第74話・懐かしきケンカ
「そ、そんなバカな……わたくしのやったことって一体……」
「コルセアぁ…そんなことが出来るなら最初から言ってよ……」
『わたし、大勝利っ!』
両手と両膝を大地についた格好で、お嬢さまとネアスは絶望を味わっていた。
何をしたのかってゆーと、屋敷に着くなりわたし空に向かって短く火を吐き続けたのだ。夕方まで。
そしたら体内に溜め込んだカロリーがいー感じに消費されて、あらびっくりわたしの胴回りと体重も元通り。我ながらデタラメな身体のつくりに誇らしい気持ちになるけれど、まあこれも本題があってこそなのだし。
要は、今まで暗素界から受け取っていた火炎の燃料を、暗素界に頼らずこっちのエネルギーでまかなったらこうなった、ってことだ。そして痩せると同時に暗素界の方とのやり取りも復活。今まで通り飛べるようにもなった。あっちのヤツに文句を言ったら、なしのつぶて。いやまあ、会話とか成立する関係じゃないんだけどね…現界と暗素界って。
「……とにかく、無駄足を踏ませてくれた礼だけはあとでします。で、ネアスまで巻き込んで何をしようというのですかあなたは」
「うんうん」
お嬢さまのお部屋に三人。ていうか、四周目始まってからは初めてなんじゃないかしら、お嬢さまの部屋にネアスがいるの。どっちも気付いてないみたいだから、あるいは中等部時代以前にあったのかもだけど。わたしその時期の記憶が無いからなあ。
で、その広い、広いお嬢さまのお部屋で、応接セットの長ソファーに並んで腰掛けている二人を前に、わたしは対面のソファの上でえらそーにふんぞり返る。こういうのは勿体ぶるのが大切だ。
『えーとですね。お嬢さまたちがやってる研究の突破口になりそーなことを思いつきました。聞きたいですか?』
そしてもちろん二人とも色めき立った。特にお嬢さまの方は身を乗り出してわたしに掴みかからんばかりだった。
「ちょ……な、何ですか突然!そんなものがあるのなら早く白状なさい!ほら早く!早く!!」
ていうか実際していた。わたしの首を掴んで前後に揺さぶる勢いに、わたしは呼吸も出来なくて「ぐぎゃ」とか「ぶへ」とか悲鳴を上げるばかりだったのだけれど、そこはネアスが慌ててお嬢さまを止めてくれたので、なんとか息の根は無事だった。ふひぃ。
『お嬢さま…わたしを殺す気ですかっ?!』
「ご、ごめんなさい……というか、そんな話をしたらわたくしがムキになるくらいわかるでしょうがっ!」
「あ、あはは……まあアイナ様落ち着いてください。コルセアが怯えてますから」
「世界最強の竜に怯えられるとか、わたくしを何だと思ってるんですかあなたは…」
わたしがお慕い申し上げる大切なお方です、とか言い出したらまたひと悶着どころか伯爵家巻き込む大騒動になるところだったろーけど、そこはネアスも急がないと言ったから、体重の戻ったわたしをひざに乗せて「ぷっくら」に戻ったお腹を撫で撫でするだけだった。
「コルセア。あなたわたくしを差し置いてネアスのひざに収まろうなど、忠誠心というものが足りないのではないかしら」
『お嬢さま昨夜わたしが乗っかろうとしたら悲鳴上げて拒否ったじゃないですか』
「もう体重は元に戻ったのでしょう?それならば話は別です。こちらにいらっしゃい」
と、自分の太ももをぽんぽん叩いてこっちゃ来いの構え。うーん、こんなお嬢さまも愛らしくはあるけれど、ネアスにもたれかかってお腹ぽんぽんされるのも至福の感覚。捨てがたい。すりすり。
「ふふっ、コルセアはもうわたしの手つきの虜みたいですね。アイナ様、申し訳ありませんがコルセアは今日からわたしが頂きます」
「何を世迷い言ほざいているのかしらこの娘は。コルセア、こちらに来なさい。忘恩の輩呼ばわりが嫌なら、居るべき場所はそこではないことくらい、お分かりでしょう?」
「だめです。コルセアはわたしのものですから」
「…っ、あなたねえ……」
ただまあお嬢さまもそこは大人げをようやく取り戻して、ネアスからわたしを強引に取り上げることもなく喉のトコをいつも通りに指先でかいぐりかいぐりしてくれたのだった。んー、ネアスにお腹なでなでされながらお嬢さまの指で喉をぐりぐりされるとか、ここは天国かー。
「……ふふっ、懐かしいですね」
「……何がよ」
もう半目が五分の一目くらいになっちゃってるわたしを抱っこしながら、ネアスが何やら感慨深げにそう言っていた。
「こうしてアイナ様とコルセアを取り合ったことがあったんです。アイナ様は覚えておいででないでしょうけれど……」
「……そんなことあったかしら?というか子どもの頃からあなたとこうして席を同じくするようなことなどあったわけが……いえ、あったような気もするわね。何なのかしら」
……?
「気のせいならそれで構いません。けれど、わたしが今こうしてアイナ様とコルセアと、同じ場所にいることはわたしにとってとても嬉しいことなんです。今はそれだけ分かってくだされば充分ですから。ね、コルセア?」
ネアスがここでわたしを見下ろしこう言ったのは、こないだネアスの部屋で話し合ったことがあるからだろう。まあ今のわたしがすべきはつぶらな瞳を閉ざしてこの心地よさに身を委ねることだったから、ネアスのどっきり発言にも「んきゅぅ」とかうなってネアスの胸にうしろ頭をすりつけるだけだったけど。
「……そうね。難しいことは分からないけれど、わたくしにもいつかそんな思い出が出来れば、と思うわ。それにしても……ネアス、あなたわたくしにあれだけ邪険にされて、どうしてそんなことを思えるのかしら」
「アイナ様はわたしを邪険になどしていないと思います。わたしの示した努力を、志を同じくする者同士としてわたし自身を、アイナ様は認めて下さった。それくらい分かります。だから、わたしは……」
「……そのようなこと、もっと昔に言えれば良かったのかもしれないわね」
「……そう、ですね」
「………」
「………」
んー。
何が起こってるんだろ。もう目蓋が重くて開くことも出来ないや。なんかネアスとお嬢さまが珍しく穏やかに話しているけれど、わたし火炎放射のお陰で大分疲れちゃった。なんか大事な話があった気もするけれど、おやすみなさい……ぐぅ。
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