Report 13 ロンリーガール・クロス・ロンリーガール(7)

【2012年10月 灯 93歳(外見年齢20歳前後)】


(……さすがに、もう朝は冷える。長かった残暑も終わりだな)


 私は早朝の肌寒さを感じながら、山沿いのひなびた街を歩っていた。

 ここは神奈川県円島市。

 今日は用事があって、始発に乗ってここまでやってきたというわけだ。

 この街は電車がまったく通っておらず、バスしか移動手段がない。どこを見ても郊外という感じで、隣接自治体の平塚市から離れるほど田舎へと近づいていく。

 しかしこんな町も、高度経済成長期辺りまではそれなりに栄えていて、なんと鉄道まで通っていたようなのだ。

 私はその鉄道の廃駅の入り口を探している。

 市の東部である震田ふるえだは、県道沿いも随分と寂れている。日輪山に近づくほど家屋もまばらになり、いよいよ山の中に入ろうかとしたその時のことであった。


(あった! あれだ!)


 レンガ造りの小さなトンネルが、県道沿いにぽっかりと空いている。入口の上には「冠谷前 かんむりたにまえ」と、駅名が掘られた錆だらけのプレートが貼りつけられてあった。

 目の前はブロックが積まれており、気休めの封鎖がされているが、よじ登って中に入ることは十分に可能だろう。

 私は周囲を確認してから、ブロック塀によじ登る。

 中に入ると、一層冷涼な空気が漂っていた。しばらく進むと開けた場所へ出る。

 駅のホームだ。

 壁には「前谷冠かんむりたにまえ」と右書きで、小さなタイルを組み合わせることで描かれた駅名の表記があった。

 植物が至るところに侵食していて、半分以上崩落している。線路の先はずいぶん前の土砂崩れで崩落しており、当時の面影は感じられなかった。


「貴殿がハウスか」


 声がした方を振り向く。

 そこには、この場に全く不釣り合いな和服姿をした爬虫類じみた顔つきの男性が現れた。


「その通りですが……。あなた、フライハイですか」


 フライハイ。

 ロマネスクの切り込み隊長的立場だが、西日本を拠点にしていたため直接の面識はなかった。一・一九事件の時は荒川区まで転戦し、特別憲兵隊と切り結んだと聞いている。生きていたのか。


「いかにも。今日はハリーとモードから手紙をいただき、馳せ参じた」


 時代がかった喋り方と格好だ。

 正直目立つからやめて欲しいのだが、身体に染みついた生活様式を変えろ、というのも酷な話ではある。


「おおハウス! フライハイも! よう来んしゃった!!」

「よお。変わんねえなあ、お前ら」


 トンネルの向こうからハリーとモードの兄弟が来た。


「さて。ビクターがリチャードソンを暗殺して以来だから、約半世紀か? こうしてロマネスクの同志が一堂に会するのは」


 モードが言った。

 私は「ああ、そうだよモード」と素っ気なく返した。


「あの暗殺の後、松元はロマネスクの人間の誰とも接触はしなかったのだな?」


 フライハイが訊いた。


「ああ、あれは俺らにとっても完全に寝耳に水だった。だが、俺にゃあわかるぜ。ビクターは術師界の象徴たるリチャードソンを抹殺して、革命を呼びかけようとしたんだ」


 熱を込めてそう言うモードを、私は冷めた目で見ていた。

 それだけのことで革命が起これば、苦労はない。

 実際あの事件で、松元精輝の名前は世界中から反感を買ったようだ。さらに、その当の松元が何のメッセージもなく姿をくらましたため、ロマネスクの元同志の間でさしたる動きもなく、終わったという。


 ――だからはっきり言って今回も、特にこれといった期待もしていなかったのだ。


「おい。それよか、オイらをここへ呼んだ『Kan』はまだ来んと?」

「……待て、足音が聞こえる。誰か来るぞ」


 ハリーとフライハイが言った。

 トンネルの方からカツーン、カツーンと響く足音が徐々に大きくなってくる。

 影はずいぶん小柄なようだ。

 出口付近に差し掛かったところで、ようやくその全貌が見えた。


「皆さんおはようございますー」


 その人物は、十代後半くらいの女子だった。


「お待たせして申し訳ありませんー。私が『Kan』こと、『白うねり』の島嵜美生しまざきみきですー」


 Kan――島嵜は、剣呑とした目つきの私たちとは違って、朗らかな雰囲気を湛えていた。はっきり言って、明らかに場違いな容貌をしている。


(いきなり本名を明かすなんて、何を企んでいるんだ……? 信頼して欲しいってことなのか?)


