第12話 予兆

「ぐぬぬ」


 エヴァさんの発狂が収まり、ナッシュを抱える形で事なきを得た。まぁ抱えられている本人は難しい顔で唸っているが。


「続きだけど、こちらの殿方は?」

「マリオンよ。やっと出会えた、私の運命の人」

「ええ!? うそ……まさか相性が……!」


 見開き片手で口元を抑えるエヴァさんは驚きを隠せないでいる。……どうも魂うんぬんはこの世界の常識なのか、それともガブリエラ、魔王、エヴァさんの共通認識なのか……わからないでいる。


「ぅうッ、良かったわね、ガブリエラ……」

「私も心からそう思うわ」


 涙ぐむエヴァさん。魂を合わせるのはそれほどに貴重なのだろうか。まぁスピリチュアル的要素なのは当然だ。


「あなたも大変だったでしょう?」

「え、まぁはい……?」


 なにを指して大変なのかはわからないが、とりあえず相槌をうてばいいのだろうか。


「でもマリオンさん、こんなにいい娘は他にいないわ!」

「そ、そうですね。とても魅力的な女性ですし、俺には勿体ないと言うか、他の男もほっとけないですよねぇハハ……ハ」


 そうなのよぉ、と勢いよく俺の腕を叩くエヴァさん。抱える饅頭はジト目で俺を見ている。


「ほんっっとうにいい娘なんだから! マリオンさんと出会うまでガブリエラはずっと独り身だったのよ?」

「……え」


 なにか形容しがたい感情と聞き間違いを疑う感情に苛まれる。


「このまま運命の人が来なければって心配してたのぉ。ねぇ?」

「そうね。マリオンと出会って私は幸せよ」


 思考がグルグル目まぐるしく回ってまともな考えができず自身がわからなくなった。


(男の本能をくすぐる蠱惑な雰囲気のガブリエラが……! あり得るのかそんな事……。だが嘘を付いてるとはとても見えない……。そう言えばお互いに初めてって言葉の意味はそう言う意味だったのかッッ~~)


「はあ!? んなわけねぇえだろよ!! 嘘も休み休み言え!!」


 ここ。ここだ。この一瞬。ナッシュの叫び声が俺を思考の渦から救い出した。俺の無意識、ひた隠ししていた思考がクリーンになり、ナッシュから始まる俺の恥ずかしい情事話を止めるために口が走る。


「「止せ! それ以上はいけない!」」


 声が重なった。いったい誰が、その正体はすぐにわかった。


「「!?」」


 お互いに驚き、顔を合わせ目も合わさる。同じく腕を伸ばし、制止させようとしている。だがこの一瞬が命取りとなる。ナッシュが制止を振り切り続きを口走ってしまった。


「あの貪り喰らう様なエグイ腰は独り身のそれじゃねえ!! 経験人数100万人かお前のケツは!!」

「でも最初はおぼつかなかったでしょ」

「ッヌグ! けど結局は鬼のようにしてたじゃねーか!! エンジンの方がまだ静かだわ! 信用ねーんだよ!!」


 脚の力が緩み、膝を付いた。

 ぁあ……やめてくれ……頼む……。


「それにはちゃんと理由があるの。やっぱりうまくできないから、予め模写トレース した動きを魔術で真似たの」

「信用ねーつってんだろ! 魔術を絡めたら僕が納得すると思ってんのか! ネタは他にも上がってんだぞ!!」


 もう、やめて……。


「破廉恥だッ……とっても破廉恥だッ……!」


 ぁあそうだ! 誠意ある女騎士クロエが居るじゃないか! 彼女に視線を送って止めてもらうしかない!


「だだだが後学のためのささ参考になるやも……!」


 ダメだぁあ! 手遅れだッ! 興味津々すぎて目がひん剥いている!


