第43話・懐かしき日々の残香の一端

 「大変、問題になっておりまして」

 『わたしわるくないです』

 「コルセアっ!」

 「コルセアぁ……」


 お嬢さまの叱責と、ネアスの心配そうな声が左右からする。

 ここは学校のバスカール先生のお部屋。初等学校の頃よりも大分広い。やっぱり高等学校の教師ともなると、相応の待遇になるんだろうか。ご出世おめでとーございます。


 「実際目撃者も多数いて、見過ごすわけにいかないと上でも然るべき機関に諮問がされているんです」

 「……先生」

 「……」


 はあ、と三人分のため息。

 応接セットのテーブルに置かれていた四人分(何故かわたしの分まである)のお茶が香ばしい湯気をたていたけれど、冷める前に口に入ることは無さそうだった。




 何が問題になったのかというと、先日の実習の時にわたしが大暴れした件だ。いや大暴れといってもお嬢さまの身を案じて見境無くしただけなんだけど。

 それが、図らずも紅竜としての力の大きさを多数の前に示し、わたしの危険性を周知させることになってしまった、ということみたい。

 わたしはもちろんそんなつもりはなくて、なんでそれが問題になるのかずぇんぜん分かんなくて、それがなんで職員室に呼び出されてお説教される羽目になんのよ、って話なんだけど。


 「近々、その機関より人が派遣されてきます。コルセアさんにも話を聞くことになりますが、よろしいですね?」

 『よろしくないです。別にわるいことなにもしてないのに、なんでそんなことしないといけないんですかー』

 「だからコルセア。あなた自分のしたことをもう少し重大に捉えなさいな……あれだけの力を見せてしまえば、下手をすれば帝国の存亡に関わると考えられても仕方ないのですわよ?」

 「うん。麓からも見えてたんだよ。コルセアがどーんって火を吹いて、空がばーって光って、曇ってた空が明るくなったかと思ったら、雨雲が全部吹き飛んじゃったもの。コルセアが悪い子じゃないのはわたしもアイナ様も分かってるけど、そうじゃない人だって沢山いるんだよ?」


 そうステレオで責め立てないでよー。お嬢さまを助けたい、って考えたら何かすごい衝動がやってきただけなんだもの……と、流石に悄げたわたしを挟んだ二人は、幾分気まずそうに左右からわたしの頭を撫でる。ソファに犬座りするわたしの頭の位置が二人とそう変わり無いから、なんともかわいくない図になってるけど。


 「……とにかく、僕の方でもなるべく穏便に取り計らわれるように動いてはみます。実際に何が起こるか分かるまでは自重していてください。生徒ではないですから謹慎や停学のようなことにはなりませんけれどね」

 『……わかりましたぁ』

 「先生、何卒お力添えを」

 「お願いします、先生」


 そういうことに、なった。




 「……それで、何故あなたまでついてきたのですか。ネアス・トリーネ」


 先生の個室を三人揃って出ると、早速お嬢さまがそんなことを言った。

 呼び出されたのはわたしで、お嬢さまがそれについてくるのは当然なんだけど、ネアスまで一緒に来たのはまあ確かに疑問はわくけれど。


 「え?コルセアはわたしにとっても大切なお友だちですし」


 でも、そうはっきりと言い切られると、わたしとしても疑問とかそっちのけでネアスにすり寄って「ありがとね」と頬ずりの一つくらいはしてあげたくなるもんである。


 「……コルセア。あなたの主人はわたくしでしょうが。ネアス・トリーネなどにくっつかないでこちらにいらっしゃい」

 『お嬢さまあ、ペットの交友関係まで束縛するのはやり過ぎじゃ無いですか?』

 「あなた都合のいい時だけペット扱いされようとするの悪い癖ですわよ。いいから離れなさい」

 「むぎゅ」


 引っ張られて胸に抱えられた。ていうか、わたしも大概女の子が抱えるには大きすぎるサイズに育ってるのに、お嬢さまも重くないのかしら。


 「……あなたまた太りましたわね。少し減量した方がよろしいのではなくて?」

 『太ってませぇん。成長しただけでぇす』

 「そうかしら?最近つまみ食いの度が過ぎる、と厨房から文句が来ていたのだけど」

 『う……』


 ま、まあ確かに普段の食事だけだと物足りなくて、支度中の厨房からおこぼれをもらうことが多いけど…。


 「いいじゃないですかアイナ様。ぷっくらしたコルセア、わたしは可愛いと思います」


 と、項垂れていたら隣のネアスから助け船。


 「ほらコルセア、こっちにおいで?わたしならアイナ様と違ってたくさん甘やかしてあげるよ?」

 『ネアスぅ……ありがと』


 そして、恩知らずにもお嬢さまの腕から逃れてそちらにふよふよ漂っていくわたし。うう、育ち盛りの胃袋を甘やかしてくれる存在はどんな恩義にも勝る誘惑だわ…。


 「コルセア。あなた恩知らずの名を以て当家に後々まで名を残したいのですか?あなたが今まで費やした食費をトリーネ家に請求してもいいのですか?」

 『お嬢さまぁ、帝国で一番のお金持ちの娘がそれはみみっちすぎません?』

 「お黙りなさい。そもそも今現在におけるあなたの食事を、ネアスの家で賄えるとも思えませんわよ。あなたトリーネ家を路頭に迷わせたいのですか?」

 『そこはわたしもなんか稼ぐ道を探すとゆーことで。ネアス、どう?わたしと組んで大道芸とかやってみない?けっこー稼げると思うよ』

 「ふふっ、いい考えだね。ということなのでアイナ様。コルセアは今日からわたしが引き取りますね」

 「おバカが二人に増えただけじゃない。いい加減にしてあるべき姿に戻りなさい、この大食らいの紅トカゲ」


 お嬢さまはそう言ってネアスの胸の中に収まってたわたしの腕を取ると、こっちに来なさい、と割と力任せに引っ張ってきた。

 ネアスもそれには逆らわず、わたしの体の前で組んだ腕を解いて解放してく


 「ダメです、アイナ様。コルセアはわたしのものになりました」


 れなかった。どゆこと?


 「コルセアも自分で食費を稼いでくれる、って話ですからなんとかなると思います。コルセア、頑張ろうね?」

 『なんか随分具体的な話になっちゃってるんだけど。でもまあ楽しそうだからわたしはいいよー』

 「お待ちなさいそこのおバカ二人!いえそれよりまずネアス・トリーネ!そのトカゲから手をは・な・し・な・さ・いっ!!」

 「いやです。コルセアはわたしの家に来るんです。アイナ様こそ、コルセアが痛がっていますからお放しになってくださいっ!」


 いつの間にかわたしの両腕を引っ張り合うよーな形になるお嬢さまとネアス。

 あー、そういえばいつぞやこんなことあったっけなあ……あれは確か……とか懐かしい思い出に浸っているうちに、二人の意味の分かんないケンカを止める機会を失ったわたしを、一体誰が責められよーか。誰も責められまい。

 ……実際、けっこー楽しかったしね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る