第54話・なつがっしゅくっ!! その3

 「いくら何でもコルセアに全部押しつけて成果を掠め取ろう、などとは考えてはおりませんわよっ!」

 『さすがにわたしも主がそこまでゲスだとは思いたくないので安心しました』


 「この二人っていつもこうなのか?」

 「仲が良くっていいよね」


 ネアスのちょっとずれた感想はともかくとして。

 なんかお嬢さまのお安い野望が早くも頓挫した時点で、今日は合宿って雰囲気じゃなくなり、馬車に長いこと揺られていたということもあって課題に取りかかるのは明日からにしよう、ってことになった。

 まあお嬢さま以外の三人だって、合宿名目でここまでやってきたことは理解しているからこそ、今日のところは羽を伸ばすくらいはいいんじゃないか、ということで意見の一致を見たわけなんだけど。


 「どうした、コルセア」


 海と見紛うよーな湖には、波打ち際なんてものもある。

 砂浜でこそないものの、寄せては返すなんとやら、と、大波小波が繰り返しわたしがぺたんと座りこんだトコまで来ているわけだ。潮の満ち引きが無いから、いつまで経ってもこうなんだろうな。

 で、そうやってたわたしが、殿下には黄昏れているよーにでも見えたのだろう。この人らしからぬ…あいや、実はお嬢さまには当然としてもそのオマケたるわたしにも気遣いのあるところを見せてくださる、とにかく殿下の心配そうな声がかけられた。


 『いや、どーもしてませんて。殿下こそひとり上手してる最中のトカゲになんか構ってないで、婚約者のお相手でもしてた方がいーのでは?』

 「こういった遊びの場で一番はしゃぎそうなお前が一人でいるのだ。何か心配ごとでもあるのか?と気にもなるだろうが」


 殿下はわたしの隣に立ち、腰に両手を当てて前方を見据えている。

 その先に何があるのかとゆーと、お嬢さまとネアスが水を掛け合い、バナードがそれにちょっかいかけようとしてなんか空気読んでないみたいな場面なのだった。

 実のところ、この湖に流れ込む水は雪解け水だったり高地の氷河が溶けた水だったりして水温は低く、あんまり泳ぐのには適していない。

 それでも体を水に浸すことの出来る遊びを大々的にやれるのは、帝国でもこの湖の周辺だけしか無いのだから、そんなものでも水遊びと言えてしまうのだろう。

 殿下の横顔を見る。スケベ心というよりは微笑ましいものを見守るみたいな様子に、このひとお嬢さまをホント大事にしてくれてんだなあ、と思うわたしである。


 『……殿下ぁ?』

 「なんだ」


 ……不意に、なんだか悪いことをしてるよーな気分になる。

 だってなー。あの紐パン女神に言われた通りにしようと思えば、どうしたってこの人を粗末に扱わないといけないんだもん。

 わたしは、このひとに対して好意を抱いてる。好きとか愛してるとか、そーゆーことじゃなくって、わたしの大好きなものを同じように好きでいてくれる、同志としてだ。


 「……名前だけ呼ばれてじっと見つめられても面映ゆい。どうした、コルセア。話があるなら早く言え」


 ファンタジー世界にゃあるまじき、しっかりした生地で編まれたトランクス状の海パンいっちょの皇子さまが、微笑を浮かべながらわたしを見下ろしてる。

 よくよく見ると、殿下は攻略対象三人のうちで、いちばん筋肉質だ。

 「ラインファメルの乙女たち」では、ルート確定後に主人公のネアスと泳ぎに行く場面があった。

 だから、殿下とバナードとバスカール先生と、それぞれに水着姿のイベントスチルがあったのだ。

 わたしは……その中で殿下の姿に一番胸ときめかせていた。

 正直に、言おう。

 茅梛千那は、二次元のバッフェル・クルト・ロディソン青銅帝国第三皇子に、恋をしていた。

 ネアス・トリーネとしてでなく、日本人茅梛千那として。

 アホだったなあ、って思うよ。

 生きて、手も触れあえる存在として並び立てた時にはもう、わたしは世界を滅ぼす力さえある、ただのトカゲだったんだから。

 そして、わたしが憧れたその人は、わたしの大好きな人に心を奪われていた。

 わたしが、そうした。たぶん。

 三周目で、一生懸命がんばって、お嬢さまがそう育って、そんなお嬢さまに殿下は惹かれていった。

 わたしが、そうしたんだ。きっと。


 ……恨むよ。パレット。

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