「汚ねぇケツをマリオンに向けやがって! バキュームカーかお前は!」

「それも最初は苦戦してたでしょ。その時も同じように予め用意した模写で――」

「お前が苦戦してたかなんて知らねーよ!! どっちにしろテメーは変態女だ!!」


 恥ずかしい。本当に恥ずかしい……。思わず両手で顔を隠すほど恥ずかしい。


「ねえガブリエラ。ナッシュ君はなんで二人の内容を知っているの?」

「いろいろあったのよ。それこそナッシュが怒りまくるほどにわね」

「ぶっ殺すぞクソアマ! 逆撫でしてんじゃねえ!」


 いろいろあったろうけど、俺は何一つ覚えて無いんだよなぁ……。抱かれたんだぜ、俺。


「口が悪いのは元気な証拠ね。ふふ」

「あ゛? 僕は許さねーぞ絶対。マリオンを犯したことをなあ!」

「はいはい。……でも助かったわエヴァ。あなたが自身の模写を提案をしていなかったらどうなっていたか」

「……?」


 ……ちょっと待て。ガブリエラの言葉が本当ならナッシュが言っていた口にしがたい行為、動きはエヴァさんによるものだと、そう言う事になる……。


 いったいどれだけの戦場情事 に出向いたのか想像がつかない。とても清楚に見えるのに見た目ではわからないものだ。


「それは良かった。どうだったかしら? 子供を五十四人産んだ人妻のハイパーテクニックは!」

「「五十四人!?」」


 ピースしながら笑顔で答えたエヴァさん。ここに来て超弩級のとんでも発言が飛び出した。俺とナッシュの声が同時に重なる。もう何が本当なのかわけがわからない。


「感心するわエヴァ。子宝に恵まれないエルフのさらに上、ハイエルフなのによくやるわね」

「当たり前じゃない。当時のエルフは絶対数が少ないし。プロポーズの後に言われたの、子供を沢山作ろって。それが自分の誠意の一つだって」


 何かが割れ、軋む音が響く。その音の根源を辿ると、俯き震えていた。


「今でも昨日の様に覚えているわ。ねぇハルト」

「ッッ~~!!??」


 妻一人? 子供五十四人の魔王が明らかに狼狽し、恐怖の権化を見たかの様に脚と体を震わせている。


「ん~♪」


 ナッシュを俺の頭上に戻し、ご機嫌に魔王に向かうエヴァさん。足取りが軽いのに対し、魔王は睨みを利かせ脚が残像を残している。


「ハルトォ」

「我が妻エヴァよ。久しい友と再会できたのだ、さぞかし満足して心満ちているだろう。ならばその思いを抱き――」


 軽く乾いた破裂音が響く。エヴァさんが魔王ハルトの頬をはたいた。


「久しぶりの客だからと言って粋がってんじゃねぇぞ……」


 清楚な印象のエヴァさんが低いトーンで声を張り、黒いオーラが漂う豹変ぶる。暴君の様な印象を醸し出した。


「ッエヴァよ、客の前だぞ。慎み深くッ」


 はたかれる。


「カッコつけてんじゃねぇよ」

「カッこッ」


 はたかれる。


「もうメッキが剥がれてんだよ。いい加減にしろ」

「なにをぴぎゅ!!」


 魔王の顔にアイアンクローをかけるエヴァさん。骨が軋む音が響く中、座っていた魔王が腕の力だけで立たされる。


「私言ったわよねぇ。何回も言ったわよねぇ。正式な場以外で私の嫌いなソレはするなって」

「ぃぃいだだだだ!! ごめんッ! ほんとごめん!!」

「租チン野郎、子供沢山作るんだろ? 五十五人目の子供つくるかぁおい? 私が孕むまで耐久するか?」

「ッッ~~!!?? そ、それだけは! それだけは勘弁してください!! わかりましたッ! わかったから!!」

「わかってねぇからぁ……、わからせてんだろうがああ!!」

「ぐわああああいだだだだ」


 腕に力が入ったのか握る力が強くなる。軋む音が増し、魔王の抵抗むなしく足が完全に地面から離れる。


「……」


 四将のうち三将はまた始まったと首を振り。


「あ……あ……」


 女騎士は驚愕の表情を浮かべ。


「痛そ~」


 饅頭は傍観し。


「ッアッハハハ、可笑しいぃい! アハハハ__」


 魔女は爆笑する。


「ぇええ……」


 威厳、畏怖、圧倒的存在感。重魔王らしい姿はもうそこにはなかった。ただそこには鬼嫁に尻を敷かれ、言い分を聞いてくれない悲しき夫の姿だけだった。

 

