ブラックからレッド
やっぱりピンク
ブラックからレッド
ゆいがやられた。
クラスLINEに動画が回っている。トーク画面には、白のタイルを背景に、細身な女の後ろ姿が、再生ボタンに隠されながらもしっかりとうつっている。ボタンを押すと、時々便器がうつり多目的トイレのようだった。音声は遮断されているのか聞こえず、17歳の男女だけが在籍するグループには刺激が強い映像が流れた。そして、50秒ほどの動画の最後、口周りを白く汚した女は、ゆいだということがわかった。
次の日、ゆいは学校に来なかった。
朝、異様に教室は静かだったが、しだいにゆいの話が出だした。
あれはちょっとやばいだろ。
ゆいちゃん絶対あれで休んでるよね。
いろんな声が聞こえる。
授業が始まった今も、静かになることはなかった。
あの動画、誰がやったんだろうね…。
すると急に、となりから風に乗って良い匂いが来て、紗奈の束ねた髪が、かすかに僕に当たった。やっぱり距離感がおかしい。
「あの動画、なんだろーねぇー」
「誰かが流したんでしょ」
「それにしてもゆいのから…」
「紗奈ー!実験するよ!早く!」
「あーはいはい!」
といって、紗奈はすぐに自分の班にもどった。帰る時に椅子くらい直せと思う。ただ、人気者の紗奈に、そんな時間はないのかもしれない。
変な薬物が液体に溶けて、色が変わっていく様子を僕はじっと眺めた。
帰り、白い光を放つ街頭に照らされながら歩く。
ゆいの家を通り過ぎる。部屋の電気はついていない。僕はなんとなくインターホンを押してみた。
ドアが開くと、中からおばさんが出てきた。
「久しぶりー。どうしたの?」
「いや、今日ゆい来てなかったんで。」
おばさんは知っているのだろうか。知っていたらここにはいないか。
「今日なんかお腹痛かったみたいでね。ありがとね、わざわざ来てくれて」
知らないみたいだ。表情からも、それがわかる。
「そうですか、わかりました。」
適当に終わらせて、帰り道をまた歩く。
おばさんにもらった炭酸を飲む。
ゆいとは幼なじみで、おばさんは僕を産まれた頃から知ってる。
葵を見た。知らないふりをして通り過ぎた。葵も小学校の時に引っ越してからずっと知っているが、昔は彼女を作ったり、家の前でキスをするような奴ではなかった気がする。よくゆいと3人で、葵をからかった。近所でそんなことをされると出くわした時にめんどくさいからだ。
炭酸がまずい。僕は道路に中身を全部流した。ペットボトルが邪魔だったから途中にあった公園に投げ捨てた。
家に帰ってから、スマホが鳴った。
「新着メッセージがあります」
開けると悠人からだった。今悠人はゆいと付き合っている。あのことだろう。
「電話してこい」
そう書いてあった。電話をかけるとすぐに出た。
「なに」
「いやぁ、紗奈、元気かなぁと思ってさ。」
すぐに切った。
人気者の紗奈は人にモテる。男にも、女にも。経験も体験もたぶんそれなりにある。
「紗奈はさぁー、今いないの?」
話しているグループたけでなく、教室中の男子が耳を傾けるくらいだ。
「いないねー。高校入ってからは。元カレにはふられちゃったしね。助けてー!」
そう言うと紗奈は、隣にいた女子に抱きついた。
「よしよし、守ってあげるね!」
その元カレ、それが悠人だ。見た目が良いこともあって、悠人は女子の標的だった。隙を見つけると女子は悠人を攻める。空白期間はない。中学3年の夏、今度は紗奈と付き合った。どっちも見た目が良いこともあって、お似合いだとか言われた。でも当たり前のように、冬に別れた。表向きは高校が違うからという理由だが、それは違う。
テストをやり終えた放課後、委員会の引き継ぎか何かで帰るのが遅くなった。学校を出る前にトイレに行こうとしてドアノブを握ると、中から会話が聞こえた。
「おい悠人ー、紗奈の動画まだー?」
「まぁちょっと待っとけよ。懐いてからの方がやりやすいからさ。あともうちょっと、な?」
「えー。ん、じゃあ頼んだ。」
