第93話・わたしには友達がいない(こういう相談すべき相手として)

 さてそんなことがあった日の夜のこと。

 わたしは例によってというか困ったことがあるといつもやるように、夜中お屋敷を出て独りで夜空の散歩をして……。


 『出来るわけあるかっ!!こんな寒いのに無理無理無理ぃっ!!』


 ませんでした。

 いやもうね、青颯期も今が真っ盛り。帝国は全土が凍えるよーな冬真っ盛りなわけよ。この世界に「冬」って単語ないけどさ。

 でも言葉は違ったって状況は変わんなくて、身も切るような寒さ、って表現が全く誇張にもならない気温の中、何故にかわたしはガタガタ震えながら帝都上空を行くところもなく漂っていた。


 『……雪が降ってないのがせめてもの救いよねえ……』


 あても無いのは、「なんとかしてきなさい!」とお嬢さまにほとんど追い出されるよーにお屋敷を出てきたからで、なんとかと言われましてもー、と抗弁はしてみたものの結局それも無駄だった。でも事情が事情だけにお嬢さまの悩みも分からないではないし、なんとかしたいのはわたしも一緒だから、言われた通り飛び出してはきたんだけど…。


 『やっぱ寒い。止めときゃよかった』


 ネアスの家にでも避難させてもらおーか、と思った時だった。


 「はぁい。また難しそうな顔してどうしたの?」

 『……あんたか。なんでいつもいつも要らん時に声かけてくんのよ』


 風を避けようと高度を下げた時、久しぶりの紐パン女神が現れたのだ。


 「……その紐パンうんぬんての、いい加減どうにかならないの?」

 『知らねーわよ。あんたのソレがわたしには一番インパクトあんだもの』


 雪に覆われた屋根の上に向けて降下。角度は急でもないので滑り落ちることもなく、パレットの隣に着地。

 これまたいつも通り胡乱げな視線を向けると、目が合ったヤツはニッコリと名前だけ女神の様相に相応しい笑顔になって、よいしょ、とわたしに並んで腰を下ろした。そういえばこの寒さの中とあってか、白のダッフルコートみたいなものを着込んでいる。くそー、こっちは体一つで寒さを凌ぐも何もないってのに。……この件が終わったらお嬢さまにおねだりして何か羽織るものでも買ってもらおう。


 「それで何を悩んでいたの?あたしで良ければ相談に乗るけど」

 『あんたにゃ関係ねーわよ。男女の間の話なんか興味無いでしょ』


 女女間の話ならともかく、と毒づくと、パレットは心外ねー、とむくれてコートの裾の位置を直して本格的に話を聞く体勢になる。長引くのはヤなんだけどなあ。


 「ずうっとあなたのことを見てたわけじゃないから全部知ってるってわけじゃないけどさ。一応は同志でしょ?あたしたち。なら共犯者の悩みくらい聞いてあげる、って言ってるのよ。さあさあ、この世界の愛と恋の全てを知る女神に話してみんさい」

 『とある男の子が好きな女の子にコクったらその女の子には同性の好きな人がいてごめんなさいされました。その後その二人がギクシャクしてます。どうすればいいでしょうか女神さま……って全部聞く前に逃げんじゃねーわよ!』


 予想はしてたけど思ってたより遥かに役に立たなかった。ごめんなさいされました、と言ったあたりで逃げ出そうとしてやがんの。


 「あ、あたしのせいじゃないからねっ?!ネアスちゃんに思い人がいるのに突撃したほーが悪いんだからねっ!」

 『よしお前すぐに降りてこい。ちょうど帝都は燃料が不足気味だからよく燃える炭にしてやる!!』


 こんの女は全く……バナードの気持ち考えたら到底見過ごせない口利きやがって。

 眼下で火を吹きながら見上げるわたしに、紐パン女神はいつものように怯えた顔になり、それでも話は終わってねーからこっちこい、と手招きするわたしを警戒しつつももう一度隣に腰を下ろす。例によって距離は開いたけれど。


 『別にあんたに責任とらせよーなんて考えちゃいねーわよ。ていうかあんた責任とるほどのこと何にもやってないでしょーが』


 思い出の卵を持ち込んだのはわたしの意志なんだし。まあ説明もロクにしやがらなかったのはこいつの責任だけど……あ、やっぱり燃やしたくなってきた。


 「うう、そこまで言われると役立たずみたいでちょっと悲しい…」

 『役立たずは事実なんだからいい歳していじけないの』

 「ヒドいっ?!女神は永遠に十七歳なんだからっ!」

 『役立たずは自覚あるのか……話が進まないから余計こと言わんでよろしい。で、さ。あんた色恋沙汰にゃ詳しいんでしょ?何かアドバイスよこせ。具体的には今晩中になんとかする手立てを考えろ』

 「あたし別に専門家じゃないんだけど」

 『あ?ついさっきこの世界の愛と恋の全てを知る、とか大口叩いてたじゃないの。できねーとは言わせないわよ』

 「口から出まかせを本気にとるとかコルセアちゃんも可愛いとこあちゃちゃちゃっ?!」


 もうこのやりとりいい加減飽きたんだけどなあ、と義務感でダッフルコートの下半分を燃やすわたしだった。




 まあそんなやりとりというか時間を無駄にはしたけれど、ヤツはそれでも助言らしきものはくれた。

 曰く、「こーいうときは男の子の方から歩み寄るのが王道ってもんでしょ?あなた、ネアスちゃんとは話してあるんだから、バナードがネアスちゃんに抱いてるわだかまりを解いてあげればいいんじゃない?」だって。

 もっともなことを言いやがる割には具体性のカケラもねーわね。どんな話をすりゃいいのよ、って問いには「それくら自分で考えなさいよ。友だちなんだから」とグゥの音も出ない返しをされた。

 まあねえ…バナードを友だちだと思っているかどうか、っていうと間違いなく友だちだとは認識してるわけだし、紐パンじゃなくて毛糸のパンツ丸出しで帰っていったおもろい姿に免じて、言われた通りやってみるか。


 わたしはそう考えると、おぼろげにしか記憶にないバナードの下宿(実家は金持ちなのに仕送りはギリギリなのだ)に向けて、我ながら頼りなく背中の羽を羽ばたかせたのだった。

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