 亜人であることの差別や迫害、非合法活動といった、常に気の抜けない生活をしてきた私たちは、こうしたちょっとした言動や動作にも敏感に反応し、その意図を深読みしてしまいがちなのである。

 ところが島嵜のそれは、私たちとは正反対でどこまでも無防備な感じだった。

 あまりにも不釣り合いな雰囲気の島嵜に、私たちは警戒を強める。


「今日お集まり頂き、ありがとうございましたー」


 しびれを切らしたフライハイが「御託はいい」と切って捨てた。


「それより、モードの手紙に書いてあることは本当なのか。松元精輝が生きている・・・・・・・・・・というのは」


 それが、私たちはここに集った理由だった。

 あの日、島嵜から受け取ったメッセージに書いてあったのは、概ね次のような内容だった。


 まずは島嵜自身の素性である。

 100年近く前に「白うねり」という亜人として岩手に生まれ、やはり様々な形で差別や迫害を受けてきたこと。

 既に手に職を以ってヒトのフリをして働いてきたため、術師界成立後も汎人界で働き続けたこと。

 けれども一昨年に失職してしまい、日雇いで食いつなぐも限界になって、役所へ生活保護の相談に行ったところ、「霊知灯」が反応して亜人であることが発覚したこと。

 そして円島特別訓練魔導学校に入ると、魔導史の授業で「どこまでが事実かはわからない」「評価が分かれる」などというような記載がされていて疑問を抱いたこと。

 術師界ウェブでは、さらにひどい歴史修正主義や亜人への差別的発言に満ちていて、落ち込んだこと。

 そんななかで、SNSのコミュニティを通じてモードや他の元ロマネスク残党と知り合ったこと。

 そのコミュニティの一人がとある情報屋・・・・・・に、松元精輝含めて元同志の消息を調べてもらうことを提案し、Kanがその情報屋に依頼したこと。

 情報屋の調査の結果わかったことは、私のアカウントとフライハイの所在、そして――


松元精輝が生存しており、コンタクトを取ったということなのだ。


 その結果として、松元から送られてきたのが――


「このメダルと、あとはメッセージだったのですー」


 島嵜は、胸ポケットからじゃらりと「雹 Haggal」のルーン文字が刻まれた黄金のメダルを取り出した。


(うさんくさい……)


 灯はメダルを目の前にしてもなお、そう考えていた。

 あの後、モードともSNSのアカウントを通して話しみたのだが、彼も「ロマネスクの残党狩りを企んでいる退魔連合の手のもの」じゃないかと疑っていた。


「それで……、同志松元の『めっせえじ』とやらはどこにあるたい?」


 ハリーは待ちきれない様子で鼻息を荒くして島嵜に詰め寄った。

 この中で島嵜の話を信じきっているのはハリーだけだ。


「はいー。動画ファイルで送られてきましたー」


 島嵜はバッグからノートパソコンを取り出した。

 そしておもむろに立ち上げ、完全に起動してから動画ファイルを選択して開く。


「……!」


 一斉が息を呑んだ。

 そこに映っていたのは、ぐにょぐにょと動くCGの背景に浮かび上がる一人の男性だった。

 国籍不明な彫りの深い顔に、全身赤づくめのその出で立ちは、まさしく松元精輝その人だった。


『元気かね、同志諸君』


 映像のなかの松元が口を開いた。

 その声は、紛れもなく松元そのものだった。


(あ、ありえない。こんなもの、作り物に決まっている。しかし、どうやって――)

「同志諸君には、長い間つらい思いをさせてしまった……。これは、指導者である吾の責任だ。深く、深く自己批判したく思う……」


 私は信じられず、「これは偽物だ」と自分に言い聞かせるように心のなかで叫んだ。

 しかし、であった。


「うおおおお!! 松元ォォォ!!」

「これは真か……。うう、渡世人に身をやつして生き延びた甲斐があった……」


 ハリーとフライハイは、一様に感極まった表情で泣き叫び始めた。


(な、なんでだよ……! 何でこんな陳腐な映像でだまされる……!)