もう一人とは顔を合わせずに済んだが、悠人には気づかれた。
「聞いてた?」
顔色ひとつ変えず、悠人は平然としていた。
「お前変なことすんなよ」
少し奇妙に鼻で笑った。気持ち悪かった。
「わかったわかったよ。お前も見たいんだろぉ。スマホ出せよ。れんらくさ…」
「やめとけよ。」
許せなかった。なぜか少しの間があった。
「あーあ。まぁしょうがないか。あ、流そうと思ったらなんでもできるからね。」
肩を叩かれた。二回。
電話を切った後、悠人からLINEが来た。ぐっ、という文字付きでキャラクターが指を立てているスタンプ。一個。
僕は悠人を殺すことにした。明日。
次の日の朝、おばさんがポストに入った郵便を取っていた。ゆいの部屋はカーテンが閉まっていた。
「あ、おはよう。今日もゆい体調悪いみたいだから、お休みするわ。」
まだ知らないのか。
「わかりました。はやく良くなるといいですね。」
「あの子身体は強いのにー。どうしたのかしらね。」
わかると思いますよ。
「たまたまじゃないですかね。」
もうすぐ。
学校に着いた。朝から葵は彼女にアップルティーを奢っていた。紗奈は手鏡で髪を直していた。
僕は休み時間、リュックの中を覗き、忘れ物がないかを確認した。
フード付きパーカー、帽子、ズボン…。全部黒い。キッチン用のハサミは刃の部分だけ光っていた。
放課後、先生に呼び出された。保留にしてた進路希望調査のことだ。適当に、はいとかいいえを繰り返した。
その後、教室に行くと、紗奈も帰ってきた。
「何してたのー?」
「先生と面談、進路。」
紗奈は碁盤の目のように並べられた机をするすると通り抜けて、僕の目の前まで来た。
一度止まり、もう一度進んで、僕を机に押し倒した。
紗奈の身体の感触が伝わってきた。カッターシャツは昨日よりも熱を持っていた。
「もういいじゃん。私で。」
キスをした。唇は少し濡れていた気がする。
紗奈は僕の首を触ってきたが、僕は起き上がって、反対の机に紗奈を押し倒した。
「もう、いいよね。行っても。」
かなり長い時間が流れた。紗奈は話さなかった。
「じゃ」
学校の外にある公園のトイレで着替えた。汚かった。日は沈んで、人もほとんどいない。
悠人が降りる駅は知っていた。階段の近くにあるベンチに座って、出てくるのを待った。
悠人が出てきた。一人だった。良かった。十分くらいは歩くだろうから、その間にやればいい。
細い道に入った。灯りもほとんど何もない。
後ろをつけても、イヤホンをしているからか気付かれない。悠人は少し身体が大きくなっていた。
昨日ネットで刺す場所は調べた。
刺した。
悠人は倒れた。暗い道路に血が流れ出た。しばらく放置しておいた。
もう死んだと思って、肩を叩いた。三回。
駅の方に引き返した。黒にしておいてよかった。血が目立たない。
スマホが鳴った。葵から電話。
僕は少し呼吸をしてから出た。耳に当たるスマホが冷たい。
「お前さ、やってくれた?」
「なにを?」
「悠人。今お前、悠人といただろ」
「は?俺は」
「やっぱりな。見てんだよ。なんかお前やってくれそうな気がしてなぁ。リュックの中身も見たよ。お前馬鹿だな。悠人殺すとか。俺はただ、ゆいを潰したかっただけなのに。まぁいいや、悠人も死んだら、効果抜群だな。しかも殺したのがお前だったら。
あ、わかんないよな。前、俺が彼女を公園のトイレに連れ込もうとしたらさ、ゆいに邪魔されたんだよ。先生にチクられそうになってさぁ。で、いろいろ準備して、あの動画を流した。ほんと大変だったよ。身代わりも用意してさぁー。あ、でもあいつ、かわいいからさぁ、すぐ見つかったよ。
まぁありがとな。ば、い、ば、い。」
見上げると眩しいほどの光に照らされた葵が僕を見下ろしていた。
僕は真っ赤なハサミを取りに帰るために、悠人のところに戻った。
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