「許してえええ! エヴァアアア!!」


 暫くすると双方ともに落ち着きを取り戻し、エヴァさんは魔王の隣で立ち笑顔を振りまく。威厳のいの字もない重魔王は涙目で腰を落ち着かせている。


「あーその、マリオン」

「はい……」

「さっきの続きなんだけどさ、どこの魔族をぶっ飛ばしたか知らないけど、君の実力を知りたいんだよ」

「実力ですか」


 薄紫に光っていた瞳が普通の瞳になり、打って変わってとてもフランクな印象になった。


「この大陸はもちろんほかの大陸にも言える事だけど、どうしても身を守る術が必要だ。……そうだろ?」

「まぁ、そうですね」


 先の魔族然りあの狼然り、モンスターだっている。魔術が確立し戦うことが前提の世界なら、護身程度の術はあった方がいい。ありがたい事に俺の戦う術はナッシュの恩恵があって確立している。


「予め言っておくけど、俺が単純に知りたいのも確かにある。でも君たち二人は戦うことを強いられてる」

「え? そうなの?」

「ガブリエラから聞いている。ワープしたはずなのに何故かトゥインクルに転移した。その答えは簡単だ。呼ばれたんだよ」


 呼ばれた……? いったい誰に……?


「ぉお、なるほどね。マジでファンタジーじゃん」

「ナッシュ、わかったのか?」

「ダメだなぁマリオンは、もっと不思議と向き合えよ」

「お前以上の不思議があるのかよ……」

「ほら、ガブリエラがおとぎ話語ってたろ?」


 おとぎ話……。希望達の話か。確か純粋な悪意が人類を滅ぼす一歩手前までにしたんだよな……。そして人類は……ッッ~~! 忘れいていた!


「世界意思か!」

「正解だ。ガブリエラが君たちにどんなおとぎ話をしたかはわからないが、世界が二人を呼んだ。世界が二人の力を必要としている」


 なるほど。ナッシュのPSYにミスはない。ワープ先に必ずワープする。だが世界という大きい意思がワープに介入し、俺たちを呼んだ……! いろんな形で語り継がれてきたであろう世界意思の存在、間違いない。


「って事はさ、悪意がまた襲ってくんのか?」


 そうだ、俺たちを呼んだって事は! また悪意が……。


「悪意?」


 魔王がガブリエラに顔を向けると、何かを察したのか頷いた。


「ハハハ! 悪意ねぇ! それは面白くない冗談だ。苦労したんだぞぉ、顔面ぶっ飛ばして押し返したのは」

「え……その言い方は、まるで――」

「みんな知ってる事だが、俺は当事者だ。エヴァ含めな」


 チラリと見つめ合う夫婦に開いた口が塞がらない。まるで伝記に記された偉人が降臨し、本当の証明を提示してきたみたいだ。


「マジか。でも希望たちは帰ったんじゃないのか?」

「数人はな。俺みたいにエヴァと結婚して、こっちで生きていく奴らも少なくなかった。……もう殆ど居なくなったがな」


 そう言った魔王は何処か遠くを見つめ、哀愁漂う表情をしていた。


「っま、昔話は置いといて、城の地下に空間魔術を使った広い――」

「……?」


 話の途中で何かを感じたのか、真剣な表情で横を向いている。魔王だけじゃない。エヴァさんもガブリエラも、俺とナッシュ以外の全員が同じ方向を見ている。


「おいおい、マリオン」

「どうしたんだ、何かあったのか」


 半透明の画面を出し、何かを確認している。


「やっつけた魔族の魔術情報をオートサーチの一部に組み込んだらヒットしてしまったぞ」

「それっていったい――」

「申し上げます重魔王!」


 言葉を遮り魔族の兵士が血相をかいて報告してきた。


「大規模召喚魔術によるモンスターの大群が現れました!!」


 伝えられた情報に心臓の鼓動が速くなる。


「フン! どこの誰だか知らんが……」


 重魔王の声に重みが含まれる。待機していた四将が恐ろしい雰囲気を漂わせ、凄味を感じる。


「俺たちに喧嘩を売った事、後悔させてやる……」


 白い歯を見せ不気味に笑う表情、その瞳は薄紫に光っていた。

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