「なんてこった……、こりゃあ本物だ。ありがとう、Kan!」


 驚くべきことに、さっきまで完全に疑っていたモードまでもが涙を流し始め、島嵜に感謝し始めたのだ。


『吾は、賢明なる同志よりハウスの息災を耳にした。この一報は、この上ない僥倖ぎょうこうである。――彼女は革命の火をずっと消すことなく、守り続けてくれたのだ。同志ハウス、吾は君の働きを心から労わろう』

(……あ)


 頬を、熱いものが流れた。

 涙だった。

 こんなもの、偽物だって分かりきっているのに。

 どうして私は、涙を流してしまうのだ。……


『同志諸君。早速であるが、君たちに伝えたいことがある』


 映像のなかの松元が切り出した。

 私たちは姿勢を正し、松元の言葉を一言も聞き漏らしまいと心して傾聴した。


『近年、妖魔同盟の動きが活発になっている。どうも新たな『門』の保有者が見つかったことが理由のようだ』


 私は驚愕した。

 松元以外に、この世に「門」の保有者がいるなんて。

 だが、私以外のものは皆きょとんとした顔をしていた。

 それはそうだ。

 まず「門」の概念について、彼らは松元から知らされていない。

 そして、松元および私が「門」=〔深淵〕の保有者であることも。

 案の定、動画の中の松元から、「門」の簡単な説明も踏まえて、そのことが打ち明けられた。

 すると一同が、目の色を変えて私の方を見た。


『何で……お前そんな力があることを、黙っていたんだ!! それがありゃあ、もっと早く活動を再開することができたじゃねえか! ビクターだって姿をくらますこともなかっただろうに!』


 モードが私に食ってかかる。

 私は怪訝な顔をして、彼に反論した。


「この力は、松元の方がもっと強大だ。そんな彼が姿をくらましたというのに、何故私に革命がなせると思う?」

「なっ……! おめえ、ちょっと虚無主義ニヒリズムに浸り過ぎなんじゃねえか!? そういうのは魔導貴族的自尊心だと――」

「静まれいッ!!」


 大喝。

 フライハイだった。


「……今は黙って、同志松元の御言葉に耳を傾けよ」


 静かになった。

 ノートパソコンのなかの松元は、訥々と私たちに語りかけている。


『……そういうわけで、『門』および『霊極』はリチャードソニズムにおける最後の要石であるのだ。これを吾たちの手で奪取すれば、リチャードソニズムイコール魔導帝国主義的術師界の権威は総崩れとなる。これを革命の第一目標としよう。


だがそのためには……、再組織化リオーガニゼーションが必要だ』


 松元は一呼吸置いてから、再組織化の要項を語り始める。


『まずは、ロマネスクの再結成と人員拡充である。しかし、ロマネスクの名前は現在でも陰陽保安局で監視対象とされているのだ。したがって、名称を変える必要がある。

 日本神話では、高天原に従わない神々のことを『まがかみ』と呼んだ。日本術師界に叛旗を翻す我々は、ここから名前を取ることにしよう。……『マガツ』というのは、いかがだろうか』


 マガツ。

 それが私たちの結社の、新しい名前。


 動画の中の松元は、マガツの今後の方針について話し続けた。


 活動はどうしても必要な場合を除き、基本的にインターネットを使用すること。

 そしてウェブを介し、SNSやブログなどを駆使して、積極的に勧誘活動を行うこと。

 その中で優秀なものを見つけ次第、幹部候補として育成すること。

 幹部の魔術名は、「十干」の名称を割り当てること。

 また、彼ら幹部を仲介する役目を島嵜美生が果たし、彼女の魔術名は「かん」とすること。


 それから一人一人の名前を言い、個別に魔術名を与えて、任務を言い渡した。


『ハウス……。君は幹部『みずのえ』として、時が満つるその時まで、円島に潜伏し続けること。これを、君の任務とする』


 私はいつになく恭しい口調で、その命令を承服した。


『承知致しました……、同志ビクター』


 その言葉に応えるものなど、誰もいないというのに。

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