第11話・だんだん原作からかけ離れていく気がする
初等学校とはいえ先生には個室が与えられているみたいで、バスカール先生はわたしを抱きかかえたままのお嬢さまとネアスちゃんをそこに招き入れてくれていた。
ていうか、女児二人を密室に連れ込むのって学校の先生のコンプライアンス的にどーなのよ、とか思わないでもない。その辺ゆるゆるなのはまあ、異世界常識に照らしておかしいことでもないということとして、わたしとしてはお嬢さま、ネアスちゃんを守るつもりでいたんだけれど。
「お話、というのはですね、ブリガーナさんの竜の子のことなんですよ」
話題の中心はわたしのことのようだった。なんでだ。
「先生、コルセアはわたしたちのたいせつな友だちです。いじめたら先生でもゆるしませんわよ」
「そうです!アイナさまだけじゃなくて、わたしの友だちでもあるんです!」
物怖じしないいい子たちだなー。わたしは嬉しくなって、腕の中で頭をお嬢さまにスリスリ。
そしてお嬢さまは、こわがらなくていいのよ、とわたしを抱く腕に更に力を込める。これまた嬉しいんだけど、お嬢さま、ちょっと苦しいです。
「ああ、大丈夫です。その子…コルセアですか。その子を特にどうしようというわけじゃありませんから」
先生は苦笑して、二人を安心させようと椅子を勧めた。幼いながらも警戒感を解かない二人は、用心しながらそこに腰掛ける。当たり前だけれど、わたしを抱いたまま。ちょっと窮屈。
「ええとですね、ブリガーナさんもトリーネさんも、コルセアくんがお話出来るようになったらいいと思いませんか?」
せんせえ、わたし女の子…と大股おっ広げて主張するわたしに構わず、お嬢さまとネアスちゃんは、まず先生の言葉の意味が分かりかねるみたいに首を傾げていた。
でも、お話が出来る、っていうのがどういうことなのかを理解すると、立ち上がってわたしを床に落っことすくらいの忘我の態、ってやつになってしまったのだ。鼻打って痛い…。
「せ、先生…?あの、コルセアと、おはなしできるんです…か?」
「ええ。過去にも事例はあります。竜と会話をするためにされた研究というものがありまして。僕の師…先生が研究されて、その方法も教わっていますからね」
「コルセアっ!」
「コルセアさんっ!」
床から拾い上げられ、また左右から挟み込まれた。今日何回目だろーか。きゅーきゅー鳴きながらもがいていたら、気がついた二人もわたしが苦しそうなのに気がついて、ようやく解放された。
「ははは、随分仲が良いんですね。まあ紅竜となると簡単にはいかないかもしれません。今日のところはコルセアくんを僕に預けてお帰りなさい。明日までには何か成果をお見せしますよ」
「は、はいっ!……コルセア?いい?ちゃんと先生のいうことをきくのよ?」
「コルセアさん、わたしたのしみにしてますっ!」
う……お嬢さまもネアスちゃんもノリノリでわたしを先生に預けようとしている。若干不安とゆーか、先生のわたしを見る目が不穏な感じがするんデスが。
ただまあ、逆らっても仕方がない状況だ。いざとなったら火を吹いて逃げ出せばいーか、と「先生、よろしくおねがいしますっ!」……ってな感じにニッコニコしながら帰っていく二人を見送り、わたしは先生と二人きりになった。
「……さて、まずは、と」
何を始めるんだろうか。お嬢さまの腰掛けていた椅子にわたしを置くと、先生は机のところに向かい、引き出しの中から何かを取り出すとわたしの前に椅子を置いて、自分も腰掛ける。
「これを使いましょうか」
そして両手で差し出されたものを見る。何これ。
幅が三十センチくらいの木枠の中に、土色の柔らかそうなものが薄く敷き詰められていた。粘土?
「ネアス・トリーネ嬢とは文字を書いて自己紹介をした、と聞きます。こちらの話していることは分かるのでしょう?コルセアくん」
………うーむ。どこから聞いたのか分からないけど、そこまで知られているんじゃあとぼけても仕方がない。それに会話が出来るようになるのはわたしにとっても望むところだ。
わたしは大人しく、頑丈な爪の先っぽで粘土にこう書いた。
”わたし おんなのこ”
「………」
そして先生の顔を見上げると、しまった、みたいな顔をしていた。なんか勝った気分。
「……そ、そうですか。それは失礼しました…コルセアという名前だったので、つい」
ちなみに英語だとcorsairは「海賊船」の意味になる。この世界だとどーかは知らないけど。男の子の名前に思われるような意味でもあるのかしら。
「え、ええとそれで、ですね。あなたが人語を理解しているのは分かったのですが、会話を出来るかどうかはそれとは別の話なんです。それは分かりますか?」
こくん、と頷いておく。
まあ実際、人語を話せるように練習してみたことはあった。けどこの体の喉だと、どーしても「ぐぁ」とか「ぐぇ」とかしか発声出来ず、断念していたのだ。
”こえがでなかった”
なので、最初の一言目の下の余白に、そう書く。
先生は満足そうに頷いていた。コミュニケーションは偉大だ。これ人類の知恵。わたし人類じゃないけど。
「はい、そうでしょう。ですから、暗素界に向かってあなたの意志を伝え、気界で逸らして人間にあなたの声として届けます。暗素界の意志はあなたの声そのものではありませんが、現界から暗素界に届けてそのまま返すことで、再び気界を通過することが出来ます。その際に、現界の存在に声のようなものとして伝えることが出来るのです。分かりますか?」
”わかる”
……何故か。どーいうわけか。
ていうか、この世界において竜とは本来、暗素界から現れたものとされている。
竜の本能的なものはわたしの人格にキッチリ組み込まれちゃっているので、そういうことが出来るよ、と言われると「あ、その手があったか!」的に理解出来てしまうのだ。ご都合主義ここに極まれり。
で、この辺の設定、多分買い逃した「ラインファメルの乙女たち」の同人誌の設定集に書いてあったんだろーなー。
「結構です。では早速やり方の方を…」
『こんな感じでいいですか?』
「…………はい?」
先生、鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔になっていた。
うはは、乙女ゲーの攻略対象にこんな顔させられるなんて、つーかいの極みってもんよね。
……ところで、この時期わたしが喋れるようになるって、ゲームの展開と大分かけ離れてきてるんだけど、どーしたもんだか。
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