授陣がえらい褒めておった。砲術体系で観測するという真似自体は目新しかあねえが、観測対象を絞ることで精度を上げるってえ発想が評価された、ってとこらしいな。で、次だが…」


 「ふふ、お祖父様も焦らしてくれますわね」

 「へへ、どうせ俺たちが一番だろ」

 「う、うん……なんだか緊張するね」


 ……なんかどー考えてもフラグにしかならないことを三人が言ってそわそわしてる中、お嬢さまの後ろから殿下の横顔を覗き見る。


 「……どうした?」

 『いえ、なんでもー』


 その視線に気付いた殿下に訝しく見られるけれど、そこは無表情を装う。ていうかトカゲだし。


 「心配事でもあるなら後で話せ」

 『………』


 だからそーいうんじゃないですってば。

 聞こえなかったフリをして、じーさまの発表に耳を傾けたのだったけれど。

 三つめの優秀研究の発表が終わっても……わたしたちの研究は挙げられて、いなかった。


 「………」

 「なんでだよ……」

 「お祖父様……」


 ネアス、バナード、そしてお嬢さまはぼうとしており、「以上だ」と最後に告げたじーさまが降りて誰もいなくなった演台を前に、講堂内もザワついている。

 聞こえてくるのは「なんでだ?」とか、「殿下の班のが一番凄かったじゃないか」とか、どうもお嬢さまの発表は充分会場にインパクトを残していたみたいで、最優秀とされた三つの研究の中に含まれていないことを訝しむ声ばかりだったのだ。


 『……お嬢さま?』

 「……どうして、ですの……」

 『おーじょーさーまー』

 「……お祖父様、わたくしたち……」

 『お嬢さま、ってば。ええいもう、こうだ』


 かぷり。


 「ひきゃあっ?!」


 声をかけても肩を揺さぶっても茫然自失の態、だったお嬢さまの後ろ頭を上顎と下顎で挟み込んだ。よーするに、大口あけて咥えた。

 したらお嬢様ったら、はしたない悲鳴を上げて立ち上がると、後頭部にへばりついたわたしを引っ剥がすと体の前に引っ張ってきて、涙目になってこう言った。


 「何をするんですのこの腹ペコトカゲ!わたくしはエサではありませんわよ!」

 『お嬢さま、ツッコミはありがく頂戴しますけど注目されてますよ?』

 「え?……え、ええそうね。し、失礼しましたわ、オホホホ…」


 普段しない「お嬢様笑い」で誤魔化すと、わたしの愛らしいお口の端をみぎゅぅぅぅぅ…って引っ張りながら着席する。必然的にわたし、お嬢様のひざの上。


 「……どうしたの?コルセア」


 潜めた声をかけてくるネアス。口が横に伸びてるので返事は出来やしなかったけれど、『ふがふが』って言ったら「わかった。後でね」だって。何で通じちゃったの。


 「……なんなんですの?」

 『あーいえ。多分じーさまにも何か考えがあるんでしょーよ。とりあえず今はこういう結果だったって受け入れておきましょ?』

 「そうは言いましても……」


 お嬢さまは、納得いってない風だった。




 「結論から言うとだな。やりすぎだ」


 学園長室で、わたしたちを前にじーさまは珍しくも苦々しい顔でそう宣った。


 「どういう意味ですの?!」


 そんで、お嬢さまは講堂を出てからずうっとそうであったように、不満を隠さない顔で学園長ではなくじーさまと机を挟んでぶーたれていた。


 「どこから話が漏れたか分からんが、お前たちの発表をここ以外に広めないよう圧力がかかった。成績発表の直前にな」

 「どなたが?」

 「理力兵団だよ」


 うわちゃ。

 まあ確かに見る人が見れば応用範囲が恐ろしく広い上に即物的な研究だもんね……いや待て。理力兵団?確かに対気物理学に首突っこむなら一番ありそうなトコだけど、最近わたしたちにちょっかい出してきた連中がいたわね、そーいや。


 『じーさま、じーさま』

 「あん?なんじゃい、コルセア」

 『その口出ししてきた理力兵団て、どこの部署の人か分かります?』

 「……なんでえ、心当たりありそうじゃねえか」

 『あーいえ、ちょっと。ていうかじーさまにも見当つくんじゃないかと』

 「ん?…………そうか」


 思い出したみたい。わたしが第二師団に連行されてあーだこーだ言われたことを。

 お嬢さまには話してなかったけれど、じーさまには包み隠さず話しておいたから、今のやりとりでピンと来たんだろう。


 「どうしましたの、コルセア?」

 「いや、分かった。アイナ、今日は帰れ。儂はちっと野暮用が出来た」

 「お祖父様まで……一体何なんですの」

 『あー、まあじーさま相手にここで抗議してても事態は変わらないんですし、今日は帰りましょ?お嬢さま」

 「……あなた、何か知っていますのね?」

 『ぎく』


 ざーとらしい、とお嬢さまは半目でわたしを睨んでた。まあ研究の結末にも関わるからお嬢さまにも話しておいた方がいいのかも。


 『じーさま、話してもいーですか?』

 「お?……ああ、そのことか。まあアイナや殿下にももう無関係でいろ、とは言えんしな。好きにしろや」

 『ういすー。お嬢さま、帰りながら話しましょ』

 「……また面倒なことになりそうね」


 わたしもお嬢さまも産まれはややこしいことに違いはないでしょ、とは思ったけれど、家族に愛情の深いお嬢さまに言っていいこととも思えず、わたしは馬車の停車場に向かうお嬢さまの後に続いていった。

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