第84話・紅竜の告解(夢の中のふたり)

 しーん。


 部屋の中と外は、同様に静まりかえってしまった。

 言うても部屋の中と外で、静かになった理由はずぇんぜん別だろうけど。


 「…………」


 部屋の中は、静かに耳を傾けるとネアスのすすり泣くような音もする。また泣かせちゃった、と後悔をする。


 「っ?!………っ、………!…!!」


 一方、お嬢さまはまだ混乱してた。いや見てる分には楽しいの一言に尽きるんだけども、いつまでもこーしてるわけにはいかないから、ねえ。


 『ネアスー。とりあえずここ開けてくれる?直接顔見てお話ししたいよ』

 「………わかった」

 「?!」

 「ありがとねー……ぐべっ?!」


 混乱の極みにあるお嬢さま、ネアスが歩み寄る気配に混迷を重ねて何故かわたしの首を絞めていた。あの、ふつーに苦しいです。


 「ごめんね、コルセア。わたしやっぱりあなたには……」


 がちゃり。

 やっと扉を開けてくれたネアスの目に入ったのは、真っ赤になって涙目のお嬢さまがわたしの首をつかんで前後に揺さぶる光景だったと思う。


 「…………え?」

 「…………」

 『………きゅう』


 そして、三者三様の理由で動きが止まる中、主の無体な仕打ちによって、わたしは白目を剥いていた。




 く、空気が重い……。


 ここはネアスの部屋。


 自分の椅子に腰を下ろした部屋の主。

 ベッドに腰掛けたお嬢さま。

 テーブルの上に鎮座するわたし。


 黙ったまま客を招き入れ、客は一言も発さず、そして今、ここは人類史にその有様を表現する言葉の無い空間となっていた。……いやある意味修羅場っちゅーかなんつーか。


 『…………あ、あのー』


 空気の重みに耐えかねてわたしが一言発すると、二人は完全に同じタイミングでびくっと肩を震わせていた。なんかおもしれー。


 『…………このまんまでいるわけにもいかないので、何か話しません?あ、わたしお邪魔なよーでしたら席外しまぶっ?!』


 浮かび上がって逃げ…気を利かせようとしたら、お嬢さまに無言で尻尾を掴まれて引きずり下ろされていた。そしてそのまま拘束され、ひざの上に置かれる。


 『あ、あのー、お嬢さまー?』


 普段なら居心地のいいお嬢さまの太ももの上は、さながら針のむしろのよーだった。どーすりゃいーのよ、この空気。


 「……そうね。コルセアの言う通り、暗くなるまでこのままというわけにはいかないわね」


 と、ぜつぼー感を託っていたら、意外にもお嬢さまの方から前向きな発言。わーい、だからお嬢さま大好きー…むぎゅぶっ?!


 「……この要らんことしいの駄目トカゲがやらかしてくれたお陰で、何かとんでもないことになっていますけれど……」


 そ、それは無いんじゃないでしょうかお嬢さまぁ……ぐるじい……。もう少し腕の力ゆるめ……て…。


 「それでネアス。あなたの方から話すことがあるのではなくて?」


 お嬢さまぁ……わたしをけしかけたのあなたじゃないですか……ネアスぅ、助け……。


 「アイナ様、はい。わたしがお話ししなければいけないことを……聞いて頂けますか?」

 「ええ。聞かせてちょうだいな」


 ……あかん。ネアス、静かにいっぱいいっぱいで、わたしのことなんか目にも入ってない……。


 「わたしは……アイナ様のことが、好きです。愛しています」

 「ず、随分とためらいなく言うのね。流石に驚いたわ……でも、わたくしはあなたにいつも辛く当たっていたと思うのだけれど…」

 「いいえ。アイナ様は、小さい頃からずうっと、わたしのことを気に掛けてくださっていました。わたしは、わたしを認めてくださったアイナ様に居並びたいと願い、励んでいたんです」

 「…そうなの?わたくしは、あなたのような才能のある者が追いかける程の存在ではないと思うのだけれど…」

 「それだけじゃありません。切っ掛けは別にあったのかもしれませんけれど、気がついてしまえばわたしはアイナ様のお側に、誰よりも近いところに居たいと強く想うようになったんです」


 ……あ、頸動脈に入って……うげぇ……。


 「……分からないわ。わたくしには、あなたにそこまで想われるほどのことがあるとは思えない。あなたの期待にわたくしが応えられるというの?」

 「好きでいることにそんな理由は要るのでしょうか?わたしは、ずっと見てきたアイナ様を好きになったんです。むしろわたしの方こそ、わたしが望んだ通りにアイナ様に想って頂けるように努めないと……いえ、それよりも」


 ………なんか、頭が白くなてきたぁ……あは、ちょときもちいーかもぉ……


 「…なにかしら」

 「……その、アイナ様は、わたしのことを……どう、思っておいでなのでしょうか……?もしアイナ様に嫌われていたりしたら、わたしは……」

 「その答えはあなたの中にあるのではなくて?あなたが見た通りのわたくしであるのなら、それは自明のことだと思うのだけど」

 「アイナ様はいじわるです!わたしがそんな…!」


 ……なんかもりあがってるなあ……ネアス、こんなにいっしょうけんめいしゃべるなんてめずらしー……


 「……それであればその通りだと思うわ。ネアス・トリーネ。あなたはわたしの好敵手であり、目標であり、そして……」

 「アイナ様……」


 ……あ、ようやくおじょうさまのうでがはなれ………あふん………


 「……コルセア?どうしたの?コルセア……コルセアっ?!」

 「コルセアっ?!」

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